途中違うこともしていましたが、4年ほど中国サイトの管理をする仕事をしていました

英語の聞き取りがうまくないこともあり、連絡も相談もメールベースでした

一日50件程度のメールを書き、一日200件くらいのメールを受けていました


当たり前ですが、無職の私にメールなんてそう来ません

いまでこそまだ仕事仲間から飲み会の誘いとか、ご機嫌伺いとか来ますが、そのうちこなくなるでしょう

転職サイトに登録した案件の回答はもうとっくにあきらめてるしね


でも、気がつくとメールの確認をしている自分がいます

メールを起点にしないとなにもやる気が起こらない、典型的なサラリーマン病、メール病です

早いところ立ち直らないと、何事も前にすすまないぞ、と



FXの入門書を斜め読みで読破

勝負事は負けるのが美学なので向かないのですが、そこそこできるロボットを作ると思えば面白いです

人工無能くるみちゃんに萌えた世代としては、やりがいがありそうです

MT4をインストールしたところで力尽きてFFに逃げ込みました


翌日は朝からまたハローワークへ向かいます

雨がやむのを待って自転車で向かいます

到着したのは10時ちょいすぎでした

昨日と同じルートでハローワークの中を回ります

昨日より人数が多く見えたので、一時間は無理かなと思って、廊下の奥に座って本を読んでいると存外早く呼び出されました

20分くらいかな


昨日と同じことをチェックされます

今日は写真も用意しました

申請日から7日は準備期間といわれます

その間に職が決まった場合は失業保険の対象にならないということだそうです

私の場合は会社都合なのでわりと早め早めに処理が進むようです

22日に説明会、29日が第一回目の”失業認定面談”の日だそうです

私の場合は”木曜4の型”というそうで、つまり面談が第四木曜日になるという意味だそうです

この日に出頭しないとあらゆる受給はできないという鉄の掟だそうです

担当の方の名刺をもらって、説明を聞きます

私の給料は上限をぶち抜いているらしく、受給できる金額は本業の半分に満たないかもしれません

働かなくてもらうお金ですから文句を言う筋合いはないんですが、生活レベルは落とさざるを得ませんね

私はともかくひめ、こぞうがいうことを聞いてくれるかどうか


その後流れで”ハローワークカード”の作成をするそうです

これがあればハローワークのデータベースを使って仕事を探せるらしいです

これで晴れて”ざ・求職者”の出来上がりとなります


銀行でおなじみの番号をもらって、10分ほどで呼び出されて、事前に記入した登録用紙について簡単にチェックをされたら、登録してもらってその場でカードを発行してもらえます

窓口に端末があって、発行を待っている間に使うことができます

46歳、ソフトウェア、管理職で検索したら300件弱あるみたい

ハローワークは肉体労働専門と思い込んでいたのでちょっと意外でした


縁起物なんで発行してもらったカードを使って端末を操作してみました

10分ほど待って席が開いたので、番号札をもらって席に着きます

インターネットカフェとおんなじ雰囲気、システムです。ドリンクがないだけ


自分の希望条件で入力して、役200件をざーっと斜め読みして、それっぽいものをプリントアウトしていきます

プリントアウトできるのは一回10枚まで

プログラマはたくさんあるけど、私ランクがいまさら現場でコード書くわけにはいかないよなぁ、と思いながらチェックしているとたいした件数はありません

大体の案件について、予定月収にすごい開きがあるんです

18万から60万…企業側からみれば”18万で雇いたいんだけど、一応万が一出せるとしたら限界は60万ね”という意味にとるべきでしょう

10枚プリントアウトして退出


ガストでランチ食いながらプリントアウトした案件を再チェックしますが、改めてみると明らかに安い若い人募集なもの、私の好きな分野だけど私に実績がないものなんかをはじいていくと2つしか残りませんでした

