そう。
ひとの家が好きです。
去年のブログにも書きました。しつこい←
正確には
ひとの家の匂いが好きです。
1人暮らしのひとお鍋のお誘い待ってます←
美容院の匂いも好き。
シャンプーとか染髪液とかワックスの匂いが混ざった感じ。
歯医者さんの匂いも好き。
昔から虫歯が多い子でした。
きむけんさんからパスを受けました。圧倒なんて全然です。
デカいだけです。
7期のまやこんです。テクマクマヤコンからきています。
先輩からよく呼ばれていましたが4ばばになった今あまり呼ばれなくなりました笑
今年はみゆうと20人の家族達とjazzSPをつくり
POPコマでしんじくんとゆーやみんに体幹のたびに怒られ
JAZZコマでははーまんとめいと共に母である池内みなみをいじり倒していました。
来週の今日には教室公演が終わっています。
驚きですねー。
そしてすぐにステージがあって。
引退ですよ。引退。
嫌な文字だなー。
引退を目の前にして
es4年間とダンス人生16年を振り返りました。
ひたすらまやの話なので
興味ないひとは
というか
おめーの話読んでるほど暇じゃねーんだ
と思うひとはここで画面を閉じてお風呂入りにいって大丈夫です。大半の人がそのはずです笑
さて。
esに入ることを決めたのは高3の冬です。
ずーっと一緒にダンスしてきたひとつ上の先輩が早稲田のサークルワセブレに入っていて、
その先輩に慶應ならes入りなーと言われたのがきっかけです。
彼女は6期のゆーこさんの高校のお友達でもあります。
その言葉を全く疑うことなく、誘われるがままにわたしは6期の1イベを見にいきました。
勝ってたし楽しそうだしオススメされてるくらいだし
実は流されやすいわたしは迷わずesに入ると決めました笑
1年の時は春ぱlockを選んで
クライベはslowに出て
矢上はhiphop
三田はlock
なんでしょうねこれ笑
今は色んなジャンルやってるひとたくさんいますが
当時は結構異端児と思われていたようです
ひとつのジャンルも満足に踊れない一年のボンクラが、何を色々とハシゴしてるんだと。
でも言い訳が許されるならば
その時の周りの人との関わり、周りのひとの言葉がそうさせたのです。
惹かれる人がいたから。
間違っていたとは思いません。
が、ひとつのジャンルも満足に踊れるようにならなかったのも事実です。
二年になってからは悩まなかった日なんてないと言えるくらい
わたしはesでどうしたらいいのだろう、何を目指したらいいんだろう
と常に考えていました。
また放浪の時期に突入です。
連盟公演でjazzとhiphop
新歓はlock
クライベはhiphopふたつのスタイルとpop、punkingを聴講してみたり
矢上でjazzを作って
三田は5期のつっちーさんの曲とpop
行き当たりばったりのような行動で周りに?をたくさん作らせたわたしでした。今でもわたしのこの時の行動を批判するひとがいてもおかしくないとは思います。
まやさんて主ジャンなんですか?
2.3年で後輩から聞かれたことランキングno.1です
そのたびに思っていました。
ダンスにメインもサブもないのだと。
とはいえ、ジャンルごとに仲が良く~erと固まっていたみんなが少し羨ましくもあり、どこにも入れないのを寂しく感じたりもする矛盾くんでした。
まぁダンスはダンスなのでね!
