こんにちは、
水谷からバトン受け取りましたきむです。
今年のpopコマ責をやらせていただいてます。四年生ですが12期です。リボルブからきました。
おっしゃる通りお酒めちゃくちゃ弱いので、飲ませる時は一女並みに気遣ってください。
自分のことを話すのが苦手なので、普段絡んでても僕のことよく知らない人が多いかと思います。
ですので最初は自己紹介からしたいと思います。ダンスの話は後半にします。
どうでもいい人は後半に飛んでください。
自己紹介
僕は両親とも韓国籍です。名前のせいでよくハーフと勘違いされますが、純韓国人です。
カツアキを名乗るようになった経緯はこれから話します。
僕は北九州市で生まれたのちすぐにイギリスのスコットランドに移り、5年間幼少期を過ごしました。この頃のことはほとんど覚えていないので、ここでは割愛します。
小学校入学のタイミングとともに僕は静岡県の袋井市というド田舎に引っ越しました。ここで6年間過ごすわけですが、今の僕のほとんどはここで形成されたと言えます。入学当時までの僕は今とは正反対でただのうるさいクソガキでした。
そんな僕が、言葉の通じない集団にぶち込まれたらどうなるのでしょうか。日本語はもちろん喋れない、名前もなんか見慣れない、僕は差別を受けました。もちろん小学1、2年生の子たちなんて何もわかっていません。ただ日本語が喋れない僕をバカにするまでは仕方ないことです。しかし明らかに親の指図で僕がハブられるようなことはしばしばありました。
幼い僕は自分が日本語だと思って喋る日本語を徐々に慎むようになりました。今のように無口になってしまったのもここに原因があるのではないかと思います。
今でこそ自信満々に振舞ってることが多いですが、内心はビビリなところもあります。自分の発した言葉で相手に嫌われるのではないかとかそんなこと考えてるので返事も適当になってしまいます。適当と言われることが多いですが、一周回って適当になってしまうのです。本当は相手のことを考えて相手にとってどんな対応したら一番良いのかを考えてる間に時間が返事するタイミングを逃してしまいます。だから手っ取り早く適当な返事で済ましてしまうのです。普段からそう思われてるのもあり、最近の一番のコンプレックスが、相手を本気で褒めているのに、相手には「どうせそんなこと思ってないでしょ」と言われることです。自分の本心が相手に伝わらないって結構辛いです。原因は自分にあるのは間違いないですが、僕が肩を叩きながら目を見て褒めるときは本気で褒められているんだなと思ってください。
ちょっと脱線してしまいましたが、戻ります。徐々に日本語を喋れるようになってきた頃、僕の名前はカツアキになっていました。親が担任と相談して変えたのでしょうか。当時の僕には相手が呼びやすいように変えたんだよ、と言い聞かされました。そうであると信じています。カツアキはここで誕生しました。
カツアキとして再臨した僕はこのまま残りの小学生活を終えるわけにはいきません。集団からハブられていてはまともに生活できませんね。僕はいわゆるヤンキーたちと関わり始めました。彼らと行動すれば、みんな従ってきます。力の上下もありますが、僕たちには自分たちなりの正義感があったのです。上級生ででしゃばってる奴がいると帰り際に「ボコボコ」にしたりしました。年下にはさすがに手は出しません。上級生とは張り合ったところで年上の相手が悪いことになるので都合が良かったのです笑 学校の秩序をある意味守るような良いヤンキーだったのです。そのおかげで僕は徐々に友達も増やすことができ、小学校高学年では問題なく生活を送ることができました。今でもたまに、本当にたまに口が悪い時がありますが、それはこの時の名残だなとでも思ってください笑
小学生のヤンキーって大したことねえだろと思うかもしれません。大したことありません。しかしそのまま地区内の中学校に上がると大変です。酒タバコはもちろん、車で校門突っ込んだり、先生を窓から投げ飛ばしたり相当荒れてました。両親はそのまま僕が非行に走ってしまうのを恐れ、中学からは県内の進学校である浜松西中高一貫校に入学させられました。(ちなみに10期かんさんは浜松北です)
中学はそんなに思い出になるような面白いことはありませんでした。自分で言うのもあれですが、とても真面目でポテトみたいな学校でしたので僕もここで過ごしたことにより根っこからとても真面目な性格になりました。と思ってます。
高校もそのまま上がり、部活は陸上部で走り幅跳びをやってました。ちゃんと県大会でるくらいには頑張ってました。
受験では国公立の医学部を志望しました。毎日夜の22時まで塾に残って勉強し、家でも寝る前に暗記するような生活を送りました。僕は決して天才型ではなかったので努力で這い上がるしかありませんでした。努力のおかげで秋の模試ではA判定がつき順調に思われました。ですが、本番ではセンターが良すぎて二次試験でイキってしまい、普通に落ちました。笑
今でこそ笑えますが、当時は部屋に閉じこもって一晩中泣いてました。良い映画を見ると泣くこともありますが、実生活で起きた出来事で泣くのは初めてでした。そのくらい努力が報われなかったことが悔しかったのです。そんな中そばで唯一励ましてくれたのが母親でした。それまで全く母親のことを考えなかった僕が初めて母の愛を感じました。途中からは涙が受験のせいなのか、これまで母親の優しさに気づいてあげられなかった罪悪感のせいなのかわからなくなりました。僕は18年間生きてやっと初めて親の大切さに気づいた途端、親元を離れることになりました。
