村での生活を始めてどの位経っただろう、日が落ちるのも大分早くなり、水瓶の水も刺す様に冷たく感じるようになってきた。
俺は釜戸の前で夕食を作っていた、村長さん、自分、そしてカズキの分、それぞれ食器に盛り付け家の中へ運んで行く。
「いただきます」
声を揃えてそう言って食事を始めた、隣に座っているカズキと暮し始めたのはつい最近の事だ。
この村では子供達の面倒を交代で見ていた、大人の負担を分散させる為だろう、大体半年周期で面倒を見る子供を交代しているらしい。
夏が終わる頃だろうか、村長の家、つまり今食事をしているこの場所に俺も含め村の大人達が集まって話し合った、内容は俺にも子供達の面倒を見てもらうかどうかという事だった。
結局、俺さえよければという話になり、俺は喜んで受ける事にした、自分と同じ様な境遇の子供達の為に精一杯出来る事をしたい、いや、もしかしたら何でもいいから何かを精一杯やりたかっただけかも知れない。
食事を食べ終わると食器を片付ける、カズキには自分の分を持って来るように言う、そして水瓶からたらいに水を移し自分の分の食器を洗わせた、俺は自分の分と村長さんの分の食器を洗って片付ける。
食器を片付け終わるとカズキは言った。
「ねぇ、あれやろう、あれ」
カズキが、あれ、と言ったのは俺が教えてやった遊びだ、紙に縦に短い線を山の形になるように書く、一番上は1本、2段目は2本というように、そして、その山になった線に横線を引いて消してゆく、交互にそれを繰り返して最後の1本を消してしまった方が負けという遊びだ。
カズキはこの遊びで、子供達の間では勝ったり負けたりしているようだが、俺には一度も勝った事は無い。
俺は他の子供達にも負けた事は無かった、当然と言えば当然だ、この遊びには必勝法があるのだ。
俺は誰がいつそれに気付くかと思い、昼間は広場の地面に木の棒で線を書いて子供達が遊んでいる様子を眺めていた。
カズキは一度も俺に勝てないのが悔しく、最近では毎晩の様に夕食を終えるとこうして挑んでくるのだ。
「今日は村長さんと将棋するから今度な」
そう言って頭を撫でる、カズキはつまらなそうに家の中に戻って行った。
「練習すれば勝てるかもしれないぞ」
家の中に戻ったカズキに声を掛ける、カズキは既に紙と鉛筆を持ち出して線の山を書いていた。
俺も家の中に戻ると、村長さんは奥の方から将棋盤を持ち出してきた、脚付きの立派な物だ。
俺は将棋盤を挟んで村長さんの対面に座る、最近は夕食を食べ終わってからこうして村長さんと将棋を指して過ごしていた。
どれほど将棋を指していたかと言えば、照明のロウソクが無くなって他の村人から貰ってくるほどだ。
村ではかなり古風な生活をしているが、こうした将棋盤やロウソク、カズキが今使っているような紙、鉛筆等は揃っていた。
聞いた話だが、年に数回、ヘリコプターで必要な物資が送られてくるという、基本的には塩や醤油等、村では作る事が出来ない生活必需品だけが送られてくるらしい、だが申請すればこうして将棋や鉛筆、紙も手に入るそうだ。
村長さんとの勝負は終盤に入り、駒を差す手に力が入る、家の中に駒を指す音が響き渡った。
その様子を見にカズキが近寄ってくる、俺はその様子を見てカズキに言った。
「観てもいいけど口は出しちゃ駄目だよ、将棋盤の裏にはね、血溜まりって言って勝負に口出しした人の首を切って置く所が付いてるんだから」
それを聞いてカズキは驚いたように首を竦めて将棋盤から離れた。
「まぁここには刀は無いから大丈夫だけどね」
俺は続けて言う、村長さんは笑いながらそれを聞いていた、カズキは少し離れて相変わらず線を消す遊びをしている。
そんな風に生活しているある日、その日は稲刈りだった、腰を曲げて稲穂を1株ずつ鎌で刈り取ってゆく、ある程度刈り終わると刈り終わった所の水田に杭を打ち込み、そこへ稲穂を束ねて重ねてゆく、稲杭と言うらしい、しばらくの間、稲穂をこうして乾燥させるそうだ。
