病院の中は暖房が効いているのか外に比べると少し暖かかった。
病院の整備された廊下は草履では滑って歩き難かった、その様子を見て鈴木さんがスリッパを持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます」
そう言って俺はスリッパに履きかえる、入口の直ぐ近くの待合室の様な所に村上さんは居た、こちらに気付くと話し掛けてくる。
「おー、大樹君久しぶり」
「お久しぶりです」
俺はそう言って頭を下げる。
「どう? 村の生活は慣れたかね」
「ええ、村の人達も良くしてくれますし大分慣れました」
「そうかい、それは良かった、今日はどうしたのかな?」
「実はついさっき眼鏡を壊してしまって、村長さんに先生のところに行って来いと言われまして」
「あー、それは困ったね、じゃぁ直ぐ用意しよう」
「ありがとうございます」
そう言って俺は懐にしまっていた壊れた眼鏡のフレームを渡した、その日は村上さんと村での生活の事を話した。
再度病院に呼ばれたのはそれから3日後の事だった。
村長さんに言われて病院へ向う、病院に着くと相変わらず入口近くの待合室の様な所に村上さんは居た。
俺に気付くと村上さんは立ち上がって入口の正面にある受付カウンターの奥に行って何かを持ってきた。
「はい、これ」
そう言って村上さんは持ってきたものを差し出す、眼鏡だ。
「ありがとうございます」
俺は眼鏡を受け取って掛けてみた、ぴったりだ、最後に眼鏡を作ったのは上京して直ぐ、東京で作ったのだが、その時でも出来上がるまでには一週間程かかったのに、3日で出来上がった事に少し驚いた。
「どうだろう? 合ってるかな?」
村上さんが聞いてきた。
「ええ、大丈夫、ぴったりです、すごいですね、こんなに早く」
「ん? ああ、無きゃ困るだろうしな、それよりどうだい、村の生活は」
「ええ、肉体労働にも大分慣れましたし、楽しいですよ」
そんな事を話しながら1時間程病院の中で過ごした、俺は立ち上がるともう一度お礼を言い、スリッパから草鞋に履き替え病院を後にする。
それから10日後、田植えをしながらシゲさんと信夫さんがいつか聞いたような話をしていた、俺も田植えをしながら話す。
「明日だっけが?」
「そんだね」
「お酒ですか」
「ははは、それ以外にも色々あるばって、一番重要なのはそれだな」
シゲさんは笑いながら話す、明日は村の人全員が待ちに待っているヘリコプターで色々な物が送られてくる日だ。
その日は農作業もいつもより早めに切り上げ、夕食を済ませると明日の重労働に備えて早く眠った。
翌日、朝早くから去年の秋と同じ様に台車を引いて皆で病院へ向う、ヘリコプターはもう到着していた。
台車をヘリコプターの近くまで運んで行き、協力して荷物をそれぞれの台車に積み込んでゆく。
相変わらずシゲさんは嬉しそうにお酒のビンを自分の台車へ積み込んでいる、今回は俺も楽しみだった、頼んだ物はあるだろうか。
次々と荷物を台車に積み込んでゆく、あった、東京の会社で働いていた時に何度か見た事がある、500枚の印刷用紙が詰まった段ボール箱だ、その上には小さい箱が数個、多分鉛筆だろう。
俺はそのダンボールと小さい箱を自分の台車へ積み込む、その奥には20cm位のゴム製のボールが転がっていた。
俺はそれを拾い上げると子供達に向かって投げた、子供達の手前でバウンドして転がってゆく、子供達はそれを嬉しそうに拾い上げると村の方へ向かって走り出した、俺は慌てて言う。
「ちょっと待って! 荷物運ぶの手伝ってから」
子供達は慌てて立ち止まり戻ってきた、台車の前に立ってゴムボールで遊んでいる、早く広場で遊びたくてしょうがないという感じだ。
