かなさんからバトン受け取りました美味しい犬を飼ってる松井萌々花です!
かなさんには本当にたくさん迷惑をかけまくりました、、、
それでも突き放すことなく、向き合ってくださり感謝しかないです。
たくさんの説教はリアル愛の鞭だと感じています。
そして私は今、明日の朝コマ遅刻しないように今からめちゃくちゃ緊張しています。
フラグを立ててしまったので回収しないよう死に物狂いで起きようと思います。涙
改めて、、、
おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
三田Punkingをつくらせて頂いています松井萌々花です。
「ももい」という名の方がいいでしょうか。
振り返ってみれば「ももい」と呼ばれ初めてかれこれ6年以上になります。
これは知る人ぞ知る”難波美帆”という人物が考案したあだ名です。金賞あげます。
まついの「い」とももかの「もも」を合わせて「ももい」です。
高校では桃井が定着しすぎて私の名前を桃井萌々花だと勘違いしてた人もいます。
そして私もちゃんとほら吹いていました。
このあだ名本当にいいんですよね。
特に少し距離ある人でも呼びやすいあだ名ランキング1位。
ももいにさん付けされても、実質あだ名なので親近感あります。
松井さんとよばれるより全然いいです。
是非みなさんも声に出して呼んでみてください。
せーのっ
「も」「も」「い」
はーい!なーにー?
...なんかすみません。すべってます。
私と一回も話すことなく、人生終える人もいるかもしれないので、
あなたさまの記憶に少しでも残るせっかくのチャンス。このブログを読めばだいたいももいのこと分かるようにしたいと思います。
あでも、是非話したいです今これを読んでくれているそこのあなたさま。
そうだ、ちょこちょこ大事なところ空欄にしておきますね。
直接会った時に聞いてください。答え合わせしましょう。
~目次~
【一】エスにはいるまでももいってなにしてたん?
【二】エスにはいってからのももいってなにしてたん?
【三】ダンスのお話
【四】結局想像力を持つことが大事ってこと。
【一】エスにはいるまでももいってなにしてたん?
<埼玉のももちゃん>
松井家は越谷市ではじまりました。兄が生まれ、〇年後にももちゃんが生まれました。
その〇年後に愛犬チワワの○○〇を飼いました。
〇歳から志木市に引っ越しずーっと志木市ですごしました。
マンションで、真ん中にでっかい広場があって。
あの広場一体何周したんかってくらい永遠に駆け回ってました。
元気な感じでそこは相変わらずなんですけど、この頃の私は
極度のあがり症&会食恐怖症でした。笑えないくらい。
日直が担当する1分間スピーチでさえ1週間前から練習して、それでも当日喉から声がでず泣くみたいな。
親に連れられて外食いっても、食べなくてはいけないという使命感がプレッシャーになりこれまた喉を通らず泣くみたいな。
よわよわのよわです。弱虫。泣き虫。○○でした。
静かな奴だったというわけではないんです。いっつもゲラゲラ楽しく過ごしてるんですけど、時と場合によって急にLv1になるようなわけのわからない子供でした。
<アメリカのMomoka>
小〇の夏から中〇の冬まで4年半アメリカの〇〇〇〇〇〇〇州にいました。
意外かもしれません。日本人の極みなので。
長くなるので割愛。興味があれば聞いてください直接!
