つらつら意味不なこと書いてんなぁ。

キモチワル。

考えていることを文字にする癖があって

一気にバーッと書いて、別に読み返すことはしないんだけど

それでスッキリみたいな、そんな感じだけど。


頼るのと甘えるのって違うよねぇ。どんどんダメ人間になってってる。

どうみても矛盾だらけで自分に甘い考えをしてしまう。

それではダメだ、と思うのだけれど

弱いな…


そんなことでどうするっ


てか、今までたぶん挫折したことがない

まぁごく一般的な人生で、そのまま次もどこかの会社に入ればいわゆる普通の人生だけど安定というか

型にはまっているのが嫌だと思うのに、型にはまっていないと不安だから

どっちに向えばいいのか悩んでるんだけど


今までの経験からしたら、どちらかを選ぶとなったら結局型にはまる方を選んでた

それでこれまでやってきて、だからいまは次の選択肢が多いと思ってる

型という選択肢?


でも結局のところその選択肢は、きっとあの時、型にはまらない方を選んだとしても

そこでまた新たな選択肢があったと思う。どん底かもしれないけど

そのどん底になるのが怖くて型にはまる方を選んでいたけど

それでもきっとどうにかしてやっていけていたとは思う。まぁ当たり前だけど。


平凡が嫌いなのに平凡を選んでいるっというか

挑戦したいのに安定を選んでいるっというか

これが一般的であろう道を、結局選んでた

いまがあるのは、その安定した道を選んだからであって別に今それを後悔してはいないけど

まだ若いんだから好きなことしたらいいって、テレビでよくきくフレーズに、共感したり反感したり。


だから次は挑戦したいのか?

これまで安定していたのに今さら?

でもまだ若いんだから…とか?

安定だって悪くない、それでもいいじゃない?

でもやらないで後悔するよりやって後悔云々…?

むしろ選ぶことなんてもう無理でない?

いや、まだ時間はあるよ?

でも…人生一度きり。だよねん…


みたいな、結構いろいろ考えてしまって、もう半年も残されていないのにって

いやいやまだ数ヶ月あるんだと思ったりして


…じっくり考えよう。

それから思ったけど


相手を信じるとか信じないとか

信じて欲しいとか信じられないとか


こういう類のものって、何か行動で示さないことには

信じることもできないわね。


ただ相手を信じているっていう人は、絶対心のどこかで信じきれていないと思う。

本当に相手を信じられる人は、相手がそれなりの行動を示しているんだと思うね。

普段の言動で。


相手に信じて欲しいなら相手を信じること

とかよく聞くけどさ、微妙に逆というか…

相手に信じて欲しいなら「信じさせる何か」をして

それを受けた相手はその人を信用して、自分も信じて欲しいと無意識に思って、

信じているからその相手も「信じさせる何か」が自然と伴うようになって

それで二人に信用性とか信頼性とか生まれるんだね。

っとかよく分かんないけど、そういうことだよ、うん。


何もナシに相手を信じきれることはそう無いと思う。

相手を信じてる人は、きっと過去そういう何か事例のようなものがあって

それがあるから信用しているわけで

例えばいきなり初対面の人を信じろ言われても難しいよねって話で。


逆もありで、

相手を信じることができない人は、きっと信用できない何かが過去にあったり。

それは小さなことでも大きなことでも。

裏切るとはまた別で、裏切ることはなくても相手が「信じさせよう」としないから

信用できないんだよ。

そういう努力が足りないのだな。


何もしていないのに「ただお前を信じているから」とか言われても

で、自分は?ってなるよね。

君が私を信じているかどうかは二番目ですよ。むしろそこは私の中の問題で、

君が信じてもらっているかが一番大切だよね。たぶん。

自分の中で大切にしてほしいのは相手への信用ではなくで自分の信用性。

信用できる相手には自然と心開くものでしょう。

信用できるから相手にも信用して欲しいと思うわけで。


これは私だけかもしれないけどね

信じてもらうより、信じることができる相手であった方がいい

たとえ相手が自分を信用していなくても、自分が相手を信用できていると安心でしょ。

だから自分も信用して欲しいと努力する。

       ↑

あ、最後のこれしない人はきっと浮気大好き。笑


結果、信じて貰うことを大切にする、ということ。


一人一人、自分を信用してもらえるように動くこと。

相手を信じるかどうかは二番目。

自分を信じてもらえるように行動して、信じてもらって、それから相手を信じる、っていう順序。

相手を信じるというのは「意思」ではなくて「結果」です。


極端にいえば

相手が普段からどんなに怪しくても

常に自分は信用してもらえるよう行動すれば、きっと相手も付いてくる。

それで付いてこない相手は、そういう人なんだと。

絶対お互い信用し合える人がきっと居るから、そこは無理に続ける必要はないとも思う。


周囲の人にも

自然に相手に信用してもらえる振る舞いが出来ている人、いるよね。

逆に無意識に相手を不信にさせている人も、いる。

前者はもちろんそのままでいいし

後者だって、意識を変えればきっと変われる。


てかもーよく分かんなくなった。

つまりこれはサイクルしてるな。スタートは人それぞれで。

ぐるぐる回ってる。うん。


もう寝る。

なるほどね~

浮気の境界線って難しいよね

みんなどう思ってんのか面白そうで「みんなのテーマ」で読んでみたら、

一つ、すっごい共感したのがあった。


「隠したら浮気」

なるほどな~。

やましいと思ってなかったら隠さないもんね

やましいと思っているから隠すわけで。これが「浮気」だ。

すげーっ。共感です。


相手を傷つけないように、とか、心配させないため、とか

あぁ。確かに言い訳だね。

普通に言えばそれで安心するものも、わざわざ隠して謎にするから相手も勘ぐって…みたいな?

なるほど。

もちろん、嘘をついたらそれでアウトか。

異性と居たのに同性と居たと嘘をついたら、その時点で浮気だね。

ただの友達なら普通に言えばいいことだもんなぁ。


それから、自分で「悲しませるでだろう事、傷つけるであろう事」と思うことは浮気、か。

ま、そりゃそうだね。

結果、そう思うことはやっぱ隠そうとするもんね。


隠す…というか、とくに言う場面が無かった場合はどうなんだろう。

何をしていたか聞かれ、それに嘘で答えたら浮気的なものであったとしても

とくに聞かれず、まぁ普通に飲んでいたとか答えてそれ以上突っ込まれなかったら

とくに言わないしね?


「友達と飲んでいた」って言う相手に

「どこの誰?」

とか聞くのうざくない?;

聞かれたら普通にちょっとめんどいなって思うし…


あぁ。これか。

最初から「友達と飲んでいた」なんて言うから謎にするんだよ。

相手もそれ以上踏み込めないから、そこで終了してヘタしたら「まさか…」とかいう展開。

だからいけないんだよ。

不必要に事実を半透明にする奴。←最低ね。笑

「友達と」じゃなくて「○○と」って最初から言えばいいんじゃない。

相手と○○に接点なかったら「どこどこの誰さんっていう人だけどね、その人と~」とか言えば

それで済む話じゃない。まぁ誰さんまで言わなくていいかもだけど(笑)

ちょい面倒くさいけど、それで相手が安心して暮らせるなら、惜しむ手間じゃないよね。


すべては相手への思いやりだね。うん。


あぁ、おもいっきしの浮気は言語道断ですけどね。