一日考えて、明日問い合わせてみようと思います









朝10時を目安に町田のハローワークへ

自転車なら10分もあればいけるところなので、梅雨の晴れ間を狙って出撃します

離職票、雇用保険証、ハンコなど必要なものをバックパックに詰めます

待たされるに違いないので、本えおもって行きます

憲法の本とFXの本


町田のハローワークは商店街のはずれにあります

中はごく普通のお役所でした

受付で需給手続きに来た旨伝えると、必要な書類をくれました

こっちは鉛筆がき、こっちはボールペン書き、それそんなに大事な決まり?と思うけどこれがお役所仕事でしょう

さくっと書き込んで提出すると、オレンジの袋にまとめて入れて2階の8番窓口へいってくれということ

わりと丁寧な物腰の職員さん

ドラマチックにいきなりゴミ扱いされるされるのを期待していたのに、若干肩透かし


8番窓口の前にはありとあらゆる人がたむろしていました

20人くらいかけられている椅子は満杯、廊下にも椅子があり、さらに人があふれています

私より年上な男性が多いかなという印象でしたが、よくみるとそうでもなさそう

若い人もいます、女性もいます

半ズボンの人もいればスーツの人もいます

共通するのは表情、泣きそうな人はいませんが、笑ってる人はいないですね

これこそイメージしていた職安


持ってきた書類入れと同じものがつまれているトレイがあったので、私の書類もそこに置きました

みんな忙しそうなので、聞けませんでした

どう考えてもすぐ呼び出される雰囲気ではなかったので、廊下のはずれでFXの本を一章読破

戻ると、若干人が減ったように思えたので待つことにしました


知り合い2人で来ている人が何組か見受けられました

同じ会社をリストラされた人?職安仲間?創造が膨らみます


呼び出された人に説明する声が聞こえてきます

今日は5日、7月第一月曜日なので、次は8月2日が面接日になるという説明をしています

これはOMさんに聞いたとおり

職安では最初に手続きした曜日ですべての日程が決められてしまうので注意しなさいということ

「こまったなー」と言っている人がいます

「9時から5時半までの間でなんとかなりませんか」と聞いている職員さん

自動的に日にちが決められて動かせないって、軽く横暴な気がします

無職なんだから予定なんてナイベ?てことか


私の唯一の予定は香港行きの8月20日から25日だけですから、大丈夫


さらに時間があるので、掲示物を片っ端から見ていきます

不正受給には厳しいらしい

あっちこっちに警告文があります

バイトをしたら報告、仕事が決まったら報告、報告漏れがあったら需給取り消すぞ!って

まぁ、出すほうからすれば当たり前なことですよね


次から次に呼び出されますが、私の番はまだのようです

気が付くと私の前に来た人もどんどん呼ばれているようです

ちょっと不安な感じになりましたが、どうも最初の申請は時間がかかるようです


一時間ちょっと待ったくらいで呼び出されます

物腰はやっぱり柔らかい感じ

書類のチェックをしたあとで、この後のスケジュールの説明をもらいました


ここで問題発生


申請日によってスケジュールが決まっちゃってるのは認識どおりだったのですが、なんかルールが決まっているらしく、今から7日間は”失業準備期間”?だそうで、最初の失業保険金受給は来週、それはともかく、そこから起算されて、次の面接(なんか専門用語があったんですが、忘れました)が25日あたりになるらしく、その次がなんと香港行きとかぶってしまいます

