お馬さんの深良い話し 番外編【ネーハイシーザー】パート1 | 元飼育員の競馬大好きな元JKによるお馬さん大好きブログ

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小さい頃から馬が好きでずっとジョッキーになりたかったんですけど、その夢はいとも簡単に叶わず、諦めて今は某飼育員をしています★競馬のことを中心に色々書いて行ければと思っています★よろしくお願いします!

『歴史の境目』

 私たち人間 の世界に歴史があるように、競馬の世界にも歴史がある。そして、歴史とは、単純な事実の積み重ねではなく、一定の潮流に基づいた必然の集積である。日本競 馬にも、流れゆく時代の流れの中で、幾度かの大きな時代の変革期があった。そして、最も近い変革期におけるひとつのターニングポイントとしては、1994 年をあげることができる。

 1994年はナリタブライアンが牡馬クラシック三冠を達成し、怪物種牡馬サンデーサイレンスの初年度産駒が競馬場でデビューした年である。サンデーサイ レンスやブライアンズタイムといった種牡馬の血統が競馬界を席巻したことによって、日本競馬のレベルが世界の水準に限りなく近づきつつあることについて は、もはや説明するまでもないだろう。

 しかし、時代の変革には、必ず大きな犠牲も伴うものである。この時の変革も、その代償として、それまでの日本競馬から、多くのものを奪っていった。

 1994年を迎える直前の数年間とは、日本競馬が相次ぐスターホースの登場によって空前の盛り上がりを見せた時代でもあった。オグリキャップの登場に よって一気に大衆化した競馬は、その後相次いで現れた時代の中心を歩むスターホースたち、そしてその周囲を固める脇役たちに支えられ、最も熱く燃え上がっ たということができる。繁殖牝馬が数頭の小牧場から生まれた名馬、滅びかけた血統の中から蘇る強豪、三流血統と呼ばれた父母から生まれた駿馬・・・。当時 の名馬の故郷や血統、環境は、今よりもはるかに多様だった。単純に考えれば名馬が生まれるとは思われないようなところからも時に奇跡のような名馬が現れる という意外性が、オグリキャップ以降に競馬に関心を持つようになったライト・ユーザーたちの心をより強くひきつけたことは、間違いのない事実である。

 だが、1994年を境に、日本競馬からこのような強烈なドラマ性は、次第に希薄になっていった。「世界に通用する世界的名血」の流入は、日本で古くから 根付いてきた土着血統の衰退を意味していた。また、新時代の中心となった高額な輸入種牡馬は、種付け料も高額であり、それまで馬産の底辺を支えてきた中小 の馬産家たちにとっては最初から手が届かぬ高嶺の花だった。その結果、活躍馬の生産牧場は限られた大手の牧場による寡占状態となりつつある。こうした傾向 を物語るのが、1995年以降の7年間の牡馬クラシックの成績である。サンデーサイレンス産駒が皐月賞、ダービーを4勝、菊花賞を3勝し、これにブライア ンズタイム産駒とトニービン産駒も加えると、これらのレースの勝ち馬の実に3分の2を独占している。

「サンデーサイレンスにあらざれば馬にあらず」
「サンデー、トニービン、ブライアンズタイムの3頭がいれば、Glは全部まかなえる」

 そんな時代の風潮の中で、優秀な繁殖牝馬はますます彼らに集中し、そしてそんな配合の中から生まれた高額馬がさらにGlを勝つ。その繰り返しで、日本競馬の血の多様性、そして下克上のドラマはいまや滅亡の危機に瀕しているといっても過言ではない。

「古くから残っている内国産種牡馬では、これからの競馬に対応できない」

という論評は、いまや競馬界を覆い尽くしている。

 しかし、それは本当に正しいのだろうか。私たちは、内国産種牡馬から生まれた名馬を何頭も知っている。こうした名馬は、単なる偶然なのか。そうではない はずである。日本で培われた血統は、日本の馬場への適性において輸入馬に勝る。そして、馬産の歴史が浅い日本の場合、内国産馬であっても数代も遡れば、外 国の名馬と同じ祖先に行き着くのである。彼らが見せるパフォーマンスが内国産血統であるがゆえに劣るなどということは、決してありえない。

 ちょうど日本競馬に大きな変革期が訪れつつあった1994年に天皇賞・秋(Gl)を制したネーハイシーザーも、時代の移ろいの中で、何かと過小評価され がちな1頭である。純内国産ともいうべき血統の中から生まれた彼は、生粋の中距離馬として卓越したスピードを見せつけ、引退までに重賞を5勝しただけでな く、その生涯に2度の日本レコードを含む3度のレコードを樹立しており、名馬というに何の不足もないはずである。しかし、実際には彼は一部の玄人筋を除く と、一般からはそのような評価を受けているわけではない。

 実際には、ネーハイシーザーの特性だったスピードは、高額な輸入種牡馬と、これまた高額な輸入繁殖牝馬との間に生まれた当時の良血馬たちをも圧倒するも のだった。ネーハイシーザーが樹立したレコードの中でも東京1800mのレコードは、サンデーサイレンスを初めとする輸入種牡馬が「スピードを持ち込ん だ」とされる産駒たちによっても、いまだ破られていない。そこで、今回は日本競馬の変革期に競走生活を送り、今の日本競馬が失いつつあるものをその身に体 現するとともに、内国産血統の叫びを世に広く問う役割を果たそうとした強豪ネーハイシーザーをとりあげてみたい。