大体刈り終わったところでシゲさんと信夫さんが話をしていた。
「明日だっけが?」
「んだ、確か明日」
何の事だろうと思って俺は近寄って聞いた。
「明日、何かあるんですか?」
「あーだいちゃんは初めてだったっけが、明日、病院の所さヘリコプター着て、色々持って来るんだ」
なるほど、いつか聞いた事がある村の生活に必要な物資を送ってくれるヘリコプターが明日来るのか。
「だはんで、明日は朝がら皆で台車持って病院、病気でもないのに」
そんな事を話しながらその日の農作業を終える。
翌日、予定通り朝早くから皆で台車を持って病院の方へ向う、年に数回の珍しい行事に子供達は大喜びだ、台車の近くを走り回ったり、台車に飛び乗ったり降りたりして悟さんに怒られていた。
病院に着くとヘリコプターは既に着いていた、近くでヘリコプターを見たのが初めてだからなのか、もしくはしばらくこういった機械類には縁が無い生活をしていたせいか不思議な感じだ。
こうして江戸時代の百姓の様な格好でヘリコプターの隣に居る光景は第三者の目から見てもかなり不思議なものだろう。
病院の方へ目をやると、病院の入口辺りで村上さんと鈴木さんがこちらを見ていた、俺は軽くおじぎをする。
ヘリコプターに乗っていた人と協力して積荷をどんどん降ろしてゆく、そして皆それぞれ持ってきた台車にそれを積んでゆく。
お酒が入ったビンを嬉しそうに抱えてそれを自分の台車へ積み込んでいるのはシゲさんだ、里恵さんが頼んだらしい料理酒なんかのビンまで自分の台車へ積み込んでいて怒られていた。
荷物を台車に積み終わると皆ヘリコプターの乗務員に何か話している、明子さんが俺の方へ近寄ってきて言った。
「ほら、あんたも何か欲しい物あったら言ってこないと」
そうか、ここで欲しい物を申請するのか、俺はしまったと思った。
急に考えてもなかなか思い浮かばない、昨日のうちに考えておくべきだった、シゲさんが俺の前でなにやらお酒を注文している、細かい銘柄まで指定していた、それに時間が掛かっていたおかげで、俺は大体欲しい物を考える事が出来た、やがて俺の順番がやってくる。
「えーと、紙、A4サイズの紙を5000枚位と、鉛筆、50本くらいお願いできますか? あと子供達が遊ぶ為のボール、あ、あと小学校5年生位の国語の教科書も」
「上の方の許可も必要なので、全てご希望に添えるかわかりませんが」
ヘリコプターの乗組員はそう言いながら紙にメモを取っていた、欲しい物を伝え終わると、台車を引いて村の方へ戻って行く、来た時とは比べ物にならない重さだ、全員で協力してそれぞれの家に荷物を運び込んだ。
塩や醤油を必要な分だけ家の入口に置く、残りは全て小屋に運び込んだ。
それから1ヶ月程経ち、雪が降り始め、農閑期に入ると退屈かと思っていたがそんな事は無かった。
壊れた桶なんかの修理、暖房用の薪の準備をしたり、草鞋や草履を作ったり、やる事は色々あって退屈しなかった。
俺は草鞋の作り方を教わり、子供達の為に藁で作った長靴も作ってやった、子供達はそれを履いて日が暮れるまで外で遊んでいた。
雪が降ってしまえば辛い肉体労働は無いかと思っていたが重要で大変な仕事があった、雪掻きだ。
雪が積もるようになると、毎朝、雪掻きをしなければ家の外に出る事も出来ない程だった。
子供達にも手伝わせ雪掻きをする、外は今まで経験した事も無い程の寒さだったが、重い雪を何度も運ぶうちに汗が出てくる。
雪掻きを終えると俺は小屋に向った、小屋の中から雪が降る前から蓄えておいた野菜なんかを取り出す。
野菜を抱えて家の中に戻る、持ってきた野菜を釜戸の前に置いて俺は朝食の準備を始めようとした。
釜戸に火をつけようとするが手が震えてなかなかつける事が出来ない、もう片方の手で押さえる様にして何とか火をつけた。
このまま料理するのは危ないなと思い、俺は釜戸の前にしゃがみこむと、釜戸の火に冷えて赤くなってしまった手をかざした、カズキも俺と同じ様に釜戸の前にしゃがんで手をかざしている。
