町田に出ました

東急のエスカレータを登ってスタバの横を通りJR改札を抜ける間、どこかで見たような既視感(デジャ・ビュ)を感じました


ああ、わかった


節電で照明が落ちている街の感じがアメリカの街と似ているのです

私が知っているのはL.A.、サンフランシスコ、ロチェスターくらいなのですが、そこそこ都会なはずなんだけど華を感じないあの雰囲気の正体は照明だったんだなぁ、と実感しました

きっと日本は照明過多なんですよ

これを機会に照明を見直すのもいいか知れません

震災があってからこっち、海外の知り合いからの安否確認が頻繁にあります

ありがたいなぁと思うことしきりです


ただ、どうも原発ニュースは過剰報道されているのは本当みたいです

「避難するなら力になるぞ」(つまり国外に逃げたほうがいいってこと?)

「食い物はあるか?子供のことを第一に考えろ」(落ち着いてくださいw)


いや、ありがたいお言葉ではあるとおもうんですがね、なんともはや…

ちなみに我が家ではほうれん草ぼりぼり食ってます

安いんだもん、東北産

東日本大震災の復興をしなければならないわけです

復興国債が間違ってるぽいのはすごく直感的にわかります

これ以上錬金術してどうするの


では必要な復興資金はどうやって調達するのよ、って話になるとおもうのですが

予算組みなおすのは妥当ですよね

それで自分たちの便利、福祉が遅れるのは我慢します

それが被災地と痛みを分かち合うということだと思うので、とても妥当だと思います

義捐金もいいですが、そういう協力もありですよね


でも、それでもなんか違うような気がしたのです

予算の枠組みを変えない=現状維持では日本は良くならないのですから


で、素人の私が思いついたのですが


がんがん儲けて所得税払えばいいんですよね?

がんがん使って消費税払えばいいんですよね?

ていうかがんがん使う=復興にすればいいんですよね?

それなら今の枠組みで復興資金を捻出できるんですよね?


ばとすぴでいうところのループを完成させればいい、それだけなんじゃないですか

なんだ簡単

落ち着いた、昼ごはんにしよう


不謹慎でしょうか

楽しみにしています

ちょっとしたイベント気分です


お風呂と夕食を早めに済ませて停電を待ちます

ろうそくを立てて、用意していたおやつを食べながら電機が点くのを家族で待つのは、なんだか楽しいです


ただ、電力事情は深刻ですね

ちょっと面白い見方をしている方がいました

これはわりとあたってるんじゃないかな、と


http://bit.ly/h8mBbn


電力が復旧するのは数年かかると考えてしかるべき、とるべきは疎開か遷都の2択

イシハラさんガンバッテ出馬してきたけど、4年後は大阪が首都になったりしてね橋元サンガンバレ

いつまでもとーきょーとーきょー言ってるのも子供っぽいし、引越しは考慮すべきかな、と


株が投げ売られているのは知ってたので、円も安くなってると思ったんだけど、高くなってるんですね

「それでもほかの通貨より相対的に安全だから」

「日本の会社矢保険会社が円を手元に置きたがると思われ」

投機筋に買われているとかもうなんかおかしくないですか?

実体経済より投機、つまりギャンブルで使われる余り金で相場が変動しちゃうのってもうなんか本末転倒も極まっちゃってるんじゃないんですか?

まずその余り金を取り上げて実体経済に還元しない限り資本主義機能しないでしょ

例によって経済学とかまったく知らない素人のたわごとですが


株安でかつ円売りされたらそれが日本の最悪のシナリオ、というのもわかりますが

朝6時20分からの計画停電は中止になったようです

朝6時に起きて暖炉を連れて近所のコンビニに行きました

電気が落ちてもいいように、朝食の菓子パンを仕入れるためです

コンビには営業していました

お目当てのコリラックマシール付きパンは3種類しかありませんでしたが、あるだけましです

ざっと店内を見回すと、種類は少ないものの一通りの商品はあるようでした

一種類のみでしたがカップラーメンもありました

張り紙をしてある欠品は乾電池くらい

後で考えたら、計画停電が予定通り実施されてたらコンビニも営業してなかったわけで…抜けてます

家に帰るとこぞうが毛布に包まってボーっとしていました

暇そうだったので、朝ごはんの用意をするから暖炉を拭いてくれと頼んだら、ぶつぶつ文句をいいやがったので「んじゃいいよ!そこで座ってろ!」と逆切れ、その後まだぼーっとしているこぞうがなんとなく腹立ったので暖炉ふいたタオル投げつけてやったんだけど、珍しく早起きしてロング散歩したので気が立ってたのです、いや大人気ないですカッコワルイ


