りあるひっぷほっぱーたけちゃんまんから嫌み満載のバトンタッチをしてもらいました!笑
今回jazzコマの作品をつくらせていただいてるめいです!^^
わたしがみんなに伝えたいなーーと思っていたことと似たようなことをまさかのたけちゃんまんがはや取りしてしまったので笑、
本当はesのこととか三田祭のことについて書くべきなのかもしれませんがそれに通じることで自分にしか書けないようなことを書けたらいいなーと思います!^^
私は大学に入る前、中高一貫校に通っていたんですが、小さいときにバレエを習ってたこともあって創作ダンス部に入っていました!
創作ダンスは大学にあるようなダンスサークルとは全然違いますね、、そして女子だけでわーきゃーやってるイメージだと思いますがたぶん想像よりも体育会系です笑
部活では辛い思い出もたくさんありましたがとにかくダンス部のみんなのことが好きすぎて、部活がない日も毎日のようにみんなと放課後寄り道してひたすら恋バナしまくるみたいな生活を送っていました笑
ですが、中3になって自分たちが中学ダンス部を引っ張っていかなきゃならないってなったときに、今まで先輩がやってきたことをそのまま引き継ぐんじゃなくって、もっと新しいことに挑戦したい!て気持ちがうまれたんですね
もっと外にでて色々学ばなきゃ!って思って
それで、(今思い返せばほんとに見切り発車だったんですが)学校の近くにあるダンススクールの体験レッスンに申し込んで、もうそのレッスンが楽しくて楽しくて仕方なくて即入会しました!
それからはダンスそのものにどはまりしてしまって、夏休み中部活の練習が終わったらスウェットのまま渋谷の街を歩き回ってすぐにレッスンに向かうとゆう日々を送っていました笑
そしてレッスンに通い始めてからちょうど半年くらい経った頃、そのスタジオの発表会に出ることを決意したんです!
そのとき経験した初めての“ナンバー”の練習は驚きの連続でした
まず深夜練なんてものがあることも初めて知ったし、色んなスタジオでリハする場所代だったりチケット代だったり曲編代だったり衣装代でこんなにお金がかかることも部活では想像もできませんでした
私の出てたナンバーは(いけみなも一緒に出てました^^笑)20人ちょっとの少人数で半分が中高生!
しかも先生のお気に入りの生徒かき集めみたいな感じで、そんな中に飛び込んでしまって場違い感まるだしでした笑(今では東京ゲゲゲイになってる子がいたり、May J.のバックダンサーがいたり、コレオグラファーやってる人やレッスンもってる人がいたり、、、ものすごいメンバーでした笑)
それで、リハでは振りはどんどん入るし、振り見もされずに立ち位置どんどんつけられるし、周りはばかみたいに上手いし、、ほんとに毎回死にたくなりました笑
へなちょこでへたくそすぎた私は基本最後列の端っこ、山台使ってるときは基本山台のうえみたいなかんじで笑、もー出てるのか出てないのかわかんないみたいな位置しかもらえなかったんですね!
記憶曖昧ですが、誰ともかぶってない構成なんて4×8もなかった気がします笑。たった20人ちょっとのナンバーなのに!舞台めっっちゃ広いのに!!笑
でも当時は悔しいって気持ちももてなくって、とにかく足引っ張らないように、先生に怒られないようにって必死こいてました笑
本番が近くなってきて、でももう恥ずかしくって誰も呼べない!って思ったんですね。せっかく来てくれてもわたしのこと見つけてもらえずに終わっちゃうじゃん!って申し訳なくって。
結局、お父さんお母さんといとこ2人だけ呼んだんです笑。しかも見つけられないまま終わらないように、一個ずつ構成表書いて自分の位置に星印とかつけて説明したりして笑笑
本番のステージは今でも思い出せるくらいさいこーーーに気持ち良くって幸せでした
そして本番が終わってから、みんなに会うためにロビーに向かいました。そしたら、、、なんとお母さんもいとこも号泣してたんです。かっこよかったーって。
もー衝撃すぎました。あんなへっっったくそなダンスみて涙流してくれる人なんて親戚しかいませんねぜったい笑 ほんとただの親ばかです。思い出すだけで恥ずかしすぎて笑っちゃいます笑
でも、あの経験がなかったら、大学でまでダンス続けてなかったなーと思います
へっったくそでも、端っこで誰かのかぶりで踊ってても、山台の上にいても、どこにいても常にただ自分のことだけを見てくれて応援してくれてる人がいるんだなーって
自分のダンスで涙流してくれる人がいるんだなーって
あの時の衝撃が今でも自分の原動力になっています
三田祭はほんとーに最高のステージです!
