我国の工業は、全体としては極めて急速に増大したが、しかし特殊の場所では失敗している。そしてこの失敗の起った教区はいずれも最も困窮した悲惨な貧民の大群を背負わされているのである。右に言及したエイキン博士の書物によると、マンチェスタの僧院教会の記録簿は、一七九三年のクリスマスから一七九四年のクリスマスまでに、結婚一六八、洗礼五三八、埋葬二五〇の減少を示していることがわかる。附近のロッチデイル教区においては、人口に対する減少の比率はいっそう憂鬱である。一七九二年には、出生は七四六、埋葬は六四六、結婚は三三九であった。ところが一七九四年には、出生は三七三、埋葬は六七一、結婚は一九九となった。この突然の人口に対する妨げの原因は、この頃に生じた戦争の勃発と商業信用の破綻にあるのであり、そしてかかる妨げがこのように突然生ずるのは、必ずや最も激しい困窮によって生じたのに違いないのである。(訳註――エイキンからの引用文からここまではかなりに第五―六版の分と一致する。)
『かかる事情の下においては、工業による一国の富の増加が、社会の下層階級に、平均して、人生の必要品及び便宜品に対する決定的により[#「より」に傍点]大なる購買力を与えない限り、彼らの境遇が改善されるとは思われないであろう。
『食物の価格が騰貴すれば、若干の追加的資本は直ちに農業方面に向うこととなり、かくて生産物は遥かに増加する、とおそらく云われるであろう。しかし、こういう結果は、なかんずく食物の価格騰貴に先立って農業に影響を及ぼす重税と労働の価格騰貴とが生ずる場合には、往々にして極めて緩慢にしか生じないことである。
『国の資本が増加し、その結果としてその資本が雇傭し得る者を養うに足る食物を輸入することが出来るようになる、とも云われるかもしれない。大きな海軍と大きな国内運輸の便とを有つ小さな国は、なるほど食物の有効量を輸入し分配することが出来るかもしれない。