ヘリコプターの方を見ると大人達は並んで乗務員に欲しい物を告げていた、俺もその列に並ぶ、やがて俺の順番がやってきた。
「えーと、鉈とキリをお願いしたいんですが」
そう言うと後ろから声を掛けられた。
「あー、それだったら家にあるよ」
そう言ったのは信夫さんだ。
「んー、じゃぁ今回は結構です」
少し悩んだが欲しい物は思い当たらなかった為、俺はそう言った。
病院の村上さん、鈴木さん、そしてヘリコプターの乗務員に挨拶し、台車を引いて村の方へ戻って行く。
村に着くとそれぞれ自分の家の方へ向う、俺と村長さん、カズキも協力して台車を家の前まで運んでいった。
運んできた荷物を小屋や家の中に置く、俺はカズキに急かされ昼食を作った、今日届いたゴムボールで遊ぶのが楽しみでしょうがないのだろう、いつもは面倒臭がっていた昼食の手伝いも率先してやってくれた。
いつも早いがそれ以上の早さでカズキは昼食を食べ終わると、自分の食器を片付け、駆け足で外に出て行った、その様子を見て俺は言う。
「相当嬉しいんでしょうね」
「そうじゃろうのう、ワシ達はあまり遊んでやっとらんし」
そういえば今この家で、村長さん、カズキと一緒に住んではいるが、村長さんとカズキが話しているところは見た事が無い、それに、ワシ達、という事は他の大人達も子供達とはあまり仲が良く無いのだろうか。
「だいちゃんのおかげで子供達も楽しそうだし、本当感謝しとるよ」
「いいえ、私自身も楽しんでますし、こちらこそ感謝してます」
村長さんは子供達を気に掛けているようだし、大人達が子供達を嫌う理由も、逆に子供達が大人達を嫌う理由も無い。
ただ農作業が忙しくてあまり遊ぶ事ができないだけなのだろう、その分、俺が子供達と遊んでやればいい、そう思った。
昼食を済ますと村長さんと自分の食器を片付ける、それが終わると俺は畑の中にある広場に向かった。
案の定、子供達は手に入れたばかりのゴムボールで遊んでいた、投げて、蹴って、転がったボールを皆で追いかけている。
しばらく黙ってその様子を眺めていたが、俺は立ち上がると近くにある棒を拾って広場の中央に向った。
拾った棒で広場に大きく長方形書いてゆく、長方形を書き終るとそれを2等分して2つの正方形が出来る様に真ん中にも線を引いた。
その様子を子供達は黙って見ていた、広場の中に線を引き終わると俺は子供達を呼び集めた。
「おーい、ちょっと集まって」
子供達は直ぐに集まってきた、何が始まるのだろうかと目を輝かせている、俺は子供達が集まったのを見てドッジボールのルールを説明した。
どうもよく分からないといった表情だ、こういうのは口で説明するより実際やった方がいい、そう思ってチーム分けを始めた。
子供は全員で5人居る、俺が入らないと偶数にはならないか、女の子は2人、別々にした方がいいだろう、運動神経の良いカズキとあまり運動は得意じゃないフタバ、それに俺を加えてチームを組もう、後のシオリ、ダイゴ、ロクスケでチームを組めばちょうど良いだろう。
後は外野を決めなければ、こっちのチームは俺が外野になろう、向こうはダイゴにやってもらうか、俺はダイゴを呼んで外野の事を説明する、ダイゴは枠の外に走っていったこれで準備は整った。
始のうちは恐る恐るボールを投げていたがやがて要領を得たのだろう、思いっきりボールを投げ、地面に書かれた四角形の中を逃げ回る。
広場を囲うフェンスの様な物は無い為、外野がキャッチし損ねると畑の方へボールは転がってゆく、その度に畑を荒らさない様に気をつけながらボールを拾いに行くのは面倒だったが、皆楽しそうにドッジボールをしていた。
やがてロクスケの投げたボールがカズキに当たり、ボールは弾かれ、外野に居たダイゴの頭上を超え、畑の中を転がっていった。
