皆さん、今日もお疲れ様です。m(_ _)m

マツダスタジアムでの勢いはどうしたものか。。。ダウン
まさかまさかの・・・
いや、負けるべくして・・・と言っても良いのかもしれません。

ただ、何もかも上手くいくようなチームが12球団の何処かにあるでしょうか?
結局、何処も計算外、想定外のことがあって、それでも何とかして戦っているんです。
そして、結果としてゲーム差なしの2位。
上等と考えてもいいのではないでしょうか。
苦しいのは解ります。
でも、ここは我々も耐えるときだと僕自身は、そう言い聞かせています。
まだまだ、5月も始まったばかり、これから交流戦もありますし、流れは良い方に変わると信じましょう

さて、マツダスタジアム観戦を終え、僕は下関の実家へ妻と帰省。
だいたい、いつもはお決まりの観光コースとかあるのですが、せっかく妻を連れているので、今回は、なるべく行ったことのないところへ出かけてみました。

まずは・・・

イメージ 1

↑ 秋芳洞と秋吉台です。
母の実家の北九州にも同じカルスト台地の平尾台ってところがあるのですが、いやぁ~こっちの方がスケールが大きいですね。
自然が作りなす様々な光景に、ただただ感動しておりました。

続いて・・・

イメージ 2

↑ 関門海峡にある巌流島(舟島)です。
ここは、剣豪宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の場として有名ですよね。
実は、ここに上陸するのは初めてだったのですが、意外と小さな島でビックリしました。
ちなみに、この有名な巌流島の決闘については、いろいろ所説はあるのですが、たぶん、佐々木小次郎は武蔵にではなく、その弟子に殺されたようです。
まぁ、このあたりは、いろいろな伝承があるみたいですが、まぁ、武蔵と言えば、吉岡一門との戦いもそうでしたが、意外と手段は択ばない・・・つまり勝つことのためなら何でもするような人だったのかもしれません。
まさに勝負師。

さて次は・・・


イメージ 3

イメージ 4

↑ 徳山港沖にある大津島に行ってきました。
ここは僕自身は2度目なんですが、太平洋戦争時に帝国海軍が作った特攻兵器「回天」の基地があった場所です。
まぁ、夫婦では2年前は知覧も行きましたし、今年は沖縄も行きました。
やはり、今だからこそ、しっかり歴史を学ぶことも大事と、今回は事前にガイドの予約もして行ってきたのですが、いやぁ~、何とも言葉は出ないのですが、それでも行った甲斐はありました。

さて、今回の帰省の目的には、他に実家でいろいろと調べごとをするためでもありました。
なんせ、父も高齢者。
いつ何時ってこともありますから、いろいろ聞くことも多々あります。

まずは墓のことです。
いったい誰が入っているのか。。。
うちは本願寺派なんですが、過去帳を引っ張りだすと・・・

イメージ 5

↑ どうせ、明治に入ってからなんだろう・・・と思いきや、初代が亡くなったのは、1737年(元文2年)。

そこから数えて、うちの父までで10代受け継がれた家系だったのにビックリ。
しかし、うちの父は5男なので直系ではないのだけど、上の兄弟は子供が居なかったり、早くに他界されていたりで、なんだかんだで父が受け継ぎ、墓守をしている始末。
この先、うちの墓は、どうなるのか。。。
かなりプレッシャー。