「うわーっ!うわーっ!」 

夕食時の食堂に大きな叫び声がした。
 Kさんだ。

 Kさんは嚥下機能が低下しておりムセ込みやすい。 
誤嚥性肺炎の危険があるから食事形態は全ミキサー食、水分もトロミをつけて提供している。

 加えてKさんは高次機能障害の後期で、自分の体に何らかの異変があるとすぐにパニックを起こして大声を出してしまう。 

当然職員はそのことを理解しているから、Kさんへの対応は慎重に慎重を重ねている。 
 それでも食事のムセ込みはある。
 職員が介助しているが、こればかりはどうしようもないのだ。 

今のところ命の危険はない。 

 私の施設の食堂では80名以上の利用者様が同時に食事をしている。 
認知症の程度はそれぞれだが、他者のことを心配できるレベルの人は数少ない。 

 「うっせえな、また始まった。」 
「どっかやれ、そんなやつ!」

 Kさんに対する罵声が飛ぶ。

 罵声を飛ばさないまでも、Kさんの大声で明らかに不安の表情を浮かべる利用者様は多い。
 食事の手が止まる人もいる。 
一緒になって大声を出す人もいる。 

 Kさんの大声は止まらない。

 ほぼ毎回の食事でそうだ。 

 背中を叩いてムセ込みを軽減させようにも、その行為に対しても大声を出してしまう。
 自然回復しかないのだ。 

 Kさんだけ別の部屋で食事を、という意見も出たことがあったが、職員の手が足りない。

 一人当たりの職員が複数の利用者様を食事介助しなければならないのが施設の現状だ。 

 Kさんには人権がある。 
当然、ほかの利用者様にも人権がある。
 それぞれがそれぞれの人権を守るのが私たち介護職の仕事だ。 

 集団生活における人権の擁護。 

食事の場面だけではなく、多床室では尚更その解決に出口が見えない。

 Kさんは今日も、これからも叫び続け、そしてその声に、他の利用者様たちは苦しみ続けることになる。