こぞう送り出して8時にはすべての朝の仕事が終わっていたので、ばあちゃんに電話して様子を聞きました

月曜日のデイサービスが中止になったので、じいちゃんを風呂に入れる手伝いしてくれないか、と頼まれたのは火曜日でした

そのときは渋滞がひどく、ガソリンが入手できる見込みがまったくなかったのでなんだかんだ言って断ったのですが、ずっと良心が痛んでいたのです

昨日は弟が行ってくれたはずなので、今日はご機嫌伺いだけしておいて日曜日にでもこぞうをつれていこうと思っていたのですが、ばあちゃんが今日来てくれというので、急遽実家へ向かうことにしました


ガソリン補給のめどが立っていないので車はNG、昨日は町田まで小田急線が動いていませんでしたので、用心して自転車で相模大野まで出てから江ノ島線に乗ることにしました

自転車で相模大野まで行くのは初めてでしたが、思ったよりアップダウンがきつくなかったのでたいした苦労ではありませんでした

駅は節電のため明かりが消えていましたが、心配した人ごみはなく、ちょうど長後行きの電車が来ていたので何の苦労もなく乗ることができました

電灯の消えている車内はなんだか古めかしい昔の記憶のようでした

もしかしたら、昔はこのくらい車内は暗かったのかもしれません

各駅停車で駅について実家に電話をするとじいちゃんのひげを剃っているから手が離せないということなので、15分ほど歩いて歩いて実家まで行きました


実家ではじいちゃんの出撃準備ができていました

連休で混む前にお墓参りをしたいから手伝ってほしいということなのです

正直私にはまだ「墓参り」が「不要不急でない」という理屈が理論的に解明できないのですが、じいちゃんばあちゃんには確定申告や狂犬病の予防接種と同じくらい毎年やらなければならないことらしいので、文句を言わずにはいはいと手伝いました


ばあちゃんはしきりに酒をどこで買うか気にしています

いつもは途中の生協で買うのですが、今日はうちの近所の酒屋さんで買うことにしました

墓に入っている私のじいちゃん、こぞうのひいじいちゃんは大変なお酒好きだったので、お参りにお酒は必須らしいのです

別に水でもカルピスでもほとけさんには関係ないと思うのですが、そこらへんも黙っています

自動販売機で買おうとしたらお金を受け付けてくれなかったので、お店に入って紙パックのお酒を買いました

いつもの、一番小さい安いやつです

そこはそれでいいんだ…

自動販売機が使えなかった理由は、免許証を先に入れなかったからのようです

最近のお酒の自動販売機は年齢識別を済まさないと買えないようになってるんですね


墓地までの道すがら、交差点で止まったときに停電になりました

輪番停電です

道理で交差点におまわりさんがたくさんいると思いました

大きな交差点には前もって準備していたおまわりさんがいて、交通整理をしてくれていたのでそれほど怖くはありませんでしたが、それでも一箇所、大型トラックの譲り合いに巻き込まれて死ぬかと思いました