ただ、この時ダンスと出会いました。重要ですねこれは。
よくわからんダンススクールみたいなとこにいってジャズみたいな踊りを習いました。
アメリカ生活の最後半年くらいです。
<東京のももい>
日本に帰ってくると公立中学かじって、
中3から東京学芸大学附属国際中等教育学校(ISS)に編入学しました。
ここで15期Punkingボストン留学中のらんらん、元15期ボストン在住のなんば、
15期Popの練馬区在住〇〇〇〇〇に出会うのです。
ちなむと3年2組で同じクラスでした。笑
お昼とからんらんと難波とかと一緒に食べてましたし、〇〇には個人的にめっちゃ仲良くさせてもらってましたし。でもまさかESで一緒になるとは思ってなかったです。なんか縁を感じます。
ちなみに、13期Breakのチャーリーさんとも同じ中高で。
チャーリーさん赤組の副団長やってて一緒に写真撮ってもらったこともありました。
中3からダンス部に入ってこっからダンス人生始まります。
でもまあ甘ちゃんダンス部で。なんなら顧問がモラルに厳しすぎて、振り見とか禁止でした。笑
なのでみんな平等みたいな感じのダンス部だったんです。
でも私達の代から少しずつそれを変えていこう。もう少しISSのダンス部強くしよう。
みたいな空気ができていきました。
そのムーブを創り出したのは多分難波だった気がします。
高校にはいり、難波がダンスリーダーで私は副部長になりました。随分昇進しましたね。
副部長になるときも難波が背中を押してくれたの覚えてます。感謝です。
そんなこんなで私の人生においてダンスって楽しいなと思うようになったのがこの時代です。
死ぬほど青春でした。ダンス部最高でした。
ちょこちょこ衝突もありましたが、それも含めて最高のダンス部だったと感じています。
余談ですが、
私は人生で色んな習い事をしてきたタイプです。
水泳、ピアノ、新体操、英会話、バスケ、フルート、アイススケート、ダンス、、、
その分めっちゃくちゃ辞めてきました。
なんとなくなくできるけど中途半端でやめるみたいな。一番だめなタイプ。
あら不思議。
なんでかダンスだけは続きました。続けたいと思いました。今でも思っています。
数ある習い事の中でもダンスが一番最後に出会ったものなんですけどね...。
結果的に、ダンスを初めて今年で〇年目になります。すご~
【ニ】エスにはいってからのももいってなにしてたん?
慶應にはFIT入試で法学部政治学科に入学しました。
なので頭が本当に悪いです。そしてこれが最近の悩みです。
実は、私最初Revolveに入る気でいました。
ダンス部の直属の先輩もいて。もはやESの方が怖いダンスサークルだと思ってました。
それでも難波に誘われESの集6講演見に行ったんです。
ぞわー!!ぞわぞわー!
めっちゃよかったです。死ぬほどかっこよくて。一気に心を奪われました。
人生で最初で最後の「一目惚れ」です。
余談ですが、念のためリボの食事会的なのもいったんです。
そこでじゃんけん大会があって。
最後まで勝った人はESにいく的な謎のノリがあったんですけど。
勝ちました^_^
これが理由ではないんですけど、結果的にESっ子してるのであれ結構すごい。
ESの体験会めっちゃ行って、本当に楽しくて。
面倒見のよさ、ダンス、雰囲気全てが好きでした。
入サーのメールのやつがちで怖かったです。
翌朝茂木からの電話で起きて、「名前あったよ!」て言われたときの喜びを今でも覚えてます。
ちな、茂木とは新歓期間に出会ってそっからずっと仲良くさせてもらってます。勘違いされがちですが、同じ高校ではないです。茂木はごきげんよう学校出身です。
私はPunking主じゃんでやってて、実は兼じゃん先としてHouseもやってました。
どちらも基礎から始めなきゃいけなかったので、選びました。
なあなあにやってきたダンス、もっとしっかり向き合いたいと考えました。
Punkingは踊ってても楽しいし、パッションでお客さんを魅了させる感じがとっても好きです。
Houseは本当に難しくて、何度も何度も練習して、振りを攻略できたときの達成感がとても好きです。
PunkingはBJ以外ほぼ全部イベントに参加していて、夏合宿の1年生SC・ファッチャ・秋イベ・新歓OP(ALIVE)・クライべ・三田祭とコマ責をしてきました。Houseは1年の矢上祭までずっとやってて、お休み期間を経て今年のクライべお邪魔しました。(あ、Hiphopにも新歓だけお邪魔しました。)今ではPunkingがほぼ中心になっていますが、4年でもまたちょこちょこHouseにお邪魔したいなと思ってます。よろしくお願いいたします。
Punkingではたくさんの経験をしてきました。
ダンスが成長したのはもちろんのこと、人間としても成長したなと感じています。
12,13,14期の先輩方からたくさんのことを学びました...。
なのでこのブログの後半ではこうした経験を踏まえて今私が伝えたいなと思うことを書きますね。
(休憩タイム 是非お水でも飲んでください。)
【三】ダンスのお話
突然なんですけど、
皆さんはダンス楽しめてますか?
「もち!まじで楽しい!いぇい卍」
て人もいれば
「楽しいのかな…?」
とか
「最近ちょっと…」
て人もいるかもしれません。
前者の方はこのコラムは飛ばしてもらって大丈夫です。笑
是非次のコラム読んでください!
