DCPro(Dream Catcher Project) -14ページ目

DCPro(Dream Catcher Project)

人と人のつながりを3つの健康からコンサルティング致します。
1.心の健康、2.体の健康、3.経済の健康
どれもバランスが大切だと思いませんか!


DCPro代表のこやっちの気ままな日記をお楽しみください。

誕生日だけであなたの未来が9割わかる/佐奈 由紀子
¥1,260
Amazon.co.jp

以前から学ばせていただいている株式会社バースデイサイエンス代表取締役の

佐奈さんの最新刊です。


人生の10年サイクルを事細かに書いてあります。


誕生日からわかる性格傾向別のサイクルもあります。



これも元に自分の10年先を計画しても面白いですね!

そして過去10年を見直してみることで分かることもありそうです。


読みやすいし、自分以外の人のサイクルを見てもコミュニケーションツールとして

面白いと思います。



オススメです本


人気ブログランキングへ

『天才とは、たえまなく努力を続けられる人間である。


やる気をすっかりなくさない限り、失敗はありえない。


「自分の内部から生まれる敗北」以外に敗北はない。


我々の「心の弱さ」以外に越えられない障害などない。』



-エルバート・ハバード(アメリカの教育者・作家)-



『人生には2種類の経験しかない』


その2種類とは、ひとつは

”成功する経験”

そして、もう一つは、

”学ぶ経験”

です。



失敗や限界を決めるのは、他の誰でもなく、
自分自身です。


そして、あきらめない限り、必ず道はあります。

そう信じて、全力を尽くすところに道は開けるのです。


障害となるのは、自分の心だけです。


失敗も限界も、自分の心の中で創り出された
幻想にすぎません。


限界と感じる時、
それは、大きな超えるべき山と大きな成長の機会が
あることを意味するにすぎません。



成功している人を見ると、あたかも生まれた時から
自分とは、才能や頭の良さが違ったように見えます。


同じ人間では無いと感じることもあるかもしれません。


しかし、その違いも、実は、小さな努力の積み重ねの
結果でしかないのです。


あきらめずに努力し、学び、成長を積み重ねることを
何年、何十年と続けるうちに、大きな差になってきます。


そして、その努力は、今日からでも始めることができます。


偉大な成功者に1日で追いつくことはできない
かもしれませんが、日々の努力の積み重ねによって、
近づくことができます。


そして、幸運なことに、私達は、すでに成功した
人たちの足跡を学ぶことで、彼らが試行錯誤の末に
手に入れた心理を簡単に学ぶことができます。


そういう意味では、私達は、過去の偉人よりも
何倍も恵まれ、有利な立場にいるのです。



心の弱さに打ち勝ち、そして、成功者から学んで、
夢や目標を実現していきましょう。



人気ブログランキングへ

今年1発目の言葉です。

みなさんの1年のご多幸をお祈り致します。



『新年の抱負を持つとき、何かを切り捨てようと
決心をするなら、

それは真っ先に ”不可能” という言葉にしよう。』


- ナポレオン・ヒル(アメリカの作家)-



アメリカの作家であり、成功哲学の祖とも言われる
ナポレオン・ヒルの言葉です。


私達は、日常生活の中で、ついつい

『できない』

『無理!』

『できるわけがない!』

と言ってしまいがちです。


しかし、大抵の場合は、本当に不可能なわけではなく、

”その時点での、知識、経験では、やり方が分からない”

または

”必要な資源(お金、時間、人など)が足りない”

だけにすぎません。


つまり、十分な知識や、経験、もしくは、適切な人材や
資源を用意すれば、”可能”なことがほとんどです。


しかし、”できない”、”無理”、”不可能”と言った
瞬間に、可能性の扉は閉ざされます。

でも、逆に、この”不可能”という言葉を人生から
排除してしまえば、人生は無限の可能性に溢れています。


実際、成功している人の多くは、意図的に、

”無理”とか”不可能”という言葉を使わない
ようにしています。

とは言っても、つい、そういう思いが湧いてくる事は
たくさんあります。

そんな時にどうするかと言うと

”無理”、”不可能”

と言う代わりに、


『どうしたら、できるだろうか?』

『それをできる人はどこにいるだろうか?』


という質問に変えるのです。


この質問は、自分以外にもとても有効です。

あなたが、”不可能”という言葉を排除しても、
周りの人から”できない”、”不可能”と
言われる事もあるでしょう。


そんな時に、

『どうなったら実現できると思いますか?』

『どういう条件がそろえばできますか?』

『それができる人は、本当にいないんですか?』

といった質問に変えると、

不思議な事に、さっきまで、”不可能”、”絶対に無理”と
言っていた人が、”可能性”について語り始めるのです。


これは、交渉事などでも使える非常に有効な
質問です。


でも、他人との交渉事においても、
まず、最初に、自分自身が

”できる”

と信じる事が重要です。



2012年

新年の抱負として、あなたはどんな事を
心に決めたでしょうか?


