”とある物語”とは フィクションです。 何の意味も持たない どこにたどり着くのかわからない
そんな物語です。 初回は オープンで行いますが 必要に応じて”メンバー制”とします。
では はじめて行きましょう。
とある物語(初回: 幼少期
登場する少年の生い立ちはこうだ。
生まれはアメリカ:サンディエゴ 父親・母親は日本人 それなのにサンディエゴ生まれ。
なぜだろう?
まず最初から訳の分からない出生から始まります。
彼の父親はエンジニア 小さな工場で工場長として働いていました。
体の弱い母親とともにつつましく生活をしてました。
ある日 大きなプロジェクトがあり 海外に赴任することとなった父は英語もしゃべれず
出向を迷ったそうです。 母は妊娠初期ついていくことはできません。
まるで出兵のような形で見送ったそうです。
サンディエゴでは長期にわたる業務のため 父はプロジェクトの仲間と渡米し
数か月がたちました。 今と違い 日本の物資も簡単に手に入る場所でなく
なれない生活と”片言の英語で” 頑張ったそうです。
数か月が過ぎたころ弱音を吐かない父親からの 弱々しい手紙が届いたそうです。
それをばあちゃんが読み 母親は何も考えず 渡米してみんなをケアすることを選んだとのこと
なんとばあちゃんも一緒に二人で渡米を決意。
問題は食生活。 脂っこい肉か ジャガイモ料理のみでみんな体調を崩したそうです。
そこからパスを取り 数か月かかったそうです。当時はVisaも必要でね
約2か月後現地に着いたとき 母親は仲間たちを見て愕然としたそうです。
みんな痩せてしまい 食事 睡眠 環境の差で 疲れこんでたようです。
さてここから 和食に近い料理を日本から持ち込んだ食材を使い
妊娠中期から頑張って 一緒に生活したそうです。
もちろん 現地のワーカーも一緒に昼食に招いたり 当時の写真を見ても
なかなか 楽しそうに頑張ってたようです。
渡米して約半年後 少し離れた日本人医師の産婦人科を訪ね
妊娠中毒症が発覚し あまり無理もできないと 帰国を考えたが体調を考え
こちらで産むことを決意したそうです。
あっという間に 予定日になり 予定日はクリスマスイブ なかなか出てこない
問題児はその当時から頑固だったようです。
お正月がまもなくという 時に ちょうど日本人会でお餅つき大会をしてる最中に
ひょっこり この物語の主人公が 世に誕生しました。
限りなく周りに愛され 信じられない人間たちが祝福をしたそうです。
そうですね。 エンジニアのチーフの長男ですから みんなに歓迎されたそうです。
その後1歳半まで あっちで過ごし その後初期帰国部隊ともに 日本に帰国
はじめて日本で出生届を出したそうです。
タケノコのように大きくなり あっという間に 幼稚園
瞬く間に まもなく小学生になろうとしていました。
相変わらず 出張気味な父親 日曜祭日もない そんな働きはさも当たり前のなれっこ
幼少期で 父親との思い出は
どこかの旅行のホテルなのかな~ タオルを持たされ離すなよ といわれ
プールに沈められて 水面に自分の顔が映り込んで その向こう側で むちゃ笑ってる
父親の顔を今でも覚えているそうです。
あとは 酒を飲み 内弁慶な 外面の良い父親。
酒を飲みに行って 喧嘩に巻き込まれ警察に迎えに行ったことも。
もっと酒癖の悪い友人を連行しようとして その警察官にたてつく
訳の分からん 正義感。 酒は飲まないでおこう! そのころから主人公は思ったそうです。
仕事はできる人。 金も稼ぐ人。 でも 実家・親戚優先で仕送りに使ってたそうです。
どうりで いつもお金ないはずだ。 まぁ仕方ないんだろうな~って思ってた。
長男一人っ子でも 親戚のお古を着たりね 何とも思ってなかったけど
でもなんか違うよな~ って 考えた時もあった。
小学校に入り 何事もなく 意地悪な女の担任もいたけど
牛乳飲めず 居残りさせられて泣きながら 暗くなることもあったし
給食を食べない子だったし。 プリントを持ち帰らない子だったし。
宿題なんてしたことないし。 小さい頃は何してたのかな~
ただ漠然と大きくなった そう思う。
何も考えていない。 ただそんな子供だった。
好きとか嫌いとかそんなこともわからない。
手紙をもらっても なんでこんな手紙くれるんだろう?
バレンタインなどの意味も分からず チョコくれたーって喜ぶ子
内緒って言われる その意味が分からない 痛い子でした。
元気にワイワイ ちびまる子ちゃんの ”山田君を”イメージしても
きっと問題ないと思われます。
