一瞬の風になれ 第三部 -ドン
佐藤 多佳子
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今月で全3巻完結した「一瞬の風になれ」(佐藤多佳子/講談社)を読んだ。
青春小説がこれほど生き生きしていて、これほど面白く、これほど涙をそそるなんて。今年に入ってやっと見つけた2006年最高傑作。すでに北上さんも松田哲夫さんも今年ベスト1としているから安心して読めた。最近「風が強く吹いている」(三浦しをん/新潮社)や「RUNRUNRUN」(桂望美/文芸春秋)など走る人間が主人公の小説が増えている。その理由はたとえ現実に走っていなくとも、読後、走ったあとと同じ爽快感と満足感を味わえるからだと思う。
 舞台は神奈川にある春野台高校の陸上部。負けず嫌いで根性のある主人公神谷新二、天才で努力型のサッカー選手の兄健、才能はあるが努力がキライな同じ部の一ノ瀬連、顧問の三輪先生や仲間たち。陸上にかける高校生活、熱い友情、ライバルへの対抗心、淡い恋。走り続けた3年間の栄光と挫折の日々を描いた長編陸上青春小説。
 1巻では、高校入学でサッカー小僧だった新二が幼なじみの連と共に陸上部へ入部する。すでに天才スプリンターとして名を成す連の後ろ姿を見て走る毎日。いつか連と競いたい、そんな夢を抱きながらただひたすらに走り続ける。単純に見えてしまう走ることの尊さを深く知っていく。2巻では、少しづつ経験を積んで成長する新二に試練が襲いかかる。才能の残酷さ、勝負の厳しさを走ることで克服していく。その壁に苦悩し、乗り越える新二の姿に胸が熱くなった。3巻では、ついに夢の舞台に立った新二と部員たちがこれまでの努力を出し切れるのか期待が集まる。
 典型的なスポーツ青春小説の設定だが、綿密な取材によって巧みに吟味された歯切れのいい文章で語られていきます。短距離や4継(4×100mリレー)のわずか数秒間の世界に起こる微妙で繊細なかけひき。緊張が伝わるスタート直前の細部の心理描写。成功と挫折を繰り返しながら、日々想いを語り走る青春の軌跡。たとえ学生時代に走ることが嫌いだった読者にも不思議と懐かしい気分にさせてくれます。あさのあつこの「バッテリー」に並ぶ傑作が誕生したと素直に喜びたいと思います。