「武家諸法度」と聞くと、「ああ、江戸時代に
武家をとりしまるために設けられた決まりね」
と想像がつく。
しかし、その「武家諸法度」に通称があった
ことや、何度か改定されたことは知らなかった。
「武家諸法度」が最初に制定されたのは
2代将軍・徳川秀忠の時。
この時点での「武家諸法度」の通称は
「元和令」で13ヶ条から成っていた。
それから3代将軍・徳川家光の時、「武家諸法度」は
新たに6ヶ条追加され、通称「寛永令」となった。
そして5代将軍・徳川綱吉の時、「武家諸法度」は
「天和令」となり、6代将軍の時に「正徳令」となる。
8代将軍・徳川吉宗の時に「武家諸法度」は
新たに改定され「天和令」となったが、この折
この法を永く伝えていくことが宣言された為、
以後「武家諸法度」の改定は行われなくなった。
と、まあ、「武家諸法度」は色々改定されていたんだね~。
・・ 強権の徳川政治だけに、一度制定されたものが
ずっとそのまま踏襲されたと思っていたんだけどね。。