カズキの手を見ると同じ様に赤くなっている、雪掻きをする時は軍手をしていたが、軍手は元々防寒用の物では無く、雪掻きをしていても直ぐに溶けた雪が染み込んで冷たくなってしまうのだ。
手が大分温まったのを確認すると俺は立ち上がって朝食を作った、出来上がった朝食を家の中に運んで行く。
「いただきます」
そう言って食事を始めた、カズキはあっと言う間に食べ終わり立ち上がろうとする、俺は言った。
「今日も広場に行くのか?」
「うん!」
カズキは元気に返事をする、俺は雪が降っているので止めた方がいいのではと言おうと思ったがそんな事を言っても止める訳が無いなと思い諦めた。
カズキは家の外に出ると広場の方に向って走って行った、俺は食事を終え後片付けを済ませると小屋に向った。
確かこの辺にあった気がする、そう思って小屋の中を探す、あった、俺は小屋の奥にあったなめし皮を引っ張り出す。
思っていたよりも大きい、俺はそのなめし皮とハサミ、紐を抱えると小屋を出て家の中に戻って行った。
「村長さん、この皮使ってもいいですか?」
家の中に座っていた村長さんに聞く。
「ん? ああ構わんよ」
村長さんは答えた、俺はそれを聞いて作業を始める、カズキが線消し遊びに使っていた鉛筆を使ってなめし皮に手の型を書く。
書き終わると線に沿ってハサミで丁寧に切り取ってゆく、同じ様にして4枚手の形をした皮を切り出した。
手の形をした皮の縁に穴を開けてゆく、2枚で1組になる様に穴に紐を通して縫い合わせる。
そうして出来上がった皮製の袋に手を入れた、手袋と呼ぶには少し歪な形をしているがこれで十分だろう。
そう思って俺は家の外に出た、雪が降っていたが風は吹いておらず何とか我慢できそうな寒さだ。
家の間の道を通って広場へ向う、広場に着くと子供達は雪玉を作って投げ合っていた、手には何も着けておらず素手で雪玉を作っている。
俺は気付かれない様にそっと近づいて子供達がやっている様に雪玉を作って投げる、カズキの背中に命中した。
カズキはびっくりした様に振り向くと、すぐさま雪玉を投げ返してくる、しばらくそうして投げ合っているとカズキが歩いて近づいて来て言った。
「それ何?」
カズキは俺の手を指差している。
「気が付いたか」
俺は言った、他の子供達も集まって来る。
「いいなー」
「毎朝ちゃんと雪掻きするなら作ってあげるよ」
「本当!」
子供達は目を輝かせて言った、俺は家に戻ると子供達全員分の皮製手袋を作ってやる、冬の間毎日の様にその手袋を着けて遊んでいた。
やがて積もっていた雪も溶け、春が来る、俺はいつもの様に担ぎ棒に桶を付けて持ち上げると水を汲みに滝へ向った。
初めの頃とは違い、担ぎ棒に付いた桶いっぱいに水を入れて運ぶ、まだ季節的には涼しいが力仕事をしていると汗が出てくる、しかし両手はふさがっている為、汗を拭く事が出来ない。
そうして水を運んでいるうちに顔の近くに虫が寄ってきた、追い払う為に首を振るとその拍子に眼鏡を落としてしまった。
しかもなんとタイミングの良い、いや、悪い事に眼鏡は踏み込もうとしていた足の真下に落ち、自分でその眼鏡を踏んでしまったのだ。
慌てて眼鏡を拾い上げようとして汲んできた水もこぼしてしまう、まさに踏んだり蹴ったりだ、担ぎ棒を置いて眼鏡を拾い上げるが両方のレンズが割れてしまっていて完全に壊れている。
俺は残念そうにレンズが無くなった眼鏡のフレームを懐に入れると、もう一度滝に戻って水を汲み、家に戻った。
家に戻り村長に眼鏡を見せて理由を話すと村長は言った。
「こりゃ無きゃ困るべな、先生どごさ行ってこいへ」
俺は言われた通り病院へ向った、途中、水田の所で農作業をしているシゲさんが声を掛けてくる。
「おーい、どごさ?」
「ちょっと眼鏡を壊しちゃって、先生の所に行くところです」
「大変だなー、気を付けて」
「はい」
