人は何のために真面目にするのだろうか。小さい頃、人は周囲の人の好意が欲しい。ことに淋しい人は好意を得るために社会的に望ましいとされていることをする。
 社会的な大問題を起こす様な真面目な少年は、小さい頃周囲に良い子として受け入れてもらうためには、真面目であること、お行儀よく振舞うこと、周囲から無視されて面白くなくても騒がない等と言うことを学習したのである。
 それが「不思議なくらい問題のない子」と言われる人達である。それらの「良い子」は周囲から拒絶されるのを恐れて、内面の怒りを抑える。その結果自分の意志を伝える能力のない子になる。
ただ闇雲に成功を求めても成功できるものではない。また幸福を求めても幸福になれるものでもない。
信じる人がいて、はじめて人は幸せにもなれるし、チャンスも来る。
自分が囚われの身だと思っている人は多い。今自分がいる場所から逃げられないと思っている。
しかし逃げられる。それは運だが、運が何であるかを人々は知らない。
夫のしつこい非難を聞き流せる妻は、子供を立派に育てられる。
夫のしつこい非難を「私とは関係ない、これは夫の心の問題だ」と割り切ってしまえる奥さんは、ひどい夫とでも結婚生活をなんとかやっていける。

悪口ばかり言う隣りの奥さんにノイローゼにさせられないですむ。
「私とは関係ない、これは隣の奥さんの心の問題だ」
と聞き流せる人は、噂の好きな社会のなかで、ノイローゼにならないで生きていける。


聞き流せる人は自分で選択できる人。
聞き流す話題と真剣に取り組む話題を区別できる人。

言うは易し、行うは難し…だが、
頭の片隅に置いておくだけでも違いますよ。




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