元飼育員の競馬大好きな元JKによるお馬さん大好きブログ -107ページ目
- 当時、岩元は「奥歯に物が挟まったような、そんなはがゆい感じがする」と話していた。
- それはラフォンテースとて同じだっただろう。阪神3歳Sで破ったオペックホースがダービーを勝ち、ノースガストが菊花賞を勝った。
- なのに自分は、なんのタイトルも手にしていない。そのいたたまれなさを思い、 岩元は日課のように彼女の馬房に顔を出して、必ずひと言ふた言と言葉をかけることにしていた。
- そして5歳の夏の小倉、デビューの地に戻ってラフォンテースはいきなり復活した。
- 日本レコードを含む圧勝に次ぐ圧勝で4連勝、とくにたかだか406kgの牝馬が58.5kgのハンデを背負って勝った小倉記念は脅威的ですらあった。
- 手元にある検量室前の記念写真を見ると、照れくさそうに右手を挙げる岩元を背中に、ラフォンテースはいかにも得意げな表情でフレームに収まっている。
- その後、秋の天皇賞に挑んだ彼女は前売り段階で瞬間ではあっても、一番人気に推されるほどに注目を集めた。
- しかし、当時の秋の天皇賞は現在の2000mではなく3200m、もちろん1600mのGIマイルCSも無い時代である。
続く

