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やりきる!~1日1生~

あの時あ~してればよかった。あのイベントに参加しておけばよかった。感謝をきちんと伝えてあげてればよかった・・・     やったことは後悔しない。やらなかったことを後悔してしまう。ならば、後悔のない人生を送ろう。    でもまぁ、単なる備忘録です。

玄米先生の弁当箱

これまた、マンガより。


結城玄米という農学部の先生がとある花見会で語る言葉です。



この花見は、ある小学校で行われていた『花見遠足』を習い、卒業生や家族が各自で好きなものを持ち寄っているうちに、花見会になったというお話です。


今まではこの花見会のきっかけを作った恩師も一緒に参加していたそうですが、残念なことに他界してしまい、恩師不在の初めての花見会となりました。そこで、参加者のひとりが玄米先生にこう言います。
「今年も桜は満開だが、どことなく寂し気だな」


玄米先生はその参加者にこう言葉をかけます。
「人は二度死ぬ」と言います

一度目の死は 肉体が滅んだとき……

二度目の死は すべての人の記憶から消えたとき……

(ここまでの言葉は結構有名な言葉なんだそうです)



別の参加者が言います。
「そうね 私達が忘れない限り松下先生は生きているのよね、私達の中で」

(ここからはオリジナル?)
ええ…

でも、三つ目の命は死なないんです。


一つ目の命が“人生”、

二つ目の命が“想い出”、

三つ目の命は……“魂”です。

“心のDNA”と言ってもいいかもしれません。



たとえばこうやって桜を楽しく囲む心…

お互いのために、弁当をつくり合い、おいしくいただく心…


そういう心のDNAは、百年後の松下先生を知らない人達にも、

世代を越えていつまでも受け継がれていくものです。





肉体が朽ちても、受け継がれる魂。
素敵じゃぁないですか!
人には『器量』が備わっています。


「けっ、器なんて小さくていいよ」


と思う人も読んでみてください。
(あ、ただの個人的見解です)



目の前に100ccのボトルがあるとします。


これが自分の器として、もちろんこの器を150CCにすれば、自分の器は一回り成長と言えるのですが、もっとひねくれて考えると、内容物を変化しても器の質は変わるんではないかと思うのです。


100CCのボトルに100CCの水を入れれば、100gになります。

水の2倍の比重を持つ液体を入れれば、同じ100CCなのに、200gになります。

3倍の比重なら300g、4倍なら400g。


器を広げられないなら、質量をたっぷり含んでやればいい。


器が大きく、たっぷり受け入れられる人でもいいけど、
器が小さくても、質を変えることでたっぷり受け入れらる人にもなれるのではないか。


そんなことをふと考えてみました。
何かをやろうとして、つまずいた時「やらない理由」「できなかった理由」ばかり考えてしまいます。


「時間がなかった」「サポートがなかった」「知識が足りなかった」「タイミングが悪かった」「道が混んでいた」「相手の機嫌が悪かった」「お金がなかった」「才能が足りなかった」・・・・・



やるためにどうすればよかったのか


と観察する位置を変えれば違った世界が広がると思うのです。