ショートエッセイ Part1「初めて故郷を離れた日のこと」 | たかはやの旅手帖

ショートエッセイ Part1「初めて故郷を離れた日のこと」

こんばんは、お久しぶりです。台風一過、皆様いかがお過ごしでしたでしょうか。被害が出ている地域もあって気がかりですが、一人でも多くの方々が難を逃れていることを願うばかりです。

 

これまでこのブログでは気まぐれに趣味のことを書き綴ってきましたが、今夜はガラッと趣向を変えて初の試み。ショートエッセイということでこれまでの私の通って来た道を振り返ってみようと思います。振り返るといってもまだ30年も満たない短い短い道ですが、節々において嬉しかったこと、悲しかったこと、人生の転換点になったこと……色々ありました。今回は、社会人になって間もない頃のお話を。

 

 

 

千葉に生まれ千葉に育ち……。通学や旅行で県外に出ることはあったものの、22年間千葉県以外で生活したことはありませんでした。そんな中、大学在学中に運良くある全国規模の会社から内定を頂きました。今思えば就職活動は結構気の向くまま、悪く言えば深く考えずにノリと勢いで突っ走っていました。それが後になりツケとなって苦戦する日々が続いたのは別の話……。

 

配属先は3月上旬頃葉書で通知が来ると聞いていました。丁度その時期、1週間ほど卒業一人旅をしており、枕崎まで行ってましたっけ。旅から帰宅して届いていた葉書をめくってみると……「XXX大曲店」「秋田県大仙市」の文字。なんとビックリ、秋田県に配属となりました。

 

それまで私は秋田県とはあまり縁がなく、前年の夏旅行の帰りに寝台列車で通り過ぎただけでした。秋田で知っていることと言えばあきたこまちに秋田美人、きりたんぽ、なまはげ、柳葉敏郎さんくらい。当然家族や親戚、友人たちも驚いていました。これはエライことになった!と心がざわつきました。ここで人生初めて千葉県以外の地域に住むことが決まりました。

 

その後は大学のサークルの卒業旅行、卒業式、会社の新入社員研修・入社式と4月初めまで怒涛のイベントラッシュ。新入社員研修もとい合宿は越後の山里の温泉宿に約2週間缶詰になり、体調を崩しかけながら社員の心得や必要な知識・資格の勉強に勤しんでいました。今思えばその研修は俗にいうブラック企業臭漂うもので、一緒に参加した方々を含めよく耐えられたものでした。その時に貰った創業者の著書一式は今も捨てずに持っていますが、未だに読み返していません。後輩に無償で譲ろうと画策しましたが、上手くいきませんでした。無駄に立派な作りなので捨てるに捨てられず、今でも本棚の片隅に置かれています。

 

そんな合宿に耐えて一旦帰宅。間をあけずに引っ越しです。不思議なもので、帰宅してから発つまでの間のことはよく思い出せません。最後の夕食に何を食べたかも……。普通親元から離れる時は悲しみに暮れるものですが、案外涙は流れなかったような気がします。

 

出発当日の午前中、冒頭に紹介したつぶやきをしていました。千葉を離れる当日の率直な気持ちとこれからの生活の抱負、これらは偽りのないものでした。午前中のうちに馴染みだった理容店で散髪をし、午後の新幹線で大曲へ。もっと感傷に浸っていたかと思えば、新幹線の写真を投稿しながら旅を楽しんでいたようです。特にトラブルなく大曲に着いた後、職場に挨拶してからタクシーで住処へ行きました。

 

以後2年半秋田県大仙市で住むことになります。最初のうちは方言や自炊、仕事に苦労していましたが、余裕が出てくるとあちこちへ出かけてみたり、地元の人々と交流してみたり、スポーツの大会に出たり……その後の私の人生に大きな影響を与えました。環境が変わるって最初は戸惑いや不安が多いかもしれませんが、踏み出せば間違いなく新たな世界が広がり、人生が彩りあるものになります。またあの日、あの時、あの瞬間の体験をする日は来るのでしょうか。来て欲しいな。

 

 

 

いざ書いてみると、エッセイは結構難しいです。また気が向いたら、これまでのことを振り返ってみようと思います。