…選挙結果だけで、その地の本音を斟酌するのには無理があるんじゃないか?
こちらに来て暮らしている沖縄の人は女性一人しか知らず、『…米軍基地は怖い…昼間でも女性一人では歩かない様にと母親に言われていた…』との話を聞いた事はあるものの、その切実さは自分に充分伝わったとは言えない。
静岡県にも米軍基地はあるが、自衛隊を見かける事はあっても米軍や米兵を日常的に見かける事はあまりなく、たまに爆音を聞き、見上げた空で見かける事も少ない。
反対でも長らく鎮座していれば、何処か根負けをして反対疲れをしてしまうのかどうかも分からない。
他人事で見ているつもりはないが、其処に日常の暮らしがない者には、実感しきれない事が多く、ニュースが矢鱈と騒いでも何とも申し上げる言葉が見つからない。
ただ、勝った側の表情に心情を寄せる気にはなれない。
負けて残念がる側の感情の方が濃密に感じられるのは、判官贔屓のせいかも知れないが、人が疑問を抱いたり、反対の念を持つと、わざと強い調子で賛成するのは昨今の傾向だろうか?
強がりと意地っ張り言うには、はっきりと悪趣味だ。
自民党支持者しか居なかったに等しい田舎育ちの自分からすれば、自民党支持者は随分変わったな、と思う。
昔は慎重な平和主義者が多かった気がするのだが…。
やはり変わったのは政治家ではなく支持者では?
実際は難しくとも、均等な采配をしようとする気配りをする必要などもうなくなったのだろうか?