11月3日は、私達夫婦の7回目の結婚記念日です祝日

しかぁ~し、スウィートセブンダイヤモンド宝石白は、残念ながら貰えませんでした(笑)

あ・た・り・ま・えですビックリマーク

だって、今日は風邪ひいて、1日中マスクして寝てたんだもん、私ドクロ

ゆえに、せっかくの結婚記念日、晩ご飯は○っともっとのお弁当でしたぁあせる

まっしゃ~ないっすわ…汗


考えてみれば、あっと言う間の7年間でした。

7年前の今日、結婚したんだぁ~っと思うと、何だか色んなコトを思い出します。

親も兄弟もいない私ゆえ、まともに結婚式なんて挙げられないだろうなって、自分の中では思ってました。

でも、旦那さまの両親が、こんな私でも、嫁として快く迎えて下さり、人並みに式も挙げさせて下さいました。

一人ぼっちの私のために、何から何までお膳立てして下さった、義父母には、本当に心から感謝しています。


7年前の結婚式。

私には、たった1つだけ夢がありました。

もし、自分が花嫁衣装を着る時は、絶対に黒の引き振り袖に角かくし姿で、お嫁に行きたいってキラキラ

ウエディングドレスでも、白無垢でもなく、私の夢は黒の引き振り袖。

明治時代とか昭和初期頃に流行した、レトロな花嫁衣装ですが、最近また復活してきたらしく、今は案外珍しくないんだそうです(まっ、ヘアスタイルが洋風だったりするみたいだけど…)


念願叶って、松竹梅に鶴亀、といった誠におめでたい模様の黒の引き振り袖に、揚羽蝶の模様の金の丸帯、赤の帯上げ、丸ぐけの帯締め、というお衣装に、文金高島田に角かくしでお嫁入りした私です音譜

そして、これも1つだけわがまま言って、お仕度を自宅でしてもらい(普通は式場でします)、支度が出来上がってから、お仏壇に手を合わせ、天国の祖父母や両親にお礼を言って、式場に向かいました。

生前、見せられなかった花嫁姿を、天国の皆にどうしても見せたかったのです。


そんなワケで、当時一人暮らしだった私は、花嫁姿で荷物を持って、自宅に鍵をかけて、式場に出発するという、普通の花嫁さんらしからぬお嫁入りとなったのでした(笑)

私が家の鍵かけてるトコを、従兄弟が写真に撮ってましたが、コレ結構笑えますあせる

しかも、翌日出発する新婚旅行の都合で、披露宴、二次会周りが終わった私達は、私の実家に帰宅。

そう、縁起でもない話ですが、朝自分が鍵かけてった家に、その日のうちに舞い戻るという…。

まさに出戻りっ(笑)

だから、嫁に行ったっていう実感が、あんまり湧かなかったのかもはてなマーク


今、主人の実家の居間に飾ってある1枚の写真。

披露宴の時、私達は1つ1つのテーブルのお客様と、一緒に記念撮影をしましたカメラ

披露宴に出席して下さった方、皆さんとの思い出作りのために…。

その時に、主人の両親、義姉家族、今は亡き叔母達と一緒に撮った写真が、大切に飾ってあります。

私は、この写真を見ると、私が旦那さまの家族の一員として迎えてもらえたような気がするのです。

皆がすごくいい笑顔で映っていて、私はこの写真が大好きですラブラブ


あの頃、まだ2つだった可愛い甥っ子は、今や小学校3年のヤンチャ盛り。

1年生と4年生だったお兄ちゃん達も、今では中学生と高校生。

月日の流れの早さを、しみじみ感じます。


この大切な家族写真に、唯一写っていない人。

「ママ~何でこの写真さ、オレいないんやぁ~はてなマーク」

そう、ウチのテニミュッ子、遼くん6歳だけは、残念ながら、このお写真の中にはいないんです(笑)

「だってぇ~まだ遼くん、生まれる前なんだもん…」

「えぇ~ビックリマーク何でオレばっかりいないなっむかっズルいべしたむかっ」


まっコレばっかりはネ。しょうがないヨ、遼くん(笑)

いつか、そう遠くない将来、従兄弟のお兄ちゃんの結婚式の時にでも、また皆で撮ろうネビックリマーク

そん時は、遼くんも間違いなく写ってるから…。


風邪ひいて寝込んでるママに代わって、奮闘してくれたパパちゃん。

いつもホントにありがとっ合格

面と向かって言うのは恥ずかしいけど、心から感謝してますm(_ _ )m

こんな私だけど、これからもヨロシクお願いしますラブラブ


皆さんも、結婚式の思い出、何かありますかはてなマーク