後者かもって人は是非続けて読んでみてください。
ESでダンスをやっていて「常に楽しい」と思えてる人の方が少ないのではと思います。
そんなことなかったらごめんなさい。笑
少なくとも私は一喜一憂で、ダンスモチベが下がってしまったり、なんでダンスやっているんだろうと思ってしまったりしたことがあります。
私は高校の延長で、ダンス=楽しいだけの感情でESにも入りました。
1年生の頃とかダンス漬けの毎日で、練習大変だったけど自分の成長めっちゃ感じたり褒めてもらえたりそれが励みになってすっごい楽しいなあって気持ちだけでした。
ただESの環境上、振り見とかオーデとかがあります。
評価される機会が良くも悪くも毎月のようにあるんです。
そうすると、
自分が楽しむために踊るダンス
が
振り見やオーデでいい評価を得るために踊るダンス
へ変わってきてしまいます。
後者が強くなってしまうと、
良い評価をもらえることが正義となり、
その評価がそのままダンスモチベに直結するようになってしまいます。
苦しいですよね。
分かります。
良い評価もらえてた人は、自分が落ちていくことへの恐怖とか。
良い評価もらえなかった人は、周りへの劣等感とか。
ダンスが本来持っている楽しみがいつの間にか苦しみに変わっているのです。
そんな時私が実際にどう乗り越えたのかをお伝えします。
これが必勝法とかではないのですが、思い悩んでいる人がいれば是非参考にしてみてください。
①距離をとってみよう
ダンスと今距離近すぎてないですか?
生活の一部になりすぎてないですか?
いいことでもあるんですけど。
楽しみが見えなくなってしまっているなら、それが原因かもしれないです。
近すぎると同じ一面しか見えなくなっていってしまいます。
距離の取り方は人それぞれあると思います。
物理的に離れるのもいいし、
精神的に離れるのもいいし。
私は後者でした。
完全に離れたわけでは全くないのですが。笑
少しの期間だけ気持ちを落ち着かせてあげるのです。
私の場合は、ずっと興味あった分野を極めるべくインターンはじめてみたり、ずっと興味あったバイトを始めてみたり、ダンスと全く違う分野に少し頭の容量を分け与えました。
ダンスだけにそそぐことも一つの生き方ですが、
私はダンスだけじゃなくて、いろんなことに挑戦をすることも全然いいと思っています。
現にそう生きてきました。
他の分野へ広げていくことで、ダンスの良さを改めて気づけたりします。
見失いかけてたダンスの楽しさを再発見することができたのです。
ダンスだけでいっぱいいっぱいになっている自分がいるならば、
一度精神的少し距離をおいてみてください。
そして少し遠いところから改めてダンスを見てみてください。
きっと、ダンスに魅了されてた初心がよみがえってくると思います。
②自分の好きを追求しよう
よくコマ責とかが「これはあくまでも私達の主観だから」と言います。
これは本当にそうです。
初めのうちはダンスを上手くなるためには、苦手を見つけて伸ばすことにめっちゃ注力すると思います。もちろんそれめちゃくちゃ大事です。
特に1年目の子たちは苦手なことだらけだと思うし、それを克服していくことで成長できます。
でも今私が思うのはそんなに自分のことをいじめなくてもいいんだよってことです。
自分の悪いところを見つけるのはみんなめっちゃうまいと思います。
プロですみなさん。
ただその分すごく心がすりへっているように感じます。
「あぁ、私はこれ苦手だけど、あの子は上手だ。なんで私はできないんだろう、、、」
比較してクヨクヨちゃんになります。
私がここでみなさんに伝えたいのは一度自分の良いところを見つけて褒めてあげてください。
自分が好きだと思う自分のダンスを見つけてください。
自分が自分のダンスの好きを見つけていて、それを伸ばせるよう頑張っていれていれば、
例え評価があまり良くなかったとしても
ダンス好きだな楽しいなという思いは消えることがないと思います。
私は今それをしています。
もちろん苦手なところを克服する努力もしています。
でも自分には自分の好きな踊りがあって。
それを追求できていれば、自信を持ち続けることができます。
今はダンス、楽しいです。
ダンスのお話はここで終わりです。
長いなぁ… 私本当に話が長いんです…
(ここまで全部読んでる人にご褒美あげたいです。「手摘み林檎のルイボスティー」とももいにラインなり直接なり言ってください。本当に何かおごります。笑)
(次、ラストの話ですっ!)
