本当にすばらしい人がいるとすれば、われわれはその人の前ですばらしくふるまわなければならないし、自分のありのままの姿を見抜かれては恥ずかしくてならない。それだけに、その人はこわい。その人の前で演技をしなければならない。
しかし、真実の愛などといくら叫んでも、こちらからその人の本性が見えている時は何もこわくない。こちらの本性が相手に見えたとて、なんということはないのだから。
われわれは、人から本当に愛されても救われるし、また人を本当に愛しても救われる。しかし、そのどちらも現実にはほとんどあり得ないことなのだ。
しかし、真実の愛などといくら叫んでも、こちらからその人の本性が見えている時は何もこわくない。こちらの本性が相手に見えたとて、なんということはないのだから。
われわれは、人から本当に愛されても救われるし、また人を本当に愛しても救われる。しかし、そのどちらも現実にはほとんどあり得ないことなのだ。