面接に行って来ました

某外資系チップベンダーのFAEポジション

ふぃーるどあぷりけーしょんえんじにあ、日本語で言うと技術営業職です

会社の外交官みたいなものですから、商品についてオールマイティに通じたプロフェッショナルでなければ出来ない仕事ですから、収入もそこそこなんですが…

開発するわけでもなく、企画にも関係なく、部下もなく、お客の苦情処理をする係です

チップベンダーならなおのこと、ソフト屋が根本解決できる事案などあるわけがなく、謝るか、姑息に回避するかの2択となります

流石にひとつくらい”内定”を取りたくて面接に向かいましたが、ぶっちゃけ気が進んでいません

会社は新宿で、きれいなオフィスで、きちっとした社員さんでした

悪い会社だとは思わないのですが…

営業はほぼなくて、サポートがメインタスクということなので、それなりの金額を提示されたらちょっと考えようかな、というレベルです

30分ほどC言語のクイズを解かされました

前半は私をなめてるの?的なものでしたが、最後のピクセル操作プログラムは、問題文が英語だったのもあって意図をとるのに時間がかかってしまいました


水島ヒロポプラ社文芸大賞のニュースは久しぶりにカチンときました


科学的に解析できることなら何センチ、何秒、何グラムという比較で一番を決めることが出来ます

芸能にはそのような単位はありません

どんなに突出した実力を持っていたとしても、審査員の琴線に触れなければ評価はされません

グラム原器のような審査員はいません


そもそも、芸能に突出した実力などありえません

評価されるということは、理解の範囲内つまり突出していないということなので、理論的に自明です

また、評価される程度の実力の持ち主は芸能であれ文芸であれ掃いて棄てるほどいます

実力なんてあって当然の世界です

芸能であれ、文芸であれ、選ばれると言うことは”数多いる実力者の中から運良く選ばれた”ということです

100m走やスーパーコンピューターの計算速度とは意味合いが異なります


水島ヒロという男が芸能の世界で一度、文芸の世界で一度それなりの評価を得ました

宝くじに2回あたるくらいの強運の持ち主なのは認めます

私がすごく不愉快なのは、賞金の辞退です

彼が既に十分な資金を運用していて一生困らない資産家なら話は別です(それはそれでねたましいですがw)

浮き沈みの激しい世界にいて、なんの基準も保障もなく、他人からの評価だけで自分の価格価値が決まってしまう世界において、目の前にある金に敬意を表さないという行為にすごい欺瞞を感じます


選に漏れた千人以上の投稿者の中には、実力で劣らない人もたくさんいたはずです

本気で賞金を狙った人もたくさんいたはずです

賞金が手に入らなかったことで人生が崩れた人もいるかもしれません

実際世間では、十分の一、百分の一の金で殴り合いのけんかをするひとも、人生をだめにする人もいるのです

賞を頂いたことを感謝するのはもちろんですが、それは金銭を頂いたからと言って貶められるような価値ですか?

私は今回当該賞に応募していませんが、応募していたら絶対に賞金は欲しいです

もし応募していたら、そんな私の気持ちを踏まれたと感じるでしょう


…と…


…ありったけの理屈を並べて論理武装してみる私…


はい、嫉妬です

ねたみです

そねみです


私は幼少の頃から自分より強いもの、えらいもの、綺麗なもの、かっこいいものが嫌いです

どんなに自分とかけ離れていても関係ありません

努力していない自分とか関係ありません

子供の頃、巨人が好きっていうヤツの気持ちがさっぱり理解できませんでした

大人になってもありとあらゆる人に嫉妬しました

石橋貴明とかキムタクとか、ホリエモンとか、ビル・ゲイツとか(全部全盛期の時ね)

手当たり次第に嫉妬して嫌いましたね

若い頃、漫画描き目指していたころ、間違いなく自分の原動力は自分よりいい作品を生み出した作家さん方への嫉妬でした

漫画が好きで、その漫画の世界で自分が一番でないことが我慢できなかったのです

素直にこの作品すげえ俺勝てねぇとおもったのは酒井法子の”のりピーちゃん”くらいかな(この作品の凄さはいずれ書きます)


全ての人間が同じ感情を持っているわけじゃない、と気が付いたのは社会人になってからですかね

それなりに隠し方とかオブラートの包み方とかいうのを覚えました

それでも30過ぎるあたりまでは、これ自分の特徴みたいなものだと思っていました

今、冷静に考えるとこれは病気です

気質障害の一種ですね

事実、私は昔の友人と会うのがかなり苦痛です

恥ずかしいっていうか、情けないっていうか、そんな感じで


この病気は完治しません

一時的に症状を抑えることはできます

漫画、芝居に対して発病していた20代の頃、症状を抑えたのは一回目の結婚でした

とりあえず日銭を稼いで、なんとなく妻を大事にしているようなフリをして、いい大人を演じることができました


妻に逃げられて、ゲーム業界に入って、二回目の発病をしました

世界一のゲームクリエーターの妄想で周囲を振り回して、結局発注元から干されました

いろいろ絶望したのですが、幸いにも(幸か不幸か?)二回目の結婚で症状がまた治まりました


二回目の妻-ひめーはそれはもう凄い人で、私の自信とか誇りとかそういったものを一つ一つ丁寧に、跡形もなく潰してくれました

自分はただの、才能も魅力も人脈もないつまらない人間なんだと徹底的に叩き込まれました

会社で”本物の”天才を何人も目の当たりにしたのも症状を緩和するきっかけになりました

TOEIC満点がごろごろいる部署で、売り物のデジカメのUIをフルフラッシュで作ってやろうとかぶっとんだ発想が水道の水みたいにじゃーじゃー垂れ流されていたし

ある種の人間は脳の構造が自分と違うんだと体感できました

目の前に居ても喧嘩する意味もきっかけも見つけられませんでした

これでひとつ諦めがついたのです

漫画の世界で”覚悟のススメ”や”うしおととら”等の秀作が発表され”俺が書かなくてもいいや”と思えるようになったのもこの頃でした


それでもたまに発病します

ええい、水島ヒロおまえは何様だこら

さくっと転職に成功したUさんとか、ひめのお友達の世界的なお医者さんとか、ショップバトルで勝てない小学生とか…表面上取り繕っていても、気持ちは穏やかではありません


そして恐ろしいことに、こぞうはどうもこの気質を受け継いでいるようです

客観的に見て、無様です

遺伝するあたり遺伝的な要因みたいなので、言って聞かせて直るようなものじゃないと思いますが、出来る限りのことをしなければなりません