「勉強しなさい」


多くの人が親に言われているであろう言葉。


親の優しさや気使いや心配でもあるし、


やるかやらないかは子ども次第。


日常にある、普通の1シーンと言えるだろう。



ただ、私は親に


「勉強しなさい」と


言われた記憶がない。



親が共働きで、


子どもたちがごはんも済んだあと


ほとんど寝る前くらいの帰宅が


多かったこともあるし、



子どもの頃の私は要領がよかったのか、


体育がちょっと苦手なくらいで


勉強などわざわざさせなくても


成績はいつも学年1~3位程。



弟は弟で、


成績こそ平均点だったが、


末っ子持ち前の愛嬌でやり過ごしていた。



親も親で、


父親も母親も勉強が好きでも出来る子でも


なかった、ということを振り返りながら、


「大人になると勉強したいと思う時がある」


「しかし子どもの頃は勉強は嫌だった」


と、どちらかというと勉強嫌いに共感するタイプ



父親に至っては、子どもの勉強を邪魔してまで


子どもと遊んじゃおうという人だった。



そんな大雑把な環境でのびのびーっと育ったため、


「勉強しなさい」


という言葉にはあまり縁がなかったのだ。



少し長くなったが、


そんなわけで、


「勉強しなさい」


と親に言われるシチュエーションに、


憧れのようなものもあり、



公務員一家と言っても過言ではないような環境


厳しそうな母親を持つ夫に、


興味本位で聞いたことがある。



「子どもの頃、勉強しなさいって言われたことある?」


「どんな感じなの?」



夫が話してくれた内容はこんな感じ↓



「勉強しなさい」だけは言われた


教えてくれたことはない


リビングで子どもたちに勉強させ、


勉強したかどうかの評価は


机にかじりついていた時間で判断される


その時間は苦痛だった


だから好きな算数ばかりやっていた



・・・


なんだか、想像とけっこう違うな。



さらに、


聞いてみた。



「で、成績は良かったの?」



「妹はいい方だった気がするけど、


自分と兄貴はあんまり良くなかった」



アレか、


身にならなかったパターンか。



それぞれの家庭のやり方や教育方針があるし


コレがダメだったかどうかは判断しかねるものの



「勉強しなさい」とだけ言われて、


自分が何の勉強やってるかは我関せずで


母親の見える範囲内で監視されながら


何時間、勉強に浪費したかで評価される



ソレじゃ勉強イヤになっちゃうじゃん



くらいは私でも想像できた。



しかも、話を聞く限りでは、


長時間子どもを拘束するだけの手段では


子どもにたいした実績がでていないというのに、


母親のやり方は変わることはなかった


とのこと。



他のやりかた知らなかったんだろうし


(↑コレは母親も教育熱心でいたいのなら知ろうと努力しろよ、と思った)


まぁ、自分で子どもに勉強教えられるほど、


頭も良くなかったんじゃないの?



と夫は笑っていた。



結婚式の揉め事を経た今となっては、



道徳を初め、算数も国語も


小学生並みにすらできない



ということは承知だが




子どもに教育熱心だったというよりは



教育熱心な母親を演じたが効果がなかった



そんな印象を受けた。



自分のやり方は絶対に正しい


成績が良くないのは子どもが悪い



義母を考察するに、


まぁ、こんなところで打ち止めたのだろう。



私としては、


「勉強しなさいってよく言われたよー、


でも、今になってみれば良かったよ」


みたいな軽い思い出話を聞いてみたかったのだが、



汚屋敷のリビングで


3人の子どもたちが


黙々と勉強させられている



そんな風景を想像すると、


なんだかなー


と思ってしまったのだった。