根本は一緒よ!笑
それに色んな人と色んなダンスの話ができた放浪期は、その分色んな価値観に触れられて決して無駄ではなかったと思ってます。
ぽじてぃぶー。
esに今までなかったようなjazzをやりたいと思ったのは二年になってからですかね。
名称うんぬんでたくさん話をしたこともありましたがそこはちと長いのではしょります。slowのみんな付き合ってくれてありがとう。
聞きたいひとはGBでオムライスでも食べながら。
矢上では7期が主体となる
来年には運営代になる
今まで先輩達が大きくしてくれたこのesに、わたしは何ができるのか
先輩たちがひいてくれたレールの上をただ走るのは違う
そう思いました
もっとesとして見せられるダンスの幅をひろげられたら
そう思いました
わたしが5歳からやってきて学んだことをesのために使いたい
だから矢上でjazzをやりたいと思いました。
もちろん貯蓄だけでは足りないので、並行して外部でナンバーに出まくったりしました。
矢上でもesとしてもらう尺は限られていますから、作品が増えるということはそれぞれの分数をけずることになります。
条件はただひとつ。
コマ生が集まること。
怖かったです。とっても。
どんな作品を作りたいのか、なんでやりたいのか、
それを示すために練習会を開いたりして必死に7.8期にアプローチして
これで人が集まらなかったらこの先どうしようとか
集まってくれてできたとしても
みんなの分数をけずるわけだから半端なものにするわけにはいかない。
怖くて怖くて仕方なかったです。
それでも集まってくれたコマ生がいて矢上で作品を出すことができました。
今更だけどありがとう。
そして3年運営代になりました。
もうやるしかありません。
相変わらず色んなジャンルに触れながらも、
春ぱ新歓クライベ三田とjazzの作品を作れるように同期にお願いをしてわがまま言ってやらせてもらいました。それがesのためと信じて。
その度に思っていたことは
自分の作品をみて
ダンスをみて
わたしもやりたいと思ってくれる誰かのために作ろう、踊ろうって。きむけんさんも言ってましたね。
みにきてくれる家族とか友達とか、一緒に踊る仲間のためとか
それは当たり前で
そのもう一歩先に
まやを知らない誰かが
jazzを知らない誰かが
あんな風に踊りたい
と思ってくれたら最高だなって。
そんな風に思ってました。
実際にそんな人がいたかはわかりません。いないでしょうねー。
でももしこの中にいたらこっそり教えてね。泣いて喜ぶ←
だからまだまだ、
-est2014の目標も、
まやのダンスをみて、まやを知らない誰かがダンスを始めたいと思ってくれるパフォーマンスをすることです。
達成できたかどうかがわからないのがこの目標の難点ではありますが笑
そして何より今年最後だからこそ加えて思うのは、、、
esにまやがいてよかったとesのみんなに思ってもらうこと
esにjazzがあってよかったとesのみんなに思ってもらうこと
これも達成できたかわからないのが難点ですが。
これが達成できて始めて
まやが吐くほど悩んだ日々が報われるのかなと思います。
esのためにした行動が正しかったと証明されるのかなと思います。
あるひとに言われたことを思い出しました。わたしの大好きなひとに。
吐くほど悩めと。
悩むことに意味があると。
意味があったことを証明したい。
わたしはそのためにこの三田祭に出ます。
みんなは何のために三田祭に出ると決めましたか?
出演は強制じゃありませんでした。それをあえていまみんなは出演するという選択肢をとった。
それはなぜですか?
なんのためですか?
誰のためですか?
この答えに正解とか不正解とかはないと思います。
ただその答えを今もう一度思い出して欲しいです。
その想いを作品に、ダンスに、
ぶつけて欲しいです。
それがダンスです。
感情表現をするためのツールです。
あと一週間。
なんて言いたくないけど。
すべてをぶつけてあのステージに一緒に立とうね。
大好きだよみんなー。らびゅー。
三田祭本番前の肌寒い外の空気の匂いも大好きです。
長くなったけど、まやの自己満ブログに付き合ってここまで読んでくれた人には白いダースでもあげようかね( ^ω^ )
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次は
元代表、ベビーパウダーお世話になってます、じょんそんあんどじょんそん←最近のまやとみゆうのブーム
大きな渋めのジャケットはこやつが1番似合うと思う。
たまに自分のなかの自分に話しかけてるのがオモロい。
というわけでバトンターッチ!