帰国の日だから慌ててくれば間に合うか…でも間に合わなかったら一ヶ月受給なしという鬼ルールらしいのです


頭を下げて手続き中止をお願いしました

一日ずらせば帰国後になります

なんで私はこうもダブルブッキングが得意なんでしょう

ある意味すごい才能、雨男ならぬダブリ男


というわけで、今日は手続き完了できませんでした

また明日




いくら貯金があったら仕事を辞める? ブログネタ:いくら貯金があったら仕事を辞める? 参加中
本文はここから

ていうか現時点、不可抗力で辞めちゃってるんですけどね

3千万あったらホノルルのコンドミニアムが買えるらしいんです
前回私が使った部屋は典型的なアメリカ型のレンタルハウスで、必要最低限のものはそろってたんですがいちいち残念でした
デザイン性に乏しい食器、質素というより放置寄りの飾り気のない内装、切れない包丁、昭和中期の電気釜、意味不明な煙が部屋に循環する換気扇…
日本人が暮らしやすい部屋をデザインして維持するのって、センス次第でお金はそんなにかからないと思うんですよね
2、300万もあればワンランク上のセレクトハウスに仕立てあげられるでしょう
そこを月20万くらいで貸せば、あとはバイト程度で食ってけるかな
もちろん年一くらいで自分も使いますよ

残念ながらそこまで資金がないので、次の仕事を探さざるを得ません

今日は日曜日

転職活動はなんにもしていないので、日記ではないことを書きます

自分が転職をどう思っているか


私は生粋のサラリーマンではありません

いわゆる会社員になったのは40の時です

33の時に、ほとんど契約社員のような形で最初に入った会社で働いていましたので、そこからサラリーマンとカウントしたとしても10年フリーでした


だから、転職というのが唯一の生き様だとは思えていません

安い賃金のサラリーマンになるのは、人生負け組み確定じゃないですか

だったら不安定、不確定でも”勝てる”可能性のある起業をするのはありだとおもっています

実際、起業が難しくないのも知ってます

俺仕事始めたよ!って言ったらそれが起業ですから


さて一方フリーの苦しさも良く知ってます

来月お金が入る予定なんて立てられません

振り込まれるって言われても、実際に銀行口座を見なければ安心できません

今の仕事が本当に自分のためになるのか、常に考えていなければなりません

やればやるほど損になる仕事もあります

自宅にいる限り24時間仕事。寝るのも仕事、トイレも仕事。私にとって休み時間はランチを食いに行ったファミレスで週刊誌を読む1時間だけでした

どんな失敗をしても絶対決まった日に決まった給料が振り込まれるサラリーマン、仕事に意味や目的なんてありません。上司がいうことをやっていればいいのです、仕事の意味は会社が決めてくれるから

特に私は選考開発部で役に立つかたたないかわからないようなごくつぶしな研究を面白おかしく働いていましたからなおさらです


さて、結論

転職か起業か、未だに決めかねています


今、自分が持っているアイディアはこんなもの

1.自宅でこどもの面倒を見る仕事をはじめる。一番やりたい。儲けを出すアイディアがいまひとつ足りないので踏み切れない

2.それなりの待遇の会社に転職。研究開発か品質保証。プロジェクトリードならそれなりの地位と発言力があるポジション。海外展開は多分必須。目の前の問題をこなすだけではダメ。組織、若手を育てられる仕事。まぁ、こんだけ条件あげつらったら難しいに決まってる

3.憲法九条部隊。朝日新聞のコラムで気になって、提唱している先生に連絡を取った。非武装で紛争地域に踏み込んで補助活動をする仕事。ボランティアでやる必要はないはず。それなりの組織と利益を出せないか検討中。私は非武装主義なのです

4.メタトレーダー。FXの自動運用ソフト。理想はプログラムを売る仕事だけど、自分でそこそこノウハウもたないとダメみたい。賭け事は超苦手だけどプログラムなら自信あるぜ!


