崇福山・護国院・安楽寺(曹洞宗)・信濃乃國塩田平札所めぐり(第十五番札所)・Ⅱ
昨日の記事から続きます(境内から三重塔へ)
経蔵

経蔵内部

地蔵尊

傳芳堂

傳芳堂には谷惟仙和尚像が納めれて居る👈(中の写真は撮影NG)

国宝:八角の三重塔を下から

三重塔を横から

ご朱印
Photo 2016.05

経蔵内部

地蔵尊

傳芳堂

傳芳堂には谷惟仙和尚像が納めれて居る👈(中の写真は撮影NG)

国宝:八角の三重塔を下から

三重塔を横から

ご朱印

安楽寺(長野県で最古の禅寺)三重塔へ
『伝承では天平年間(729 - 749年)行基の建立とも言い 平安時代の天長年間(824 - 834年)の創立とも言うが、鎌倉時代以前の歴史は判然としない
安楽寺の存在が歴史的に裏付けられるのは、鎌倉時代、実質的な開山である樵谷惟仙が住してからである。樵谷惟仙は 信濃出身の臨済宗の僧で 生没年ははっきりしないが 13世紀半ばに宋に留学し 著名な禅僧の蘭渓道隆(鎌倉建長寺開山)が来日するのと同じ船で寛元4年(1246年)日本へ帰国したという 2世住職の恵仁は宋の人で やはり樵谷惟仙が日本へ帰国するのと同じ船で来日した
鎌倉時代の安楽寺は塩田荘を領した塩田流北条氏の庇護を得て栄えたが 室町時代以降衰退し 古い建物は八角三重塔を残すのみで 室町時代、天正8年(1580年)頃、高山順京(こうざんじゅんきょう)によって再興され、以後曹洞宗寺院となた』と有ります
安楽寺の存在が歴史的に裏付けられるのは、鎌倉時代、実質的な開山である樵谷惟仙が住してからである。樵谷惟仙は 信濃出身の臨済宗の僧で 生没年ははっきりしないが 13世紀半ばに宋に留学し 著名な禅僧の蘭渓道隆(鎌倉建長寺開山)が来日するのと同じ船で寛元4年(1246年)日本へ帰国したという 2世住職の恵仁は宋の人で やはり樵谷惟仙が日本へ帰国するのと同じ船で来日した
鎌倉時代の安楽寺は塩田荘を領した塩田流北条氏の庇護を得て栄えたが 室町時代以降衰退し 古い建物は八角三重塔を残すのみで 室町時代、天正8年(1580年)頃、高山順京(こうざんじゅんきょう)によって再興され、以後曹洞宗寺院となた』と有ります
開基:-
本尊:釈迦如来
拝観料:境内自由(三重塔拝観は300円)
駐車場:無料駐車場有り
本尊:釈迦如来
拝観料:境内自由(三重塔拝観は300円)
駐車場:無料駐車場有り
◆写真枚数が多いので2回に分けてアップしました・・<m(__)m>
〒386-1431 長野県上田市別所温泉崇福山
「2016年05月の旅の写真メモです 現時点での詳細データーは各自で御確認ください」
「2016年05月の旅の写真メモです 現時点での詳細データーは各自で御確認ください」
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