久々の、そして今年初の投稿です(^^)

正月2日に3年ぶりに、館山市の坂田にあります旧陸軍の洲崎第二砲台跡を見てきました。

前回は軽装備だったので、弾薬庫跡を見学しただけで、後は断念しましたが、今回は残りの遺構も見てきました。

 

 

 

前回と同じく、県道257号線から、この入り口から入りました。

前回、見落としていました洲崎第二砲台の門柱を見つけました。最近、他の方のブログを見て知りました(^^;

 

洲崎第二砲台は、1924(大正13)年に起工、27(昭和2)年3月に竣工しました。7年式30センチ榴弾砲4門を配備。29(昭和4)年12月に川名字前山に第2観測所を、翌年12月に洲崎御手洗に第1観測所を設置、それぞれに八八式海岸射撃具を取り付けました。また洲崎灯台付近には照明座を置いて探照灯を配備しました。

だが、1938(昭和13)年6月になって、長榴弾砲4門のうち、3門を満洲に持って行かれ、残り1門も重砲兵学校に搬出したことで、43(昭和18)年3月に砲台は廃棄されました。だが、本土決戦に備え、館山湾を望む坂田海岸に新たに砲台を建設し、12センチ速射カノン砲2門と75式10センチカノン砲4門を配備した。これにより、それまで使用してきた砲台関係施設は再び使われることになりました。

砲座から約100メートルの奥に、山腹を掘って造られた洞窟式の弾薬貯蔵施設があります。それは、房総地区の砲台のために1927(昭和2)年3月に竣工した洲崎弾薬支庫であります。この弾薬支庫は、洲崎第一と第二砲台を主にした砲弾・炸薬を貯蔵していた重要施設でありました。

この弾薬支庫の内部は米軍によって破壊されています。

 

門柱の奥が二又の道路になっており、左側の坂道になっている道路が広くなっているので、ここに車を止めて歩いて向かいました(前回行った時は、近隣の住民の駐車場に止めさせてもらった)

 

 

前回撮影した弾薬庫の入り口。

今回は正面から撮影。

 

 

洞窟式の弾薬庫跡。

ようやく見つけました(^^)

 

 

弾薬庫の内部。

出口まで行こうとしましたが、懐中電灯を持って来なかったので、中ほどまで行って戻りました。

夏場は蛇が出そうなので、いつもこの時期しか見学しません(^-^;

 

 

これもようやく見つけた砲台弾薬庫跡。

民家の土台になってました。

異様な口径です(^^;

民家は空き家のようでした。

 

砲台跡の全てを見たので、ここを後にして、前回見れなかった館山砲術学校のプール跡に向かいました。