1年前のことも2年前のことも、鮮明に思い出せます
ぜひ、というかぜったいに!!大切な人をちゃんと呼んでください!
お父さんでもお母さんでも友達でも好きな人でも誰でも!
そしてその、数は少ないかもしれないけど自分だけを見てくれるであろう人たちのために必死になって頑張らなきゃだめです!
みに来てくれるお客さんがいて初めてわたしたちのステージって成立するんですよね!
だからそのお客さんのために、いい作品をみせる義務があります、全員に!
わたしが尊敬してる先生がいつも言っている言葉ですが、
「全てはお客さまのために」
ほんとうにそれです!!
そのお客さんは、自分が呼んだ人であったり、友達が呼んだ人であったり、ふらっと通って立ち止まった人だったり、そしてesのみんなでもあると思います
もう第一回通しも終わって、コマの回数も折り返し地点を過ぎました!
みんなには本番直前になって、もっとがんばれたなーって後悔してほしくないですぜったいに!><
このメンバーで、あのステージで踊れる最高に幸せな瞬間のために1日1日無駄にしないようにしましょう^o^
次は、、、実は1年生のころからずーーっとファンでした笑、踊ってる姿がかっこよくてたまらないあのお方です!!!\(^o^)/
今回jazzコマの作品をつくらせていただいてるめいです!^^
わたしがみんなに伝えたいなーーと思っていたことと似たようなことをまさかのたけちゃんまんがはや取りしてしまったので笑、
本当はesのこととか三田祭のことについて書くべきなのかもしれませんがそれに通じることで自分にしか書けないようなことを書けたらいいなーと思います!^^
私は大学に入る前、中高一貫校に通っていたんですが、小さいときにバレエを習ってたこともあって創作ダンス部に入っていました!
創作ダンスは大学にあるようなダンスサークルとは全然違いますね、、そして女子だけでわーきゃーやってるイメージだと思いますがたぶん想像よりも体育会系です笑
部活では辛い思い出もたくさんありましたがとにかくダンス部のみんなのことが好きすぎて、部活がない日も毎日のようにみんなと放課後寄り道してひたすら恋バナしまくるみたいな生活を送っていました笑
ですが、中3になって自分たちが中学ダンス部を引っ張っていかなきゃならないってなったときに、今まで先輩がやってきたことをそのまま引き継ぐんじゃなくって、もっと新しいことに挑戦したい!て気持ちがうまれたんですね
もっと外にでて色々学ばなきゃ!って思って
それで、(今思い返せばほんとに見切り発車だったんですが)学校の近くにあるダンススクールの体験レッスンに申し込んで、もうそのレッスンが楽しくて楽しくて仕方なくて即入会しました!
それからはダンスそのものにどはまりしてしまって、夏休み中部活の練習が終わったらスウェットのまま渋谷の街を歩き回ってすぐにレッスンに向かうとゆう日々を送っていました笑
そしてレッスンに通い始めてからちょうど半年くらい経った頃、そのスタジオの発表会に出ることを決意したんです!