そんな事を話しながら水田の間を抜け、切り株を引っこ抜いた土地を抜け、森を抜けて病院へ向う。
俺は釜戸の前で夕食を作っていた、村長さん、自分、そしてカズキの分、それぞれ食器に盛り付け家の中へ運んで行く。
「いただきます」
声を揃えてそう言って食事を始めた、隣に座っているカズキと暮し始めたのはつい最近の事だ。
この村では子供達の面倒を交代で見ていた、大人の負担を分散させる為だろう、大体半年周期で面倒を見る子供を交代しているらしい。
夏が終わる頃だろうか、村長の家、つまり今食事をしているこの場所に俺も含め村の大人達が集まって話し合った、内容は俺にも子供達の面倒を見てもらうかどうかという事だった。
結局、俺さえよければという話になり、俺は喜んで受ける事にした、自分と同じ様な境遇の子供達の為に精一杯出来る事をしたい、いや、もしかしたら何でもいいから何かを精一杯やりたかっただけかも知れない。
食事を食べ終わると食器を片付ける、カズキには自分の分を持って来るように言う、そして水瓶からたらいに水を移し自分の分の食器を洗わせた、俺は自分の分と村長さんの分の食器を洗って片付ける。
食器を片付け終わるとカズキは言った。
「ねぇ、あれやろう、あれ」
カズキが、あれ、と言ったのは俺が教えてやった遊びだ、紙に縦に短い線を山の形になるように書く、一番上は1本、2段目は2本というように、そして、その山になった線に横線を引いて消してゆく、交互にそれを繰り返して最後の1本を消してしまった方が負けという遊びだ。
カズキはこの遊びで、子供達の間では勝ったり負けたりしているようだが、俺には一度も勝った事は無い。
俺は他の子供達にも負けた事は無かった、当然と言えば当然だ、この遊びには必勝法があるのだ。
俺は誰がいつそれに気付くかと思い、昼間は広場の地面に木の棒で線を書いて子供達が遊んでいる様子を眺めていた。
カズキは一度も俺に勝てないのが悔しく、最近では毎晩の様に夕食を終えるとこうして挑んでくるのだ。
「今日は村長さんと将棋するから今度な」
そう言って頭を撫でる、カズキはつまらなそうに家の中に戻って行った。
「練習すれば勝てるかもしれないぞ」
家の中に戻ったカズキに声を掛ける、カズキは既に紙と鉛筆を持ち出して線の山を書いていた。
俺も家の中に戻ると、村長さんは奥の方から将棋盤を持ち出してきた、脚付きの立派な物だ。
俺は将棋盤を挟んで村長さんの対面に座る、最近は夕食を食べ終わってからこうして村長さんと将棋を指して過ごしていた。
どれほど将棋を指していたかと言えば、照明のロウソクが無くなって他の村人から貰ってくるほどだ。
村ではかなり古風な生活をしているが、こうした将棋盤やロウソク、カズキが今使っているような紙、鉛筆等は揃っていた。
聞いた話だが、年に数回、ヘリコプターで必要な物資が送られてくるという、基本的には塩や醤油等、村では作る事が出来ない生活必需品だけが送られてくるらしい、だが申請すればこうして将棋や鉛筆、紙も手に入るそうだ。
村長さんとの勝負は終盤に入り、駒を差す手に力が入る、家の中に駒を指す音が響き渡った。
その様子を見にカズキが近寄ってくる、俺はその様子を見てカズキに言った。
「観てもいいけど口は出しちゃ駄目だよ、将棋盤の裏にはね、血溜まりって言って勝負に口出しした人の首を切って置く所が付いてるんだから」
それを聞いてカズキは驚いたように首を竦めて将棋盤から離れた。
「まぁここには刀は無いから大丈夫だけどね」
俺は続けて言う、村長さんは笑いながらそれを聞いていた、カズキは少し離れて相変わらず線を消す遊びをしている。
そんな風に生活しているある日、その日は稲刈りだった、腰を曲げて稲穂を1株ずつ鎌で刈り取ってゆく、ある程度刈り終わると刈り終わった所の水田に杭を打ち込み、そこへ稲穂を束ねて重ねてゆく、稲杭と言うらしい、しばらくの間、稲穂をこうして乾燥させるそうだ。
大体刈り終わったところでシゲさんと信夫さんが話をしていた。
