早めに先頭に立った塩村騎手とネーハイシーザーではあったが、それから後がどれほど苦しい戦いになるか、ということは、ある程度予想
がついていた。スローペースによってスタミナを温存された各馬は、府中の長い直線を生かして持てる限りの瞬発力を発揮しようとしていた。サクラチトセ
オー、セキテイリュウオー、ロイスアンドロイス・・・。多くの有力馬たちが、ネーハイシーザーただ1頭を目標として、いっせいに襲いかかってきていた。
塩村騎手には振り向く余裕もなかったが、それでも何頭もがかたまりになって追い上げてきていることだけは、その背中にはっきりと感じていた。上がってき
ているのがどの馬なのかは、分からない。不気味ではあっても、それに負けてはいけない。負けたら最後、馬群に呑み込まれてしまう。
レースを見守っていた布施師は
「いつビワが来るか、どこで飛んでくるか」
ばかりが気になっていたというが、塩村騎手の頭の中には、不思議なほどにビワハヤヒデのことは浮かんでこなかったという。これまで3度戦いを挑み、そして
完膚なきまでに叩きのめされてきた最強のライバルがビワハヤヒデであり、ビワハヤヒデを倒さずしてはネーハイシーザーの栄光もありえなかったことからすれ
ば、むしろ奇妙にも思われる。しかし、これは戦場の最前線にいた彼らにしてみれば、むしろ自然なことだった。彼らの視界には、ゴール板はあっても、他の馬
の姿はない。あのゴール板まで逃げ切った先には、伝統の盾が待っている・・・!あるいは、この時の彼らには、それまで意識させられては自滅に追い込まれて
きたライバルの幻影は、確かに追ってくるいくつもの馬の影の中に吸収され、ひとつに重なっていたのかもしれない。