ガソリン取り付け騒動が一段落したからでしょうか、空気が綺麗で富士山がくっきり見えました


じいちゃんは生態エネルギーががっくり減っているようにみえました

力が弱り、言葉が不明瞭になっていました

それでもささえれば歩けるし、トイレに座って自力でうんこ出したし、去年の今頃よりははるかにましなんですが


昼ごはんを食べて、歩いて帰りました

帰りも電車は空いていました

相模大野についたところでこぞうから電話がありました

相模大野から自転車だよ、といったら「ヤバッ!」と言われました

好きな言葉じゃないな、せめてスゴッ!とかにして欲しい

地震のせいなのか、コイン駐輪所の機械は調整中で、無料でとめられました


家に帰るとこぞうとひめがゴーストバスターズを見ていました

パソコンの調子が悪くて使えない、というので立ち上げなおしてひめに渡しました

最近なんだか調子が悪くて、時々ホットスポットとの接続に失敗するのです

ひめがネットサーフィンはじめたところで停電しました

輪番停電です

1時50分スタート予定でしたが、2時丁度くらいでした


バームクーヘンを切って、コーヒーを入れておやつにして、ぞうと2回ほどバトスピして、こぞうが友達と遊ぶ約束をしているというのでひめの言いつけて護衛しました

信号機が消えているので危険かなと思ったのですが、おまわりさんが居てくれているのでむしろ安全でした

友達の家まで送って、5時20分に迎えに来るからと念を押してから家に帰りました


家に帰って私は読書、ひめは携帯をいじっています

ひめはちょっと前からスマートフォンを欲しがっています

私も仕事が決まったら買おうと思っています

もちろん、先行きがまったくわからない今、そんなもん買えるわけがありません

ひめもそこらへんはわかっているはずなのですが、それでも理想と現実の区別がつかない人なので欲しいといったら欲しいらしいです

自分のPCが壊れて、次の新品がいつまでたっても届かない上、私のPCもネットがうまくつながらないのでフラストレーションがあるようです

またギャラクシーかっちゃおうかなーとかぶつぶつ言っています

いつもならは私が根負けして、買ってしまうのですが、流石に今Goサインは出せません

ぶつぶつぶつぶつ言っているのを聞き流すのがつらくて二階に逃げました


約束の時間になったのでこぞうを迎えに行きました

時間になっても出てこないので、さらに15分待ってからお友達宅に突撃

わるびれないこぞうにまたもやプッツンときて「俺、怒ってるからな」と低音で脅してしまいました


家に帰るももーちゃんひとりでお教室が始まっていました

脅しが効いたのか、いつもは暴れるお教室でも大人しく問題を解いていました

夕食はポトフ、わりとうまくできました

っていっても材料切って煮るだけなんですけどね


早めに風呂に入って、ふとんで怪人二十面相を読みました

こぞうは5分もたたずにまたぐらですーすー寝息を立てていました


親がどれだけ短気でも、いや、短気だからなんでしょうか、へばりつくことを諦めないこどもです

口は悪いし性格も良くはないですが、頭はいいし、愛嬌はあるし、何一つかけたところが見当たらない、パーフェクトな子供です

はっきりした目鼻立ち、エキセントリックな性格、おそらくは知性の高さはひめの遺伝だろうと思っています

こぞうを見ていると、私がなんで無理してあんな分不相応な女を相手に選んだのかわかる気がします

きっと私はひめの遺伝子に恋をしたのです

桃太郎電鉄のかなり初期バージョンで99年バトルをやったことがあります

50年過ぎたくらいですべての物件の買占めが終わり、淡々と目的地を目指す作業になりました

マラソンのような苦行の間、もうろうとしているプレイヤーが輝きを取り戻すタイミングがありました

びんぼー神が暴れて都市を壊滅させた時です

すべての社長はゴールを無視して更地になった地方に向かい、争って買い戻すのです

そのときだけ、ゲームが動くのです


不謹慎なのかもしれません

被災した方々には掛ける言葉もありません

また、私は経済学も歴史学も修めていません

ここで言っているのは浅はかな一般人の空言です


震災って、デフレに苦しんでいた日本を立て直す絶好のチャンスなんですよね

お金が動かないのがデフレです

仕事があってお金が回れば経済は活性化するんでしょう?


被災地に政府の補助金でも義捐金でも保険金でもじゃぶじゃぶ突っ込みましょう

そのお金で更地になった土地に最新型の家を建てましょう

最新式の家電と家具を揃えましょう


必要のあるなしを議論している道路や鉄道や箱物はとりあえず置いといて、最高の街を作りましょう

子供のケアも、老人のケアも、がんがんやりましょう

日本中のみんなが東北に住みたいって羨む、すごい街を作ればいいじゃないですか


戦前戦後が語られるように、震災前震災後で語れる日本を作りましょう


そういえば、石原都知事がまたかましたようですね

個人的に石原さんは好きではありません、が、この報道に関しては曲解も甚だしいといわざるを得ません

日本語として前後を聞けば、主語が「政治」なのは明らかなのに、「天罰」という言葉だけ切り取って報道しようとするマスコミにはもう…きみたちなにがしたいのかわかんないよ、言葉のプロだろプライド持てよ