そのリストに

”できない”、”不可能”という言葉を使わない

という抱負を追加してみてはいかがでしょうか?


そして、さらに、

『もし、不可能な事が何もないなら?』

あなたは、今と同じ、新年の抱負や目標を書くでしょうか?


無理、不可能、限界、そうした枠を外して、
あなたの目標を見直してみてはいかがでしょうか?



そして、あなたが本当に手に入れたい人生へと
近づいてください!

2012年が、あなたにとって最高の年に
なる事を願って!



人気ブログランキングへ

昨年たくさんの方がブログを見ていただきありがとうございます。


新年の挨拶が遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。



12月30日から青森の星野リゾート青森屋 に行ってきました。

古牧温泉という場所で、温泉は肌がツルツルになるお湯でした。

内湯も露天風呂も照明が薄暗く、ゆっくりと落ち着いていつまでも

入っていられる雰囲気です。



ホテルのイベントでスコップ三味線のLIVEもあり、非常に楽しめる

雰囲気がホテル全体から感じられる所でした!


DCPro(Dream Catcher Project)-スコップ三味線


翌日はせっかく青森まで来たので下北半島の大間崎で

マグロを食べてきました!


DCPro(Dream Catcher Project)-マグロとアワビのMIX丼

少し食べ始めたあとに写真を撮ったのですが、分かりますか!

大きなマグロとアワビのmix丼です!!


アワビはコリコリした食感が最高で、マグロも大きくて脂がのってました!

イカもやわらかく、初めてアワビの肝も食べました。


全てが美味しく、年末に最高の食事ができたことに満足です(^^♪




2011年はたくさんの方と出会えたことに心から感謝しています。

本当にありがとうございました。




2012年は『最幸のの結果を残す』事にこだわっていきたいと思っています。


元旦の日に今年の目標を書きました。

この目標を全て実行していきたいと思います。

そしてたくさんの方と幸せとワクワクを共有していきます。


どうぞ今年もよろしくお願いいたします。




人気ブログランキングへ

クリスマスが終わりましたが、シェアしたい内容だったので

書きたいと思います。




アメリカでクリスマスになると、貧しく困っている
人々に現金をプレゼントする男性がいました。


彼はいつしか
「シークレットサンタ」
と呼ばれるようになりました。


1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは
会社が倒産し路頭に迷っていました。


あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って、
お金も無いのに、取り憑かれたように注文して
しまいました。


ラリーは、請求書を出されてようやく我に返り、
お金を持っていないことに気づきました。


そして、なんとかその場を取り繕おうとポケット
の中を探すフリをしながらも、警察に突き出されても
仕方が無いと覚悟を決めたその時、


一人の男性店員が、ラリーの横でしゃがみこみました。


そして、20ドル札(約2000円)を手にして立ち上がると


『これ、落ちてましたよ。』


と言ってラリーに手渡しました。

お陰で、ラリーは、会計を済ませることができました。

1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にあてて
ラリーは、カンザスシティという街に移り住みました。


