次々と年始欠礼のはがきが届く。
家族から親戚まで・・・。
新年を祝う気持ちになれないほどの辛さは理解できますね。
思い入れがあればあるほど悲しみの深さは計り知れません。
でも、でもですね。
子どもや連れ合いが亡くなったというのならわかります。
親だって、還暦も迎えずになくなったとか、
突然に不慮の事故で亡くなったとか、
それぞれに思い入れは異なると思うのですが。
忌中は御仏になるまでの49日
神様になるまでの50日
故人との関係性・立場による忌中・喪中の期間の一例
■父母が亡くなった場合
忌中は50日・喪中は13カ月で子が服するもの
■夫が亡くなった場合
忌中は30日・喪中は13カ月で妻が服するもの
■妻が亡くなった場合
忌中は20日・喪中は90日で夫が服するもの
など
おかしくありませんか?
夫と妻とで忌中、喪中の期間が違うのです。
父母や夫は13ヶ月、妻は90日。
忌中(きちゅう:没後49日まで)と喪中(もちゅう:没後一周忌法要まで)という考え方は、今もかたちを変えながら国民生活の中に残されているのはそうだろうと思います。
キリスト教や浄土真宗に忌中や喪中の概念はありません。
七日毎に死後も修行を積み49日で成仏できるという曹洞宗や真言宗があります。
そもそも服喪期間を定めた「服忌令」という法律がありましたが、昭和22年に廃止されています。
忌引き休暇は家族の葬儀のために休暇を保障するためのもので忌中・喪中期間とは異なります。
では、喪中の期間(1年又は一周忌まで)は、どう過ごせば良いのでしょうか?(余計なお世話です)
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あるサイトでは、
・基本的に派手な行動は慎みます。慶事もできれば控えておきたい。
・神社への参拝
忌中である50日間での参拝だけは慎むべきというところと、喪中の1年間は慎むべきところがある
・近年は旅行も多様化しており、我を忘れて遊び呆けるようなものでなければ構わない
・喪中の間は、故人を偲び慎ましく生活することが基本です。祝い事や慶事の行事などには、極力参加を控えることが一般的。
・年賀状は、新年を祝う慶事ですので出すことはできず、代わりに、年賀の欠礼を詫びる「喪中のはがき」を出すことでお知らせします。
・神社の参詣は控えておいた方が良い。
・お年玉は正月を祝うという意味合いもあり、ただ、お子様は楽しみにされていますので、お小遣いという名目で紅白や縁起物のない袋に入れてお渡しされてはいかがでしょうか。
・しめ縄や門松、鏡餅などの飾りはせず普段通りの生活をしましょう。また、おせち料理は喪中は食べない方が良い。
「亡くなられた方に思いを馳せ、身を鎮めて過ごすことが大切です。」
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亡くなった人への思いは人それぞれです。
なのに派手な行動はするな、お正月は祝ってはいけない、おせち料理は食べてはいけない、祝い事には参加するな、身を鎮めて過ごすこと・・・
なんてね。
どれもこれも余計なお世話です。
新年はひとつのけじめです。
他人からとやかく言われる筋合いはありません。
一日も早く気持ちを切り替えて前向きに生きることは残された人たちの暮らしです。
もっともらしく根拠もなく解説されているサイトに出会うのが悲しいです。悲しく、苦しいのは当人達です。
世間体という縛りで、残された人たちの暮らし方まで指図するのはやめてほしいとつくづく思います。
神様が喪中の人の参拝を禁止するという声を聞いたことがありません。そういうのは人間です。
八百万の神と言われるように、太陽の神、水の神、野の神、木の神、森の神、地の神、海の神・・・あらゆる自然や宇宙全てに神々が宿っていると考えれば・・・ね。誰にも遠慮はいりませんよね。
とはいうものの、世間体もある程度は考えなければ変人扱いにされてしまいますが、少なくとも、お正月は1年間の切り替えとして気持ちを新たにすることは許されて良いことだと思います。
おせち料理が健康と縁起に良い物であればなおのことおせち料理を食べて元気を出して欲しいものです。
悲しみを乗り越えて生きるためにも、不合理なことは気にしない風潮になれば良いと願います。