ひめが「どや顔」という言葉を覚えてきたらしく、使います

明らかに使い方が間違っています

ソファの下でご飯を待ってじっとにらみつけている顔を「どや顔っ!どや顔っ!」と言います

どんなに筋立てて理路整然と説明してもわかってくれません

ていうか、わかる気がないようです


けっきょく彼女にとって「どやがお」という音の響きと自分の見ているものに一致があればそれでいいようです

彼女にとって言葉は表現手段であって、コミュニケーションツールではないようです

だからこそ、日本語しか話せないくせに日本語嫌いの英語好きなんですね

日本語は聞いていて「意味がわかるから」「嫌い」らしいです


言葉ってなんでしょう

土曜日

東京に住んでいる身としては、停電が終わったので地震騒動終わったな、というのが正直な感想でした

津波でXXが流されました、と言われてもぴんときませんでした


朝、予定通り町田のショップバトルに参加しました

町田市街にとくに変わった様子がありませんでした

道すがら営業中止しているファミレスがあるなぁ、くらいのもの

町田も丸井とかいくつかはを営業中止しているという話でしたが、ああ陳列棚がくずれちゃったのかなぁくらいに思っていました

ひめのオーダーでろうそくを買って、車のガソリンを満タンにしましたが、大げさだなぁとおもっていました

このころはまだろうそくも電池も在庫がありましたし、ガソリンスタンドも普通でした

小学校からの連絡で、月曜日からは平常授業という連絡がありました

私だけではなく、私の住んでいる地域の人たちはみんな同じような感覚だったのだと思います


日曜日も同様、TVは原発の事故とかあおっていましたが、まだ地震は遠くで起こったことだったと思います

中国の友人や、ホストファミリーで預かった子供たちからFacebook、Messenger経由で安否の確認が入り始めていましたが、そのたびに、こっちはぜんぜん平気だよと答えていました


実は日本がひどいことになってるんじゃないかと気がついたのは日曜日の夕方ごろからでした

さまざまな津波の映像が次々と放映されました

ようやくのんきな私にも、今回の震災が、ごく一部の運が悪かった集落だけに怒ったことではないのだと理解ができました

原発のニュースもマスコミがあおっているだけではないとわかりました


月曜日の朝になって、すべての小中学校が休校になることになりました

朝、集団登校で集まる直前に、災害放送で伝えられました

こぞうはひゃっほいしています

私は、暖炉の散歩がてら近所のスーパーに買い物に行きました


開店10分前、そこそこの規模のスーパーの周囲をぐるりと取り囲む列ができていました

パニックだなぁwと笑って、裏のコンビニでジャンプを買って、店の前のベンチに座って携帯をいじっていました

まもなく開店したようですが、打ち込みをはじめてしまっていたので、10分ほど遅れました


店内の人はピーク時くらいに見えました

昼ごはん用のパスタ等買い込もうと思っていました

生鮮食料品はごく普通の品揃えでした

最初に気がついた異常は納豆

全滅でした

カップめんの棚が一列すっからかんなのは笑いました

米、ごはんもまったく在庫なしでした

パスタはお高めのものが若干残っていたのでそれを入手しました

ミートソースの缶は特売だったのでちょっと多めに入手

米と水はわりと最近買っているのを知っていたので慌てませんでした

あと、何を買っていいのかわからなくなったので、カレーライスの用意をしました


一番ほしかったカセットガスコンロは見つけられませんでした

石油ストーブは売り切れの札が下がっていましたから、まぁ無理でしょう

暖炉は小一時間店の前につながれていましたが、鳴きもせずに待っていた模様


家に帰ると焼きそばができていました

やることもなくこぞうと延々バトスピ

そのうち計画停電の話がでてきました

町田市は2,4,5グループが入り乱れているようです

東京の盲腸ですから仕方ないですね

災害放送で町ごとの区分が知らされましたが、私が住んでいる町は2と5の両方に含まれていました

どないせいちゅうねん

もし5グループだとすると夕方から停電なので、そのつもりでいろいろ用意を整えました

早めに風呂に入って、食事を済ませ、ろうそくをスタンバイして時間を待ちます

結局今回は停電はなかったようですっかり肩透かし

ちょっと残念な気分になったのは大人なので内緒

その後の長い夜をバトスピしてつぶしました


計画停電が予定通り行われなかったと苦情を行っている人がTVにたくさんでていますが、あれはどうかとおもいませんか

計画したところとまったく違う地区が停電を起こしたら、それは問題だと思います、が、計画停電を発表したけど供給が間に合ったからやりませんでした、はむしろ喜ばしいことなんじゃないでしょうか

せっかく用意したのに肩透かし…なら素直に喜びましょうよ

本物の被災地はこんなものじゃないんですから

まぁ、地上波放送のネガティブキャンペーンは今に始まったことじゃないですから、踊らされないことにします


地上波放送といえば、火曜日の時点でまだ地上波横並びでニュース三昧ですね

同じことしかできないならもうNHKと民放1局でいいよ、と思っているのも私だけなんでしょうか

なにをヘタレているのかCM流さないスポンザー連中もふがいないとおもいますが、TSUTAYAブログだか炎上させて喜んでいる日本人もなんだか情けないとはおもいませんか?


