二大政党制論が色褪せるたのは、新党ブームの衰退や民主党政権の失敗だけだろうか?
与党で充分足りていれば、同じ主張は必要を失い存在価値を失う。
間に合っているのに、政策や意見の供給過剰で厭きられるという市場原理に近いのかも知れない。
後は、自分たちの言い分の都合しか残らない。
大阪と東京の政党は、何か裏の理由が合って同じ様な放物線を描いて下降したのではないと思う。
急激か自然減速かの差は滞空時間の違いにしか見えない。
腫れ物の様なタブーに触れた様にも見えない。
ネットに多い陰謀論だが、策や駆け引きのない戦略などないし、力が圧倒的なら策要らずの時もあるだろう。
「何かのせいだ。裏がある。」…そう思いたがる自由はあっても、東京でも大阪でもそのどちらでもない立場側から見れば、供給過剰から起きるべくして起きた価格下落にも見える。
同じ道では成功しないのと似てるのかも知れない。
違いを訴えられないのなら、耳を傾ける人は自然と少なくなってゆく。
都市への集中が地方の疲弊を加速させている昨今で、都市政党は自らをどう正当化する腹積もりでいたのだろうか?