明日職安行ってきます

エージェントから写真と英文レジュメをくれとのこと

そこそこ本気らしい

私のレジュメはもともと英語と併記だったので、英文を抽出していきました

Wordがうまく動かなかったので、再インストール


会社から離職票が届いたので、記入しました

書類は希望する職業、時間帯とか、私のような専門職はちょっと書ききれない感じです

日雇い労働ぽいのを前提にしているようで、感慨深いものがあります


昼風呂に入って身だしなみを整えて、バトルスピリッツの大会に出動

これは別の日記に書きました

最近負けが込んでいたんですが、今日はわりと調子がよく、うれしかったです

まぁ、勝てませんでしたが

途中こぞうから国際電話が携帯にかかってきました

慌てて、いま忙しいんだっていってきっちゃったけど、向こうは寝る時間

話がしたかったんだな、悪いことしたな、と反省


帰宅後、カレーの仕込をしてから暖炉の散歩

夕食後、日記を書いてからFF

まぁ、お休みの日ですから




朝一番に大失敗

ぼーっと起きて、暖炉の散歩に行って、メールチェックして、トーストとヨーグルトで朝食とって、ふときがつく

今日、1組の読み聞かせの日だった…

曜日感覚が狂っているということ、無職にありがちな症状です

まぁ、過ぎたことは仕方なし、気持ちを切り替えます


昼ごはんついでに車でJASCOに買い物

一日一回ファミレス

一人暮らしの時の生活スタイルに戻ってます

昔は家で仕事をしていたので、家にいる間つねに何かに追い詰められている感じから逃げられず、ファミレスに逃げていたのです

未だにファミレスでドリンクバー頼んで週刊誌を読むのが一番気持ちが落ち着くのです


カレーの材料とコーラの買い置きを買って帰ると、家の中が荒らされています

ひどい!