…て、こんなので炎上しないよね…

午後2時過ぎ、大き目の地震が発生しました

買い物から帰って、ひめが珍しく買ったポテチの残りを食べていたときでした

いつものと思っていたら長いのでだんだん不安になってきました

ひめが不安がるので戸外に退避しました

扉が開かなくなったら困る!となんか見当違いな心配をしているのですが、諭すのも手間なのであけっぱなしの玄関に字電車を突っ込みました


揺れがおさまって、状況を素知ろうとTVを操作しましたが、つきませんでした

地震でブレーカーが落ちたかと確認しましたが、そうではない様子

停電です


ひめはこぞうが心配ということで小学校に向かいました

私は家の中を点検しました

細かいものが落ちて散らばっているだけで、被害はないも同然でした

固定電話、携帯電話は不通、携帯メールもだめでした

しばらく待ちましたが、電気は戻りませんでした


クロネコヤマトさんが荷物を運んできたので、受け取りました

判子を押している間にヤマトさんから地が出ました

「すごい地震でしたね、こんなときにご苦労様です」

「信号停まってますよ」


それはちょっとマズイのかな、と思って私も小学校に向かいました

うちは小学校まで5分ほど、途中信号機は1つしかありません

この信号機が消えていました

それほと大きくないT字路なのでひどいことになってはいませんでしたが、それでも変な渋滞がおきていました

道には小学生を心配したお母さんがわらわらと集まってきています

こんな状態なのにか、こんな状態だからなのかテンパって乱暴な運転をしている車もままあります

危険なので、臨時で交通整理をはじめました


ほどなく、普段登下校時に旗振りをしてくれるおじいさんが着てくれたので信号機を任せて、私はおじいさんが普段受け持っている信号機のない横断歩道の交通整理をしました


携帯電話はまだ使えませんでしたが、唯一携帯電話からツイッターだけ見ることができました

仙台空港が水没?10メーターの津波?にわかに信用できない情報ばかりでした


ひめが駆け込んでから30分ほどたったころ、親に伴われて下校がはじまりました

ひめの話では、保護者の迎えがなければ下校させないとのこと、ちょっと不安です


旗を持った先生が出てきてくれたので交通整理は終了、一旦家に帰りました

まだ停電は続いていました

家にいてもなにもできないので、暖炉をつれて偵察に出ました


道路は大渋滞になっていました

交通整理が必要なら行こうと思って、近所でも大きい交差点、家から10分くらい歩いた久美堂の交差点まで行きました

ここにはすでにおまわりさんが居て、交通整理をしていました

それでこの渋滞というのはやっぱりなにか異常だと思いました

久美堂の交差点の先は信号機が点灯していました

それほど広域の停電ではないようです


くるっと回って菅原神社の交差点は沈黙していました

ここは交番の前なのですでにおまわりさんが居ます


一回りして、状況を報告しにいえにかえりました

町田の防災放送で停電復旧のめどはついていないとアナウンスが入りました

日が暮れてきます

うちはほぼオール電化です

当座火急の問題は晩御飯です

ひめのリクエストで古淵駅前の弁当屋まで自転車で弁当を買いに行くことにしました

なんだか知らないけどこぞうがついてきました


途中、コンビニに寄ってみました

ここで済めば楽かなと思ったのですが、甘かったです

停電で真っ暗な店内に長蛇の列ができていました

弁当は全滅です

みんな考えることは同じということですね

諦めて目的地に向かいました


境川手前の交差点から電気が来ていました

通電地域のコンビニは通常通りに見えましたが、おいしそうなお弁当は売り切れだったので、一山上って予定通り駅前まで行きました

古淵駅は電気が切れていました

駅員さんが横浜線も新幹線も動いていないと説明しているのが聞こえました


お弁当屋さんは通常通りでした

弁当3つと、おかずを買って、まっくらになったうちへ帰りました

帰り道こぞうが「お風呂屋さん行こうよ」と言い出しました

あれ?これわりとナイスアイディアかもしれません

停電してると家風呂使えないし

ああ、さっき思いついてればこんなとこまで自転車で来なくても風呂屋で晩飯食えばよかったじゃん


家で、100円ショップで買ったおしゃれなキャンドルで弁当を食べました

PSPワンセグでニュースを見ました

どうやら東北はひどいことになっている様子ですが、このときはまだまだ情報が少なくて、せいぜいディズニーランドが水浸しになったんだってー程度でしかありませんでした


こぞうをつれて車で風呂屋へ行きました

今ならバカだなぁと思えたのですが、そのときはまだそんな大事になっていると思っていなかった私

ひどい渋滞で普段5分でつくところに30分以上かかった挙句に風呂屋は臨時休業でした


家に帰って、顔だけ洗って、歯を磨いて寝ました


夜半に目が覚めると窓の外に電気の明かりが見えたので、ブレーカーを上げて家中の点検をしました

0時を過ぎたところでした

一番心配していた冷蔵庫の中身はアイスクリームも含めてすべて無事でした