さっきまでと同じ様に、ダイゴはそのボールを追いかけて畑の中を走って行く、様子がおかしい、ダイゴは畑の途中で立ち止まってしまった。
俺はダイゴの方へ駆け寄った、他の子供達も駆け寄って来る。
「どうしたの?」
俺がそう言うとダイゴは畑の先、森との境目辺りを指差して言った。
「あれ」
ダイゴが指差す方向を見るとボールがあった。
よほど勢い良く弾かれてしまったのだろう、ボールは畑を超えて森の斜面の途中辺りで草に引っ掛かっていた。
俺はボールを拾って広場の方へ投げてやった。
「ありがとう!」
子供達はそう言って広場の方へ走って戻って行く、俺も畑を荒らさない様に気を付けながら広場に戻った。
広場に戻ってドッジボールを続ける、俺は途中で夕食の準備をする為に早めに家に戻ったが、子供達は日が暮れるまで遊び続けていた。
夕食の準備が終わる頃、俺が食事を家の中に運んでいるとカズキが広場から戻って来た、手にはボールを抱えている、子供達で話し合って今日はカズキがこのボールを預かる事になったらしい。
俺はカズキに手を洗う様に言った、カズキは、はーい、と返事をして水瓶の前で手を洗った。
村長さん、カズキ、俺と揃って夕食を始める、今日広場でやったドッジボールがよほど楽しかったのだろうか、夕食の間もカズキはボールを抱えたままドッジボールの事をずっと話していた。
流石に食べ難いだろうからボールは横に置くように言うと、カズキはおとなしく従ったが、食事をしている間、ずっとちらちらボールの方を見ていて俺はその様子を見て笑ってしまった。
夕食を食べ終わり、食器を片付けると俺はいつもの様に村長さんと将棋を始めた、カズキは家の入口の方でボールを投げたりして遊んでいる、時折強く投げ過ぎているのだろうか、大きな音がする、それを気にしていたら村長さんとの勝負にはあっと言う間に負けてしまった。
翌日、朝食を済ませると俺は小屋に向った、カズキはボールを持って広場の方へ走って行く。
田植えも終わり、今日は農作業の予定は無い、小屋の中に入ると印刷用紙が詰まったダンボール箱を取り出す、上に乗っている鉛筆の箱を開けると中には鉛筆削りも入っていた、消しゴムくらいのサイズの小さな物だ、きっと物資を調達する人が気を利かせてくれたのだろう。
もしかしてと思って印刷用紙が詰まったダンボール箱を開けた、中には印刷用紙が包まれた袋が入っているだけだった、頼んでいた国語の教科書は許可が下りなかったのだろう、どこにも入っていなかった。
俺は印刷用紙を20枚程取り出し、鉛筆の箱を持って広場に向った、広場に着くと子供達は昨日の様にボールで遊んでいた。
俺が広場に到着した事に気付くと子供達は呼びもしないのに駆け寄ってきた、手に何か珍しい物を持っていたからだろう、何が始まるのかと期待するような目でこちらをじっと見ている。
紙を置いて書けそうな場所を探した、しまった、何処を見ても地面だけでとても鉛筆で物を書けそうな場所は無い。
「ちょっと来て」
俺はそう言って村長さんの家の前にある小屋へ歩いて行った、子供達も後からついて来る。
小屋に着くと俺は子供達にそれぞれ木の板を渡した、ちょっと小さい物もあるが大丈夫だろう、木の板を抱えた子供達と一緒に広場へ戻る。
広場に着くと俺は子供達に鉛筆を削らせた、鉛筆削りは1つしかなかったので順番に削らせてゆく。
全員削り終わったのを見届けると、俺は木の板の上に紙を置かせて言った。
「じゃぁ皆自分の名前を書いてくれるかな」
「か、く?」
子供達は不思議そうな顔で言った、薄々感じてはいたが、どうやらここの子供達は字が書けない様だ。