このような経緯で僕は慶應義塾大学理工学部に入学し、今に至ります。
ここからはダンスが絡んでくるので後半にしたいと思います。
ダンス
長文読むのだるいひとのために
「個性を磨いてください」
と一言だけ伝えたいです。
この章では、自分の経験と交えながら自分の考えを伝えていくつもりなので節ごとに話が違います。自分の興味ある部分だけ読んでください。
[はじめに]
入学当時ダンスをやることは決めてました。ずっとやりたかったので。
サークルはよくわからず、とりあえず雰囲気が暖かいダンスクルーエスの新歓イベントに参加しました。このおかげで一年後エスに入った時に僕のことを知ってくれている人が多く助かりました。なんとなく入りたいなーぐらいでそんなに入りたい志望はなかったので僕はエントリーメーリスを送信しそびれてエスには入れませんでした。
エスに入れないとなったらリボルブですよね。
まあーなんかすごい環境でしたね笑
同期に珍味をはじめとして、新、しょうぶ、一個上にかつのりさん、えーもんさんもいて刺激しかなかったですね。彼らは上手いのはもちろん、なによりそれぞれの個性があってそれが魅力的でした。また後でこの話に戻ります。
同年代がうますぎる、4年になっても初心者の自分の出番がない、そんなことを思い始めた僕はエスに移ろうかと思い始めました。誰かに自分の踊りを見てもらわなければそもそもダンスやってる意味ないなと思ってたのでエスに移ってでも自分が輝ける場所が欲しかったのです。
[組織としての話]
エスに移った僕が最初に思ったことは、
エスって本当に良いサークルだな
ということです。本当ですよ。
みんな優しくて、暖かいです。
また技術的な部分でも、みんな平均的に上手いです。ショーケースの作り方も断然リボルブに比べて完成度が高くびっくりしました。特にロックとブレイク
ただ、みんな良い意味でも悪い意味でも伝統に縛られすぎる部分があります。もちろんこのおかけでこの組織が何年も原型を保っていいサークルとして生き残っていると思います。しかし、ダンスは少なくとも伝統に縛られていてはその時代にインパクトを与えるようなショーケース、ダンスを披露することが難しいと僕は個人的に思います。ダンスは時代の流れとともにできたものです。もちろんそれは時代の流れ、トレンドとともに変化していくはずだと考えています。つい最近までエスは新たなスタイル、文化を取り入れていくのが難しい環境でした。
が、今年の三田祭、矢上祭ショーケースをみるとエスのショーケースにも変化が訪れているように思えます。これがいい変化なのか悪い変化なのかは今の段階ではなんとも言えませんが、新たな可能性を切り開いているという意味ではいいことなのではないでしょうか。
後輩たちには伝統に縛られず新たなことにチャレンジしてほしいです。これが僕のエスという組織に対して伝えたいことです。反論はもちろんあると思っていますが、慶應を引っ張っていくダンスサークルとして新たなことに挑戦するにあたってためらいはあるべきではないと考えます。
[個人的な話]
冒頭でも話した通りリボルブのポッパーがかっこよくみえるのは個性があるからです。
基礎力があるというのはもちろん大前提ですが、みなさんには個性を磨いてほしいと思います。ただただ上手な人はショーケースに前に立たされるぐらいでその人の踊りをずっと見ていたいとは思えないですね。やはり個性があって魅力のある踊りをする人をずっとみていたいと思います。
さて、個性とは僕は個人的にその人のくせだと思ってます。約20年間ぐらい生きていると体のところどころにくせが付いていると思います。それがダンスに出るんです。それがダサかったらもちろん矯正すべきだと思いますが、そうでないものはそれが自分の個性になり、その人独特の魅力になるわけです。
三田期間開始からしばらく経ち、振り入れ、構成入れが始まっていると思います。
ポッパーには以前伝えましたが、構成入れであまり落ち込まないでください。コマ責はその人の踊りにあった構成を入れているはずです。もちろん、それぞれのベクトルでの技術力が足りなくて構成に入っていない場合もありますが、ほとんどの場合はこの振りに合わないなってことで外されていると思います。逆に言うと、その人に合う振りは絶対あるはずです。そこで輝いてください。ぶちかましてください。
一年生は早いうちに自分がどういう踊りが得意でどういう踊りが苦手なのか割り切ることが大切になります。そうすることで俺はここのパートを極めるぅうううってなるんです。コマ責からしてこのパートは絶対こいつに任せたいと思われるくらいに自分の得意分野を極めてください。
三田祭かましましょう!
なんか思いの外書いてしまいました。
特に前半は深夜書いたので回顧録みたいになってますが、ご了承ください。
次は魅力的な眼差し、見る人を虜にするようなシルエットの持ち主であるあの方の登場です。
いつもショーケースでは目がいってしまいます。彼女がショーに出ることでバランスが取れるというか、ショーには必要不可欠の存在だと思います。
どんな文章を書いてくれるのか楽しみです。
それではよろしくお願いします~~