あの窓は、台北の深夜を切り取っていた。
窓枠が縁取るのは、都会のシルエット。無数の灯りが硝子の向こうに広がり、まるで誰かが宝石箱をひっくり返したようだ。遠くの山並みは墨の海に沈み、星明かりだけがぽつぽつと浮かんでいる。都会の灯りと溶け合い、もはや天と地の境界さえも曖昧だ。
ふと、何年も前の夜を思い出す。あの日、私たちは陽明山に立って、台北盆地を見下ろしていた。君が言った。「見てよ、この街はまるで流れる川だ。灯りは水で、車の流れは波で、僕たちは岸辺の石だ。すべてが流れ去るのを見ながら、一滴の水にもなれない」
そう、あの瞬間からわかっていた。
俺は風だ。台北の路地を抜け、淡水河のほとりをかすめ、101の頂上を唸りながら駆け抜ける。誠品で数ページをめくり、永康街で牛肉麺を啜り、象山で何度も朝日を見送った。けれど、誰のために止まったことはない。誰かに止まってほしいと願ったこともない。
なぜなら風は知っている。止まることは、死ぬことだと。
窓の外の灯りは、瞬きを繰り返す。この街の呼吸のようだ。誰かが新しい灯りをともし、誰かが一夜の待ちぼうけを消す。この街では毎日、出会いと別れが繰り返されている。けれど風は見向きもしない。ただ通り抜け、通り過ぎ、曲がり角ごとにほんの少しのぬくもりを残して、また先へ進む。
俺は窓の中に閉じ込められた灯りにはならない。窓を抜ける風になる。
台北の夜をまとって飛び立つ。中央山脈を越え、海峡を越え、越えられるすべての境界線を越えて行く。まだ灯っていない灯りを追いかけ、まだ目を覚ましていない夢を吹き荒らし、俺が欲しいと思うすべての風景を、俺が通り過ぎた風景のひとつに変える。
止まらなかったことを後悔しているのかって?
後悔なんかしない。なぜなら風の一生とは、まさに追い求めることそのものだから。追い求めることこそが、すでに帰る場所なのだ。
窓の外、台北の夜はまだ終わらない。
そして俺は、次の旅立ちの準備を始めている。