確かにここでの生活には必要無いかも知れない、実際にこの村に着てから今日まで俺自身文字を書いた記憶は無い、だが子供とはいえこれくらいの歳で自分の名前も書けないのは如何なものだろう。
俺は子供達が持っている紙に、それぞれ平仮名で名前を書いてやった。
「かずき」
「ふたば」
「しおん」
「だいご」
「ろくすけ」
子供達は不思議そうにその様子を見ている、子供達全員の名前を紙に俺は書き終わると言った。
「はい、これが君達の名前」
子供達は紙を持ち上げ見ている、俺はカズキが持っているその紙を1文字ずつ指差しながら読んでやった。
「か、ず、き」
子供達は驚いた様に声を上げる。
「他には? 他には?」
子供達に急かされて俺はなるべく丁寧に50音を紙に書いてゆく、あいうえお、から順に。
子供達はそれを真似するように自分の持っている紙に書いたりしていた、俺自身、字を書くのは下手なのだが何も無いよりはましだろう。
やがて日が暮れそれぞれ家に帰る、カズキは家に帰ってからも紙に書いたりそれを眺めたりしていた。
夕食を食べ、いつも通り村長さんと将棋を指す、途中カズキが隣に座って言った。
「ねぇ、これで合ってる?」
俺はカズキが持って来た紙を見る、どうやら俺が教えた自分の名前を書いているらしい、ちょっと形が歪だが間違っていはいない。
「ああ、合ってるよ」
そう言ってやると、カズキは嬉しそうにしてまた少し離れと所まで走っていくと、紙に向って何か書き始めた。
「あれは?」
その様子をみて村長さんが聞いてきた。
「ああ、今日ちょっと字を教えたんですよ」
俺は答える、村長さんは少し顔をしかめて言った。
「そうか、じゃがあまり、いや、いいじゃろ」
俺は何か不味い事をしたのだろうか、そう思ったがそれ以上は聞かれなかったのであまり気にせず将棋を指した。
それから俺は毎日の様に、農作業が終わってから子供達と遊んだり字を教えたりして過ごした。
病院の整備された廊下は草履では滑って歩き難かった、その様子を見て鈴木さんがスリッパを持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます」
そう言って俺はスリッパに履きかえる、入口の直ぐ近くの待合室の様な所に村上さんは居た、こちらに気付くと話し掛けてくる。
「おー、大樹君久しぶり」
「お久しぶりです」
俺はそう言って頭を下げる。
「どう? 村の生活は慣れたかね」
「ええ、村の人達も良くしてくれますし大分慣れました」
「そうかい、それは良かった、今日はどうしたのかな?」
「実はついさっき眼鏡を壊してしまって、村長さんに先生のところに行って来いと言われまして」
「あー、それは困ったね、じゃぁ直ぐ用意しよう」
「ありがとうございます」
そう言って俺は懐にしまっていた壊れた眼鏡のフレームを渡した、その日は村上さんと村での生活の事を話した。
再度病院に呼ばれたのはそれから3日後の事だった。
村長さんに言われて病院へ向う、病院に着くと相変わらず入口近くの待合室の様な所に村上さんは居た。
俺に気付くと村上さんは立ち上がって入口の正面にある受付カウンターの奥に行って何かを持ってきた。
「はい、これ」
そう言って村上さんは持ってきたものを差し出す、眼鏡だ。
「ありがとうございます」
俺は眼鏡を受け取って掛けてみた、ぴったりだ、最後に眼鏡を作ったのは上京して直ぐ、東京で作ったのだが、その時でも出来上がるまでには一週間程かかったのに、3日で出来上がった事に少し驚いた。
「どうだろう? 合ってるかな?」
村上さんが聞いてきた。
「ええ、大丈夫、ぴったりです、すごいですね、こんなに早く」
「ん? ああ、無きゃ困るだろうしな、それよりどうだい、村の生活は」
