…月日は流れ、中学1年の終わり。

2月末、期末試験の直前だった。
短縮授業のため早々と学校から帰ると、有無を言わさずサトシくんちに直行させられた。

「わぁ~っ!!おかえり、ショウちゃん♪」

顔を見るなり、小2のカズが飛びついてきた。

「あはっ、ただいま。カズッ」

短く刈ったイガグリ頭をワシャワシャと撫でてやった。嬉しそうに俺の腰にしがみついて、離れようとしなかった。

「ねぇねぇ、こっちきて?あ~そ~ぼ!」

いかにも兄貴のお下がり、と思われるブカブカのニットから指先だけを覗かせた小さな手で、俺の腕をぐいぐいひっぱった。

「あ~っ、ちょっとカズ~ぅ!?俺たち試験前…なんだよ、ねぇ…」

困り顔で苦笑しながら、サトシくんに助けを求めた。

「そうだぞ、カズ!!今日はダメだ。ショウちゃんは俺の大事な家庭教師なの。あっち行っときな」

カズは一瞬ふくれっつらをしたが、兄貴に抗ったところで勝ち目はないことは重々心得ているようだった。

「ショウちゃん、ごはんは、いっしょにたべてってよね?」

この兄弟の母親とそっくりな口調のカズの物言いに、俺は思わずプッと吹き出した。

サトシくんは、『勉強部屋』とは言いがたい狭い四畳半の和室の襖をピシャリと閉めて、脚折り式のローテーブルを出してきて部屋の真ん中に置いた。

"え…っ??"
こんなに何年間も一緒にいるのに…。
閉ざされた狭い空間で2人きりになることはあんまりなくて、なんだか落ち着かなくてソワソワ、キョロキョロしてしまう自分がいた。

「ショウちゃん、なんか飲む?」

なにげないサトシくんの声にも、つい返事の声がうわずった。

「えっ?えっ?あ、うん…そう…だな。ちょっと喉乾いてるかも。麦茶は…こんな真冬には無いよね?水でもなんでも、なんか冷たいものがいいな」

「うん!OK、あるよ。うちは年中、麦茶作ってるから。ちょっと待ってて」


それから2時間ほど、教科書や問題集と向き合った。
俺は初めこそ、"心ここにあらず" な感じだったけど。
サトシくんが急に無口になるから、俺もなんとか、フワフワしてる雑念を振り払おうと努めた。

サトシくんは見かけによらず…と言ったら失礼かもしれないけど、熱心に数学にばかり取り組んでいた。

所々"う~ん…"と唸り声を揚げてしばらく悩んでから。
「ショウちゃん、ここ。解答見てもよくわかんないんだよね…。なんで、こういう式になるの?」

「あ、ここね。これはね…」

俺を頼って質問してきてくれるのが、なぜだかやたら心地よかった。
説明を聞いて、ようやく腑に落ちて納得したときに見せる無邪気な表情が、俺は自分のこと以上に嬉しかった。

何度かそういうやりとりを繰り返した。

ようやく自分の中の目標を達成したのか、満足そうに頷くサトシくんの顔があった。

俺はそのとき。
キラキラさせる瞳を無意識のうちに、何秒間も凝視してしまっていたことに、気づかなかった。
サトシくんもまた、そんな俺を黙ったまま、微笑みを浮かべて見つめていた。


「はっ…あ、あのっ。えーっと…サトシくん?どうしたの?俺の顔、なんか付いてる…??」

我に返って、サトシくんのまっすぐな視線を感じ、咄嗟に目をそらした。

その直後。


俺は目を見開いたまま、体を硬直させた。
目の前が一瞬真っ暗になり、頭が混乱した。

な、なに……………?????

これ。





たぶん、だけど。

俺。今。


サトシくんに

キス…された。

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