「明日だっけが?」
「んだ、確か明日」
何の事だろうと思って俺は近寄って聞いた。
「明日、何かあるんですか?」
「あーだいちゃんは初めてだったっけが、明日、病院の所さヘリコプター着て、色々持って来るんだ」
なるほど、いつか聞いた事がある村の生活に必要な物資を送ってくれるヘリコプターが明日来るのか。
「だはんで、明日は朝がら皆で台車持って病院、病気でもないのに」
そんな事を話しながらその日の農作業を終える。
翌日、予定通り朝早くから皆で台車を持って病院の方へ向う、年に数回の珍しい行事に子供達は大喜びだ、台車の近くを走り回ったり、台車に飛び乗ったり降りたりして悟さんに怒られていた。
病院に着くとヘリコプターは既に着いていた、近くでヘリコプターを見たのが初めてだからなのか、もしくはしばらくこういった機械類には縁が無い生活をしていたせいか不思議な感じだ。
こうして江戸時代の百姓の様な格好でヘリコプターの隣に居る光景は第三者の目から見てもかなり不思議なものだろう。
病院の方へ目をやると、病院の入口辺りで村上さんと鈴木さんがこちらを見ていた、俺は軽くおじぎをする。
ヘリコプターに乗っていた人と協力して積荷をどんどん降ろしてゆく、そして皆それぞれ持ってきた台車にそれを積んでゆく。
お酒が入ったビンを嬉しそうに抱えてそれを自分の台車へ積み込んでいるのはシゲさんだ、里恵さんが頼んだらしい料理酒なんかのビンまで自分の台車へ積み込んでいて怒られていた。
荷物を台車に積み終わると皆ヘリコプターの乗務員に何か話している、明子さんが俺の方へ近寄ってきて言った。
「ほら、あんたも何か欲しい物あったら言ってこないと」
そうか、ここで欲しい物を申請するのか、俺はしまったと思った。
急に考えてもなかなか思い浮かばない、昨日のうちに考えておくべきだった、シゲさんが俺の前でなにやらお酒を注文している、細かい銘柄まで指定していた、それに時間が掛かっていたおかげで、俺は大体欲しい物を考える事が出来た、やがて俺の順番がやってくる。
「えーと、紙、A4サイズの紙を5000枚位と、鉛筆、50本くらいお願いできますか? あと子供達が遊ぶ為のボール、あ、あと小学校5年生位の国語の教科書も」
「上の方の許可も必要なので、全てご希望に添えるかわかりませんが」
ヘリコプターの乗組員はそう言いながら紙にメモを取っていた、欲しい物を伝え終わると、台車を引いて村の方へ戻って行く、来た時とは比べ物にならない重さだ、全員で協力してそれぞれの家に荷物を運び込んだ。
塩や醤油を必要な分だけ家の入口に置く、残りは全て小屋に運び込んだ。
それから1ヶ月程経ち、雪が降り始め、農閑期に入ると退屈かと思っていたがそんな事は無かった。
壊れた桶なんかの修理、暖房用の薪の準備をしたり、草鞋や草履を作ったり、やる事は色々あって退屈しなかった。
俺は草鞋の作り方を教わり、子供達の為に藁で作った長靴も作ってやった、子供達はそれを履いて日が暮れるまで外で遊んでいた。
雪が降ってしまえば辛い肉体労働は無いかと思っていたが重要で大変な仕事があった、雪掻きだ。
雪が積もるようになると、毎朝、雪掻きをしなければ家の外に出る事も出来ない程だった。
子供達にも手伝わせ雪掻きをする、外は今まで経験した事も無い程の寒さだったが、重い雪を何度も運ぶうちに汗が出てくる。
雪掻きを終えると俺は小屋に向った、小屋の中から雪が降る前から蓄えておいた野菜なんかを取り出す。
野菜を抱えて家の中に戻る、持ってきた野菜を釜戸の前に置いて俺は朝食の準備を始めようとした。
釜戸に火をつけようとするが手が震えてなかなかつける事が出来ない、もう片方の手で押さえる様にして何とか火をつけた。
このまま料理するのは危ないなと思い、俺は釜戸の前にしゃがみこむと、釜戸の火に冷えて赤くなってしまった手をかざした、カズキも俺と同じ様に釜戸の前にしゃがんで手をかざしている。