「ええ、肉体労働にも大分慣れましたし、楽しいですよ」
そんな事を話しながら1時間程病院の中で過ごした、俺は立ち上がるともう一度お礼を言い、スリッパから草鞋に履き替え病院を後にする。
それから10日後、田植えをしながらシゲさんと信夫さんがいつか聞いたような話をしていた、俺も田植えをしながら話す。
「明日だっけが?」
「そんだね」
「お酒ですか」
「ははは、それ以外にも色々あるばって、一番重要なのはそれだな」
シゲさんは笑いながら話す、明日は村の人全員が待ちに待っているヘリコプターで色々な物が送られてくる日だ。
その日は農作業もいつもより早めに切り上げ、夕食を済ませると明日の重労働に備えて早く眠った。
翌日、朝早くから去年の秋と同じ様に台車を引いて皆で病院へ向う、ヘリコプターはもう到着していた。
台車をヘリコプターの近くまで運んで行き、協力して荷物をそれぞれの台車に積み込んでゆく。
相変わらずシゲさんは嬉しそうにお酒のビンを自分の台車へ積み込んでいる、今回は俺も楽しみだった、頼んだ物はあるだろうか。
次々と荷物を台車に積み込んでゆく、あった、東京の会社で働いていた時に何度か見た事がある、500枚の印刷用紙が詰まった段ボール箱だ、その上には小さい箱が数個、多分鉛筆だろう。
俺はそのダンボールと小さい箱を自分の台車へ積み込む、その奥には20cm位のゴム製のボールが転がっていた。
俺はそれを拾い上げると子供達に向かって投げた、子供達の手前でバウンドして転がってゆく、子供達はそれを嬉しそうに拾い上げると村の方へ向かって走り出した、俺は慌てて言う。
「ちょっと待って! 荷物運ぶの手伝ってから」
子供達は慌てて立ち止まり戻ってきた、台車の前に立ってゴムボールで遊んでいる、早く広場で遊びたくてしょうがないという感じだ。
ヘリコプターの方を見ると大人達は並んで乗務員に欲しい物を告げていた、俺もその列に並ぶ、やがて俺の順番がやってきた。
「えーと、鉈とキリをお願いしたいんですが」
そう言うと後ろから声を掛けられた。
「あー、それだったら家にあるよ」
そう言ったのは信夫さんだ。
「んー、じゃぁ今回は結構です」
少し悩んだが欲しい物は思い当たらなかった為、俺はそう言った。
病院の村上さん、鈴木さん、そしてヘリコプターの乗務員に挨拶し、台車を引いて村の方へ戻って行く。
村に着くとそれぞれ自分の家の方へ向う、俺と村長さん、カズキも協力して台車を家の前まで運んでいった。
運んできた荷物を小屋や家の中に置く、俺はカズキに急かされ昼食を作った、今日届いたゴムボールで遊ぶのが楽しみでしょうがないのだろう、いつもは面倒臭がっていた昼食の手伝いも率先してやってくれた。
いつも早いがそれ以上の早さでカズキは昼食を食べ終わると、自分の食器を片付け、駆け足で外に出て行った、その様子を見て俺は言う。
「相当嬉しいんでしょうね」
「そうじゃろうのう、ワシ達はあまり遊んでやっとらんし」
そういえば今この家で、村長さん、カズキと一緒に住んではいるが、村長さんとカズキが話しているところは見た事が無い、それに、ワシ達、という事は他の大人達も子供達とはあまり仲が良く無いのだろうか。
「だいちゃんのおかげで子供達も楽しそうだし、本当感謝しとるよ」
「いいえ、私自身も楽しんでますし、こちらこそ感謝してます」
村長さんは子供達を気に掛けているようだし、大人達が子供達を嫌う理由も、逆に子供達が大人達を嫌う理由も無い。
ただ農作業が忙しくてあまり遊ぶ事ができないだけなのだろう、その分、俺が子供達と遊んでやればいい、そう思った。
昼食を済ますと村長さんと自分の食器を片付ける、それが終わると俺は畑の中にある広場に向かった。