賞味期限が迫っているきしめんパイ、朝ごはんのときに食べようと思っていて、片付けるのを忘れていたようです

6本残っていたパイが全滅

床に細かいかすが散らばり、小分けの袋は丁寧に舐められています

やりやがったな暖炉

今日は夕方から出かけるのでご飯をどうしよう…と悩んでいたのが完全解決しました

ご飯抜き

テーブルにあるものを乗っかって盗った、おいしいお菓子を食われただけではありません

砂糖、塩分てんこもりの人間のものは毒なのです

お前のからだを心配しているからなんだよ


ハワイのひめから荷物が着いたと連絡あり

マイクをつないだら、ノイジーだけどなんとか音声通話ができるようになりました

カノンちゃんちと仲良くやっているみたい


暖炉の散歩をして、自転車で出動

浜松町で宴会

去年終わらせたプロジェクトの同窓会です

お客さんとうちとの合同です

なんでこんなに仲がいいのか、私もよくわかりませんが、居心地がいいグループなのは事実です

会社の送別会より楽しみにしていました

たった一年前のプロジェクトなのに、14名のうち5人が会社を出ているのも今風です

飲んだ勢いで転職成功組をののしってみたり、荒れました


去年退職して8ヶ月無職の後一流メーカーに転職したOMさんに成功の秘訣を聞く

エージェントに言われるままにいくつか面接受けたら今のところに決まっただけ…だそうです

景気は上向いてるし、慌てなくていいんじゃない?という意見に少し気持ちが楽になったり

でも、年齢がちょっと違うからね

メタトレーダーはOMさんもちょっと調べたということ

入門書買ってちょっと勉強してみよう


2次会までやって帰宅

気持ちがお祭りモードになっているので、行きも帰りもロマンスカー

贅沢です

12時に帰宅

かわいそうなので暖炉に半分だけごはんをあげて、寝ました


心機一転、充実した無職ライフを送ろうと決めた

自転車で暖炉の散歩をしてから車でジョナサン、フライエッグ食いながらTSUTAYAで借りたジョジョを読む

んー自堕落


家に帰ったら、掃除、カード整理、会社から引き上げてきた私物を片付けてから洗い物

汗をかいたのでシャワーを浴びて、電話を待つ

今日はエージェントから電話がかかってくる日です

ほぼ時間通りに携帯に電話が来て、型どおりの話をします

腰の低いいい感じの声でしたが、んーなんかダメな予感

面接時間は15~30分という前振りだったのに、たいした突っ込みもなく10分程度で終了


思ったより早く終わったので、着替えて小学校に向かいます

今日は授業参観と父母会の日なのです

こぞうはハワイですが、クラスの雰囲気は見ておいて損はないでしょう


3年2組はいい雰囲気のクラスです

みんな楽しそう

先生はちょいおっさんな女の先生です

サバサバしてて、子供にドスが効いてて、ひめおきにいりの方です


父母会はまず先生がクラス全体の傾向を話してくれます

ああ、漢字の書き取りで直しを入れられてるのはこぞうだけじゃないんだとか、時間の計算が難関なんだとかいろいろわかりました


その後は父兄-といってもお父さんは私だけですが-から自分の子供のことを一人づつ話していきます

口が悪くて困ってますなにかあったら言ってください、というお母さんが多かったです

女の子はどこで遊んでますか?とか、どうやったら本を読んでくれるだろう、とかそれぞれ悩みを持っているようです

私の番、長期休んでますが二学期になって忘れないようにお願いします、ていったらウケました

こぞうはいい意味でも悪い意味でも日本の学校とまったく変わりません、ワルガキですと報告


帰り、郵便局でひめの口座に生活費を振り込もうとおもったけどやり方がわからず挫折

なんで銀行と違うの?そんなことで国際化の荒波を超えられるのゆうちょ?

ていうか、振込用紙コピーして読み込むATM、便利通り越してキモイんだけど

もっと合理的な方向に合理化しようよ


夕方涼しくなったのでロフトの整理

会社から戻した本を本棚に詰め込みました

いらないものがたくさんあるな、時間がある今のうちに整理して捨てるものを捨てよう


まぁ、たいてい捨てた直後にトラブルがおこるんですが…ものを捨てるのが趣味なので


メール確認したら、エージェントからいくつか候補があげられたメールが来てる

3つのうち1つは、まぁ興味の範囲

勤務場所がアレだったり、収入がナニだったりするのですが、きっと贅沢はいえないのでしょう

エントリお願いしておきました


ふと考えるとサラリーマンって、就職したらその条件で人生ほぼ固定しちゃうのですね

給料なんて上がらない昨今、条件で妥協したらそれで生涯収入も計算できちゃうのですね

失敗しても自営の方がまだ夢がもてるのかな

となるとやっぱり私の歳で会社員なんてなるものじゃないのかな…せめてエグゼクティブへの階段がかかってるくらいのポジションにはいないとダメかな


リストラされました


多分、一般的なそれの中ではいたって平和なものだったと思います

外資系の企業で、この手の事業整理は日常茶飯事です

実際、私は一回も自発的に転職ていないのにこの6年で会社の名前が4回変わって、会社都合で退職金を3回貰っています

一年前にオフィスが変わった時からこのときのことは予測できていました


年齢的にいうと、会社の動向を他人事にしてはいけなかったんだと思います

私なりに会社の行く末を憂いて何度も進言しましたし、自分ができる講堂はできる限りしたつもりでしたが、いたりませんでした

致命的だったのは私の所属していた日本サイトに明示的な力がなく、香港サイトが実権を握っていたこと

私の進言は話し合いの土台に乗ることもなく握りつぶされていたように感じています

いろいろ愚痴もありますが、それは別の機会があれば


そういうわけで、私は今回のリストラを覚悟して待っていました

それなりに転職活動みたいなことはしていたのですが、正直予想より早い時期でした

目の前に、その先はちょっと考えられないにしてもそれなりの、会社にとって利益になる仕事があり、さすがにそれが終わる-目前のお金が手に入る-までは自分を手放さないだろうと高をくくっていたからです