そして、ラリーは、警備関係の会社を起こして
懸命に働きました。


その後、会社もなんとか軌道に乗り、結婚し
子供も生まれたラリーは、幸せな生活を手に入れた
かに見えました。



しかし、1977年12月

不況のあおりで会社が倒産し、再び、ラリーは、
その日の食事代にも困るほど追いつめられて
しまいました。


貧しさで追い詰められたでラリーは、銃を手に
銀行に入り、強盗を働きそうになりました。


しかし、銀行でたまたま20ドル札を見た時、
ふと我に返り、以前のレストランでの事を思い出し
ました。


そして、銀行強盗を思いとどまり、もう一度、
ゼロからのスタートを心に決めたのです。


改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受け、
セールスマンとして懸命に働き始めました。


しかし、そんな彼に、またしても試練が
降りかかります。



1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、
ラリーは解雇されてしまったのです。


ラリーが、もう助けてもらうあてがないと途方に
暮れていた時のこと、

ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを
注文しました。


店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりを
ラリーに渡してしまいました。


ラリーは彼女が困っているのだと思い、
おつりの中から20ドル札をプレゼントしました。


彼女は受け取れないと言いましたが、ラリーは

『クリスマスプレゼントだよ』

と言って手渡しました。


そう、この日はクリスマスだったのです。

女性は嬉しそうに、ラリーにお礼を言いました。

その笑顔がラリーを明るくしました。


そして、その時、ラリーの頭に、突拍子も無い
あるアイデアが浮びました。


そして、居ても立っても居られなくなり、
そのアイデアを実行し始めたのです。


そのままラリーは銀行に行くと、なけなしの貯金を
引き出し、白いオーバーオールに、赤い服とベレー帽
という姿で町に出かけました。


そして困っていそうな人や、貧しい人に20ドル札を
クリスマスプレゼントとして配り始めたのです。


これが、シークレットサンタが誕生した瞬間でした。



20ドルは大金ではありませんが、困っている人々
にとっては大きな助けとなり、喜んで 受け取って
もらえました。


家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかった、
と言われました。


ラリーは、怒って文句を言われるのを覚悟で
『落としてしまった』と答えました。


すると妻は怒るどころか、


『仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね。』


と微笑むだけで文句を言いませんでした。



翌年の1980年、ラリーは、友人と長距離電話の
会社を設立し、懸命に働きました。


そして、その年のクリスマスにも道に立って
人々に現金をプレゼントする活動を続けました。

そしてその金額は少しずつ多くなっていきました。


不思議なことにシークレットサンタとなって
施しをすればするほど会社の業績が上がり、

長年の切り詰めた生活から抜け出し、家族のために
家や新しい車を買えるまでになりました。


ラリーの妻も、町中でシークレットサンタの噂を
耳にするようになりました。


彼は家族にも言っていなかったのです。

ラリーは、それからも一年も休むことなく
シークレットサンタの活動を続けました。


そして、9年目の1987年12月、ついに妻に
シークレットサンタがラリーであることが
わかってしまいました。


すまないと謝るラリーに、妻は


「素敵なことじゃない。これからはもっと節約して
たくさんの人を助けられるように協力するわ」


と答えました。

以後、家族もラリーの活動を知って
陰から支えることになりました。


1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーに
新聞社から取材の依頼が来ました。


ラリーは、匿名を条件に、この新聞社の取材に
応じることにしました。


当時、取材をしたカンザスシティ・スター紙の
マクガイヤー記者によると、
『ラリーも家族も一切表舞台に出ようとしなかった』
ということです。



しかし、新聞で報道されてからというもの、
シークレットサンタの正体への関心はさらに高まりました。


一方、ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、
ある人物に会いたいという思いが募っていました。


そして、1999年12月、ラリーは、ミシシッピー州の
トゥペロという小さな町のある男性宅を訪れました。


その男性こそが、シークレットサンタの生みの親
だったのです。


28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた
20ドルに救われた日のこと。


本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように
店を後にしたラリーは、我に返って真実に気づきました。


20ドルは、落ちていたものとして男性店員が
彼にくれたものだったことに。


男性店員の名はテッド・ホーンといい、ラリーが訪問して、
事情を説明すると当時のことを思い出しました。


ラリーは彼がしてくれたことを、いつか誰かに
しようと思ったのだと話しました。


そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に
入っていただろうと。


自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、
ラリーはテッドに1万ドル(約120万円)の入った
封筒を手渡しました。


受け取れないというテッドに、ラリーは、


『自分が今あるのはあなたのおかげだ』


と言って引きませんでした。


当時テッドは、警察に突き出すのではなく、
自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しい
と思って20ドルを差し出したのでした。


それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けた
ことには頭が下がるとテッドは言います。


テッドは、ラリーから渡された1万ドルを、
近所の病気で困っている人たちや生活が苦しい人
たちのために使いました。


テッドにも、人を思いやる気持ちは健在だったのです。

その後、ラリーのサンタ活動は全米に広がりました。


2001年には、世界貿易センタービル爆破事件のあった
ニューヨークに行き、ホームレスや職を失った人
を中心に2万5千ドルを配りました。


2005年には、ハリケーンで壊滅的な被害を被った
ミシシッピ州を中心に7万5千ドルを配り、

27年間で配った総額は150万ドル(約1億5千万円)
になりました。


しかし、2006年、シークレットサンタがついに
TVカメラの前に現れ、正体を明かしました。


彼はその年の4月、食道ガンのため治療しなければ、
1ヶ月生きられないと宣告されたのでした。


正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、
『身近な人への思いやりを広げて欲しい』
というメッセージを送りたかったからだろうと、
マクガイヤー記者は言います。


そして、その反響は絶大でした。

2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届きました。



大半は自分もシークレットサンタになりたい
というものでした。

その年のクリスマスも彼は病気を押してサンタの
活動を行いました。


そのお陰で、多くの人が、笑顔でクリスマスを
迎える事ができました。


2007年1月12日、
ラリーは58歳で静かにこの世を去りました。

生前、ラリーは、シークレットサンタ協会を設立
しました。


会員資格は、少なくとも1回、他人への親切な
行為を行うこと。

今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たない
ということです。



--------------------------------


いかがでしたか?


多くの成功者が、豊かになる秘訣として貧しいとき
からでも、できる範囲で寄付や奉仕をする事を薦めています。


まだ、クリスマスまでには、時間もあるので、
今年のクリスマスには、何か計画して
みるのも良いかもしれません。


ラリーほどの事でなくても、身近な誰かに、
普段、伝えられていない気持ちや感謝を伝えるだけでも
相手にとっては最高のプレゼントになる
のではないでしょうか?


だれか一人にでも、あなたの身近な人に
思いやりの心を届けてはいかがでしょうか?


人気ブログランキングへ