案の定、子供達は手に入れたばかりのゴムボールで遊んでいた、投げて、蹴って、転がったボールを皆で追いかけている。
しばらく黙ってその様子を眺めていたが、俺は立ち上がると近くにある棒を拾って広場の中央に向った。
拾った棒で広場に大きく長方形書いてゆく、長方形を書き終るとそれを2等分して2つの正方形が出来る様に真ん中にも線を引いた。
その様子を子供達は黙って見ていた、広場の中に線を引き終わると俺は子供達を呼び集めた。
「おーい、ちょっと集まって」
子供達は直ぐに集まってきた、何が始まるのだろうかと目を輝かせている、俺は子供達が集まったのを見てドッジボールのルールを説明した。
どうもよく分からないといった表情だ、こういうのは口で説明するより実際やった方がいい、そう思ってチーム分けを始めた。
子供は全員で5人居る、俺が入らないと偶数にはならないか、女の子は2人、別々にした方がいいだろう、運動神経の良いカズキとあまり運動は得意じゃないフタバ、それに俺を加えてチームを組もう、後のシオリ、ダイゴ、ロクスケでチームを組めばちょうど良いだろう。
後は外野を決めなければ、こっちのチームは俺が外野になろう、向こうはダイゴにやってもらうか、俺はダイゴを呼んで外野の事を説明する、ダイゴは枠の外に走っていったこれで準備は整った。
始のうちは恐る恐るボールを投げていたがやがて要領を得たのだろう、思いっきりボールを投げ、地面に書かれた四角形の中を逃げ回る。
広場を囲うフェンスの様な物は無い為、外野がキャッチし損ねると畑の方へボールは転がってゆく、その度に畑を荒らさない様に気をつけながらボールを拾いに行くのは面倒だったが、皆楽しそうにドッジボールをしていた。
やがてロクスケの投げたボールがカズキに当たり、ボールは弾かれ、外野に居たダイゴの頭上を超え、畑の中を転がっていった。
さっきまでと同じ様に、ダイゴはそのボールを追いかけて畑の中を走って行く、様子がおかしい、ダイゴは畑の途中で立ち止まってしまった。
俺はダイゴの方へ駆け寄った、他の子供達も駆け寄って来る。
「どうしたの?」
俺がそう言うとダイゴは畑の先、森との境目辺りを指差して言った。
「あれ」
ダイゴが指差す方向を見るとボールがあった。
よほど勢い良く弾かれてしまったのだろう、ボールは畑を超えて森の斜面の途中辺りで草に引っ掛かっていた。
俺はボールを拾って広場の方へ投げてやった。
「ありがとう!」
子供達はそう言って広場の方へ走って戻って行く、俺も畑を荒らさない様に気を付けながら広場に戻った。
広場に戻ってドッジボールを続ける、俺は途中で夕食の準備をする為に早めに家に戻ったが、子供達は日が暮れるまで遊び続けていた。
夕食の準備が終わる頃、俺が食事を家の中に運んでいるとカズキが広場から戻って来た、手にはボールを抱えている、子供達で話し合って今日はカズキがこのボールを預かる事になったらしい。
俺はカズキに手を洗う様に言った、カズキは、はーい、と返事をして水瓶の前で手を洗った。
村長さん、カズキ、俺と揃って夕食を始める、今日広場でやったドッジボールがよほど楽しかったのだろうか、夕食の間もカズキはボールを抱えたままドッジボールの事をずっと話していた。
流石に食べ難いだろうからボールは横に置くように言うと、カズキはおとなしく従ったが、食事をしている間、ずっとちらちらボールの方を見ていて俺はその様子を見て笑ってしまった。
夕食を食べ終わり、食器を片付けると俺はいつもの様に村長さんと将棋を始めた、カズキは家の入口の方でボールを投げたりして遊んでいる、時折強く投げ過ぎているのだろうか、大きな音がする、それを気にしていたら村長さんとの勝負にはあっと言う間に負けてしまった。
