先日の、母親からの話で…。
ご近所に住む、おばぁちゃんが息子さんに
「ぼけてきたみたい」と電話したところ
息子さんが、あわてて駆けつけてきて
どうやらひどく、叱っていたようです
たまたま、母親はその現場を見てしまい。
ショックを受けた母親は
あの息子さんは、ひどいことをする。
おばぁちゃんが可哀想だというのです。
最初は、わたしも「そうなんや~」とだけ
相づちをうっていたのですが
私の返事に、物足りなさを感じたのか
また、同じ話をします。
そして、母親まで落ち込んでいるのです。
たとえ、叱っていた様子だったとはいえ
実際様子を見にきているのだし
親子だし、心配するあまり叱ってしまったのかもしれないし、そのことについて
あれこれ考えてもしかたないよ。
と言いました。…が
また、可哀想だというのです。
可哀想だと、感じてしまったなら
そのおばぁちゃんに、何を思うの?と
聞けば
「話相手になってあげたい」
それでいいやん。
何を見たにせよ、その気持ちで
自分がなにをしたいかがわかれば
それだけでいいよ
息子さんに対する”ひどい”という思いは
切りはなすべきだと思うよ
その思いをいつまでも、持っているから
お母さんまで、暗い気持ちになってるよと
話ました。…が
なかなか、腑に落ちないようでした。
ブッタとの出会いがなければ
もしかしたら、わたしも同じように
息子さんを”ひどい”と言っていたかもしれません。
生きにくい世の中にするのも
生きやすい世の中にするのも
自分のものごとのみかた
だと、ブッタから学びました。
怒りの気持ちは、すぐ切りはなす
ほうが生きやすいです。