【四】結局想像力を持つことが一番大事ってこと
かなさんの紹介にもあったように、
私実は、問題児だったんです。笑
1年生の頃本当に仕事ができなくて。
というのも根は真面目なので言われたことはやるんですけど。
ただ最低限中の最低限の事しかできなかったんです。
ずっと甘ちゃんな環境で育ってきてしまったために、
周り見て率先して動くこととか当時はよくわからなかったです。
そしてその意味とかもあまりわかっていませんでした。
あとこれは私の個人的な話なんですけど、
めっちゃくちゃ遅刻魔でした。
朝が起きれないことに加えて、家も遠く、、、
1年の矢上祭の時期がピークで。
毎コマのように数分の遅刻を重ねてしまい、、、
本当に迷惑かけまくって謝罪の念しかなかったです。
そんな私のターニングポイントが矢上祭の決起会でした。
当時はコロナもなんもなかったので決起会を毎回やっていて。
その時にかなさんがちゃんと叱ってくださいました。
それまでももちろん毎度大反省していたのですが、この時に本当に変わらなくてはと強く決意しました。
今でも朝が苦手なのは変わりはないので時にやらかすこともあるのですが、
あの矢上祭のトラウマが常に頭にあるので死に物狂いで朝目覚めます。笑
仕事がまじでできない最悪なコマ生と仕事が少しはできるようになったコマ生をどちらも経験した私がみんなに、特に16・17期に伝えたいことは
仕事をしてほしい…
とかではなくて。
「想像力を持ってほしい」
です。
そしてこれが、私が今とても大事にしていることです。
コマ生でいる時ってとりあえず振りを覚える事とか、振り見のこととか、
目の前にある課題にだけ集中してしまいがちです。
そしてコマというのはコマ責が作るものだから、自分はとりあえず身を任せてしまいます。
現に、身を任せていても生きていけちゃうかもしれません。
毎日が必死で、自分のことだけでも精一杯かもしれません。
でも、ここで「想像力」を働かしてほしいのです。
自分がコマ責だったら...?
自分が先輩だったら...?
自分が後輩だったら...?
自分が他の同期だったら...?
色んな人の立場に立って想像してみてほしいです。
良いコマって別にコマ責が作るものではないのかなと思います。
良いコマってみんなで創っていくものなのかなと思います。
自分がコマ責だったらコマ生にこういうことをしてほしいなとか思うことがあれば
是非やってあげてください。
助けてあげてください。
もちろん私もご存知の通り全く完璧じゃないです。
私のコマを受けてて、「ももいさん、、、全くもう!」て思うことがあるかもしれないです。
その時はごめんなさい…
でも、そういう時こそ是非みんなの手を貸してほしいです。
仕事って響きがあまりよくないかもしれないです。
「思いやり」という言葉を使いたいです。
そして、
「自分は1年生だから〇〇をしよう」とか
「自分は3年生だから〇〇は任せちゃえ」とかも違うのかなって思っていて。
学年とか関係ないなって思っています。
(もちろん最低限の決まりとかはあってそれはお願いしたいんですけど…)
学年とか問われず、
一人間としての「思いやり」を持ってそれを行動に移すことで素敵な世界になるかもしれないです。
是非、明日から少し想像力を持って行動してみてください。
小さなことでいいんです。
自分が嬉しいな、助かるなと思うことをやってあげてください。
塵も積もれば山となります。
きっとその先には「ありがとう」という言葉であふれるような素敵なESが待っています。
みんなでESをもっともっと優しいESにしていきましょう!
結局想像力を持つことが一番大事ってことです!!!
大変長くなりましたが以上です。
お次は、
ESっ子で一番最初に国分寺に上陸したB-boy。
1年の頃から頭は相変わらずボンバー。
初めは絶対にこの人とは交わることないだろうと思っていたけれど
いつの間にかマイメンになっていました。
ああ見えて、本当はすごく良い奴だと思います。
ダンスには誰よりもストイックだし。
おもやとか、花火とか、飲みとか、なんだか思い出たくさんありますね。
またすぐ飲みましょう。お願いだから髭をそってください。