カズキの手を見ると同じ様に赤くなっている、雪掻きをする時は軍手をしていたが、軍手は元々防寒用の物では無く、雪掻きをしていても直ぐに溶けた雪が染み込んで冷たくなってしまうのだ。
手が大分温まったのを確認すると俺は立ち上がって朝食を作った、出来上がった朝食を家の中に運んで行く。
「いただきます」
そう言って食事を始めた、カズキはあっと言う間に食べ終わり立ち上がろうとする、俺は言った。
「今日も広場に行くのか?」
「うん!」
カズキは元気に返事をする、俺は雪が降っているので止めた方がいいのではと言おうと思ったがそんな事を言っても止める訳が無いなと思い諦めた。
カズキは家の外に出ると広場の方に向って走って行った、俺は食事を終え後片付けを済ませると小屋に向った。
確かこの辺にあった気がする、そう思って小屋の中を探す、あった、俺は小屋の奥にあったなめし皮を引っ張り出す。
思っていたよりも大きい、俺はそのなめし皮とハサミ、紐を抱えると小屋を出て家の中に戻って行った。
「村長さん、この皮使ってもいいですか?」
家の中に座っていた村長さんに聞く。
「ん? ああ構わんよ」
村長さんは答えた、俺はそれを聞いて作業を始める、カズキが線消し遊びに使っていた鉛筆を使ってなめし皮に手の型を書く。
書き終わると線に沿ってハサミで丁寧に切り取ってゆく、同じ様にして4枚手の形をした皮を切り出した。
手の形をした皮の縁に穴を開けてゆく、2枚で1組になる様に穴に紐を通して縫い合わせる。
そうして出来上がった皮製の袋に手を入れた、手袋と呼ぶには少し歪な形をしているがこれで十分だろう。
そう思って俺は家の外に出た、雪が降っていたが風は吹いておらず何とか我慢できそうな寒さだ。
家の間の道を通って広場へ向う、広場に着くと子供達は雪玉を作って投げ合っていた、手には何も着けておらず素手で雪玉を作っている。
俺は気付かれない様にそっと近づいて子供達がやっている様に雪玉を作って投げる、カズキの背中に命中した。
カズキはびっくりした様に振り向くと、すぐさま雪玉を投げ返してくる、しばらくそうして投げ合っているとカズキが歩いて近づいて来て言った。
「それ何?」
カズキは俺の手を指差している。
「気が付いたか」
俺は言った、他の子供達も集まって来る。
「いいなー」
「毎朝ちゃんと雪掻きするなら作ってあげるよ」
「本当!」
子供達は目を輝かせて言った、俺は家に戻ると子供達全員分の皮製手袋を作ってやる、冬の間毎日の様にその手袋を着けて遊んでいた。
やがて積もっていた雪も溶け、春が来る、俺はいつもの様に担ぎ棒に桶を付けて持ち上げると水を汲みに滝へ向った。
初めの頃とは違い、担ぎ棒に付いた桶いっぱいに水を入れて運ぶ、まだ季節的には涼しいが力仕事をしていると汗が出てくる、しかし両手はふさがっている為、汗を拭く事が出来ない。
そうして水を運んでいるうちに顔の近くに虫が寄ってきた、追い払う為に首を振るとその拍子に眼鏡を落としてしまった。
しかもなんとタイミングの良い、いや、悪い事に眼鏡は踏み込もうとしていた足の真下に落ち、自分でその眼鏡を踏んでしまったのだ。
慌てて眼鏡を拾い上げようとして汲んできた水もこぼしてしまう、まさに踏んだり蹴ったりだ、担ぎ棒を置いて眼鏡を拾い上げるが両方のレンズが割れてしまっていて完全に壊れている。
俺は残念そうにレンズが無くなった眼鏡のフレームを懐に入れると、もう一度滝に戻って水を汲み、家に戻った。
家に戻り村長に眼鏡を見せて理由を話すと村長は言った。
「こりゃ無きゃ困るべな、先生どごさ行ってこいへ」
俺は言われた通り病院へ向った、途中、水田の所で農作業をしているシゲさんが声を掛けてくる。
「おーい、どごさ?」
「ちょっと眼鏡を壊しちゃって、先生の所に行くところです」
「大変だなー、気を付けて」
「はい」
そんな事を話しながら水田の間を抜け、切り株を引っこ抜いた土地を抜け、森を抜けて病院へ向う。