翌日、朝食を済ませると俺は小屋に向った、カズキはボールを持って広場の方へ走って行く。
田植えも終わり、今日は農作業の予定は無い、小屋の中に入ると印刷用紙が詰まったダンボール箱を取り出す、上に乗っている鉛筆の箱を開けると中には鉛筆削りも入っていた、消しゴムくらいのサイズの小さな物だ、きっと物資を調達する人が気を利かせてくれたのだろう。
もしかしてと思って印刷用紙が詰まったダンボール箱を開けた、中には印刷用紙が包まれた袋が入っているだけだった、頼んでいた国語の教科書は許可が下りなかったのだろう、どこにも入っていなかった。
俺は印刷用紙を20枚程取り出し、鉛筆の箱を持って広場に向った、広場に着くと子供達は昨日の様にボールで遊んでいた。
俺が広場に到着した事に気付くと子供達は呼びもしないのに駆け寄ってきた、手に何か珍しい物を持っていたからだろう、何が始まるのかと期待するような目でこちらをじっと見ている。
紙を置いて書けそうな場所を探した、しまった、何処を見ても地面だけでとても鉛筆で物を書けそうな場所は無い。
「ちょっと来て」
俺はそう言って村長さんの家の前にある小屋へ歩いて行った、子供達も後からついて来る。
小屋に着くと俺は子供達にそれぞれ木の板を渡した、ちょっと小さい物もあるが大丈夫だろう、木の板を抱えた子供達と一緒に広場へ戻る。
広場に着くと俺は子供達に鉛筆を削らせた、鉛筆削りは1つしかなかったので順番に削らせてゆく。
全員削り終わったのを見届けると、俺は木の板の上に紙を置かせて言った。
「じゃぁ皆自分の名前を書いてくれるかな」
「か、く?」
子供達は不思議そうな顔で言った、薄々感じてはいたが、どうやらここの子供達は字が書けない様だ。
確かにここでの生活には必要無いかも知れない、実際にこの村に着てから今日まで俺自身文字を書いた記憶は無い、だが子供とはいえこれくらいの歳で自分の名前も書けないのは如何なものだろう。
俺は子供達が持っている紙に、それぞれ平仮名で名前を書いてやった。
「かずき」
「ふたば」
「しおん」
「だいご」
「ろくすけ」
子供達は不思議そうにその様子を見ている、子供達全員の名前を紙に俺は書き終わると言った。
「はい、これが君達の名前」
子供達は紙を持ち上げ見ている、俺はカズキが持っているその紙を1文字ずつ指差しながら読んでやった。
「か、ず、き」
子供達は驚いた様に声を上げる。
「他には? 他には?」
子供達に急かされて俺はなるべく丁寧に50音を紙に書いてゆく、あいうえお、から順に。
子供達はそれを真似するように自分の持っている紙に書いたりしていた、俺自身、字を書くのは下手なのだが何も無いよりはましだろう。
やがて日が暮れそれぞれ家に帰る、カズキは家に帰ってからも紙に書いたりそれを眺めたりしていた。
夕食を食べ、いつも通り村長さんと将棋を指す、途中カズキが隣に座って言った。
「ねぇ、これで合ってる?」
俺はカズキが持って来た紙を見る、どうやら俺が教えた自分の名前を書いているらしい、ちょっと形が歪だが間違っていはいない。
「ああ、合ってるよ」
そう言ってやると、カズキは嬉しそうにしてまた少し離れと所まで走っていくと、紙に向って何か書き始めた。
「あれは?」
その様子をみて村長さんが聞いてきた。
「ああ、今日ちょっと字を教えたんですよ」
俺は答える、村長さんは少し顔をしかめて言った。
「そうか、じゃがあまり、いや、いいじゃろ」
俺は何か不味い事をしたのだろうか、そう思ったがそれ以上は聞かれなかったのであまり気にせず将棋を指した。
それから俺は毎日の様に、農作業が終わってから子供達と遊んだり字を教えたりして過ごした。