そのとき経験した初めての“ナンバー”の練習は驚きの連続でした
まず深夜練なんてものがあることも初めて知ったし、色んなスタジオでリハする場所代だったりチケット代だったり曲編代だったり衣装代でこんなにお金がかかることも部活では想像もできませんでした
私の出てたナンバーは(いけみなも一緒に出てました^^笑)20人ちょっとの少人数で半分が中高生!
しかも先生のお気に入りの生徒かき集めみたいな感じで、そんな中に飛び込んでしまって場違い感まるだしでした笑(今では東京ゲゲゲイになってる子がいたり、May J.のバックダンサーがいたり、コレオグラファーやってる人やレッスンもってる人がいたり、、、ものすごいメンバーでした笑)
それで、リハでは振りはどんどん入るし、振り見もされずに立ち位置どんどんつけられるし、周りはばかみたいに上手いし、、ほんとに毎回死にたくなりました笑
へなちょこでへたくそすぎた私は基本最後列の端っこ、山台使ってるときは基本山台のうえみたいなかんじで笑、もー出てるのか出てないのかわかんないみたいな位置しかもらえなかったんですね!
記憶曖昧ですが、誰ともかぶってない構成なんて4×8もなかった気がします笑。たった20人ちょっとのナンバーなのに!舞台めっっちゃ広いのに!!笑
でも当時は悔しいって気持ちももてなくって、とにかく足引っ張らないように、先生に怒られないようにって必死こいてました笑
本番が近くなってきて、でももう恥ずかしくって誰も呼べない!って思ったんですね。せっかく来てくれてもわたしのこと見つけてもらえずに終わっちゃうじゃん!って申し訳なくって。
結局、お父さんお母さんといとこ2人だけ呼んだんです笑。しかも見つけられないまま終わらないように、一個ずつ構成表書いて自分の位置に星印とかつけて説明したりして笑笑
本番のステージは今でも思い出せるくらいさいこーーーに気持ち良くって幸せでした
そして本番が終わってから、みんなに会うためにロビーに向かいました。そしたら、、、なんとお母さんもいとこも号泣してたんです。かっこよかったーって。
もー衝撃すぎました。あんなへっっったくそなダンスみて涙流してくれる人なんて親戚しかいませんねぜったい笑 ほんとただの親ばかです。思い出すだけで恥ずかしすぎて笑っちゃいます笑
でも、あの経験がなかったら、大学でまでダンス続けてなかったなーと思います
へっったくそでも、端っこで誰かのかぶりで踊ってても、山台の上にいても、どこにいても常にただ自分のことだけを見てくれて応援してくれてる人がいるんだなーって
自分のダンスで涙流してくれる人がいるんだなーって
あの時の衝撃が今でも自分の原動力になっています
三田祭はほんとーに最高のステージです!
1年前のことも2年前のことも、鮮明に思い出せます
ぜひ、というかぜったいに!!大切な人をちゃんと呼んでください!
お父さんでもお母さんでも友達でも好きな人でも誰でも!
そしてその、数は少ないかもしれないけど自分だけを見てくれるであろう人たちのために必死になって頑張らなきゃだめです!
みに来てくれるお客さんがいて初めてわたしたちのステージって成立するんですよね!
だからそのお客さんのために、いい作品をみせる義務があります、全員に!
わたしが尊敬してる先生がいつも言っている言葉ですが、
「全てはお客さまのために」
ほんとうにそれです!!
そのお客さんは、自分が呼んだ人であったり、友達が呼んだ人であったり、ふらっと通って立ち止まった人だったり、そしてesのみんなでもあると思います
もう第一回通しも終わって、コマの回数も折り返し地点を過ぎました!
みんなには本番直前になって、もっとがんばれたなーって後悔してほしくないですぜったいに!><
このメンバーで、あのステージで踊れる最高に幸せな瞬間のために1日1日無駄にしないようにしましょう^o^
次は、、、実は1年生のころからずーーっとファンでした笑、踊ってる姿がかっこよくてたまらないあのお方です!!!\(^o^)/