正直、ここまで狂ってるとは思わなかった、甘かったです


長いこと自営をやっていたので、会社の残酷さは身にしみて知っていたはずでした

絶対自分がいなければ回らないと思っている仕事でも、実はなんとかなるものなんです

そういう意味では甘かったです


自分の部署がおかしいのはずいぶん前からわかっていました

仕事がないのです

前述、香港サイトは無能でしたが、それを自覚していたからか日本サイトをコントロールしようという野望を持っていませんでした

ただ単純に利用方法がわからなかったのだと思います

徹底的に無視されました

結果、仕事がありませんでした

告白します。半年くらい給料泥棒でした

自発的に改善作業をするくらいのことしかありませんでした


今回のリストラは、指名解雇でしたが、会社都合でした

そこそこの割り増し退職金も出ました

会社都合なので失業保険もスムースにでるでしょう

とりあえず、目先の生活に危機はありません

逆に、このリストラがなかったらハワイ行きで破綻してたかもしれません

そういう意味ではラッキーだったのかな


あと2ヶ月はやく発表してくれていたら、ひめでなく私がハワイに一ヶ月いけてたんですけどねw



朝8時までに散歩を終わらせて、小学校へ

水曜日は読み聞かせの日ですから

「びりっかすの神様」9章目

子供達は今日も静かに聞いてくれました


子供達の中からこぞうはどこにいるの、という質問が出たので地図を出してもらってオワフ島の位置を確認しました

いい社会勉強


かえって、身支度して、出社

最後の出社です

八重洲のオフィスに移動させられてちょうど一年、でも、多くても週3回ほどしか出社していなかったので、あんまり思い入れとかないです

部下はみんな中国、出張してない間の仕事はメールとメッセンジャーでやってましたから


会社について、私物を片付けて、書類関係をシュレッダーにかけたら、もう暇

上司と最後の昼食、いつものおばちゃんの店に行って、戻ったら客先と同僚に挨拶のメールを出して、ひめとチャットして時間をつぶします

なにか身奇麗にしたくて、近所の1000円理髪店に行きました

夏休みはどうするんですかー、なんて聞かれて「明日からながーい休みです」といえずに話をあわせたり、なんで私が気を遣わなきゃならないんだ?


3時から退職者が順番に呼び出されて、人事の人からさいごの説明を受けます

大量なので私の順番が回ってきたのは5時過ぎてました

会社から預かっていたアイテムを返却して、必要な書類を受け取ります

失業保険の手続きに必要な離職票はこれから申請するということで、書類にサインをします

これ大事なんだから、もっと前にやって欲しかったな


名詞をシュレッダーにかけるように言われました

ああ、辞めるんだなと実感

設計部なので思い入れはほぼないです。合コンで使えるような代物でもないし

営業職だったりすると、効くんでしょうねこの仕打ちは


正直会社で愛想のいい方ではなかったんですが、別れを惜しんでくれる人、転職先の情報をくれる人なんかもいて、ああ会社っていいところだったんだなぁといまさら思ったりします


入管章を机において、私物を紙袋に入れて、帰宅

やっぱり大して通ってないオフィスです。折角だから感傷に浸ろうと思ったけど、無理でした


町田駅から自転車で帰って、すぐさま暖炉をつれて夕食

今日はとにかく何が何でも感傷に浸りたかったので、あれこれ計画を練って、今日はロイホにいくことにしました


リストラ退職といっても、会社員になったのは40の時で、しかもそれから会社都合で社名が4回変わり、退職金を満額で3回貰ってます

サラリーマン生活はたった6年、そこそこ安定した形で給料を貰っていた期間をサラリーマン人生に数えたとしてもたった13年

新卒で入社試験を受けて会社員になった人のそれとは全然違うんだとは思います

それでも、こんな日くらい少し特別なことがあってもいいじゃないですか

でも、今の私は家に帰っても誰が出迎えてくれるわけでもなく「お疲れ様」といってくれるわけでもありません


最近節約で晩御飯は自炊だったんですが、奮発していつも遠慮している膳モノを注文、さらに思い切ってデザートに行きました


ホットフェッジサンデー


どこがほっとでどこがふぇっじなのかさっぱりわかりませんでしたが、とりあえず贅沢をした気分にはなれました


ハッピーリタイアメント

お疲れさん、私