マイコンBASICマガジンの思い出 その1 | ワシはシューティングゲームをやる事にしたんだ

ワシはシューティングゲームをやる事にしたんだ

できるかな?…じゃなくて、やるんだよね?
STGの攻略?…いやいや、ただの備忘録だよ。

つい先日、夏休みを取って帰省した。
時期を合わせて妹家族も帰って来ていた。
そして、甥っ子(10歳)はストリートファイターVの対戦を楽しみにしていた。



 

結果は惨憺たるもので、20戦して1勝するのが関の山でした…はい。

甥っ子は複雑なコンボ(連続攻撃)が出せるので火力に大きな差がある事もわかっていたし…2年以上やっている相手に、少ししかかじった程度の奴が勝てるわけが無いのは理解していた。
なので、今回は前みたいに、負けてショックを受けるような事は無かった。
ただ、取り組み次第でもう少しマシな戦い方ができる気がした。
相手の隙に差し込める技を良く分かっていないので、反撃できると思っても出した技を潰される事が何度もあった。
牽制と割り込みに使える技くらいは調べた方がいいと思った。
後は簡単でいいから小パンチか小キックから繋がるコンボくらいは覚えよう…と思った。
そうすれば、もう少しマシな戦いができるはず…。


さてさて…。
今回は他愛の無い思い出語りです…。

今でこそパソコンは1家に1台あるような普通の家電になっているけど、ワシが幼かった頃は個人で使えるコンピューターはとても高価な代物であった。
個人用のコンピューターが比較的手の届く金額になって来たのは、ワシが小学生の高学年の頃…1980年くらいだったと思う。
手が届くと言ってもそれなりに高額なので、おいそれと購入できるモノでは無かったけど、ワシが中学生くらいになると持っている人は持っている…みたいな感じでじわじわと普及していった。
当時はそういうコンピューターをマイコンと呼んでいた。



中学生の時にゼビウス(XEVIOUS)がやりたくて、X1というマイコンを親父に買って貰った事は前に書いたが、ゼビウス以外にもマイコンが欲しい理由があった。
プログラムを覚えてゲームを作りたかったのである。

当時…そんなマイコン好きのバイブルとも言われる書籍が存在した。
X1にゼビウスを移植した電波新聞社の月刊誌「マイコンBASICマガジン」である。
マイコンの普及にも一役買った月刊誌で、名前を略してベーマガと呼ばれていた。



ベーマガにはゲームセンターのゲームに関する記事が掲載されていたので、ゲーム情報の貴重な情報源だったが、それはいわばオマケで、各個人が作ったゲームプログラムの掲載がメインの本だった。
 
今であれば個人が作ったプログラムはネットに手軽にアップロードして自由に発表できるが、昔は自分のプログラムを公に発表するには、この様な雑誌に投稿する必要があった。
プログラムが入ったDVD(またはCD-ROM)が付いた雑誌のようなものを想像されるかもしれないが、当時はまだCD自体が世に出ていなかった時代である。
紙面にプログラムのソースコードがぎっしりと印刷されていた。
投稿者は自分の作ったプログラムをカセットテープ等に保存してそれを編集者に投稿する。
掲載された作品を遊ぶ為には紙面に印刷されているプログラムのソースコードを自分で入力する必要があった。

当時のマイコンにはBASICと呼ばれる言語が搭載されておりプログラムを作る事ができた。
BASICは分かりやすい言語で便利だったが実行速度が極端に遅いのがネックだった。
それでも自分の打ち込んだプログラムが動くのが楽しくて、ベーマガを買っては色々プログラムを動かしていた。

そして、BASICのマニュアルも食い入る様に読んだ。
今はとてもそんな事は出来ないが、若かったからなのかどうか分からないけど、マニュアルを見るのが好きだった。
そのうちBASICを覚えて来て自分でもプログラムを作れるようになり、ちょっとしたゲームも作れるようになった。
 
ゲームセンターで面白そうなゲームを見つけると、それっぽいのを作りたくなって色々作った。
但し…実行速度が遅いので単純なものじゃないとゲームにならなかったけどね。
シューティングゲームなんかだと、せいぜい1対1で撃ち合うようなものが精一杯だった。
アクションゲームだともうちょっとマシなものができて、固定画面で主人公1人に敵3人くらいのものが作れたように思う。


そんな感じで、なんだかんだで大学生になってもBASICで何か作っていた。
その頃、SEGAのコラムスという落ちモノゲームが流行っていた。



上から落ちてくる3個一組で縦に繋がった宝石を操作して画面下に積んで行き、縦横斜めのいずれかに同じ宝石を3個並べて消すというゲームだった。
消えた宝石の上にある宝石は落下してくるので、その際に再び宝石が消える…所謂連鎖をするのが楽しいゲームだった。
この手の落ちモノゲームというのはBASICでも比較的それっぽく作りやすいジャンルで、ベーマガにもコラムスを作ってみようみたいな記事があって、そのプログラムを入力して遊んだのを覚えている。
ただ…宝石が落ちてくるところは同じように作れても、宝石が落ちて消えるのには物凄く時間がかかった。
どの宝石が繋がっていて、どう消えるかという判定は、左上の宝石から順番にチェックをしていく様に作るのが普通だと思うが、BASICは実行速度が遅いので時間が掛かるのだ。
従って宝石を落としたら暫く待って、次の宝石を落としたらまた暫く待つという…凄くテンポの悪いものしかできなかった。
連鎖をしなくても良いならそれなりに遊べるものが出来たけど、それでは楽しくない…。

もっと連鎖もできて、しかも…さくさく遊べるものは無いかと考えた。
そこで3個じゃなくて2個並べて消えるようにして、落ちてくる宝石を2×2の形にしたらどうだろうと考えた。
そして左上から順番にチェックしていくという非効率で時間のかかるロジックでは無くて、もっと早く連鎖の判定ができないかを考えた。
いやマジに結構考えたように思う。
そしてある日…入浴中に突然、画期的なロジックを思いついて、それを実装して大成功した。
どういうロジックか今は全く思い出せない程凄いロジックだった。
多分、BASICの女神か何かがワシの中に一時的に君臨したのだと思う。
 
これならもしかしてベーマガに掲載されるかもしれない。
そう思ったワシはプログラムをカセットテープに記録して電波新聞社に投稿した。
ぶっちゃけて言うと…掲載される自信はそこそこあった。


待つ事数カ月…。



書店に並んだベーマガの表紙に…ワシの作ったパズルゲームの画面があるのを確認した。
やった、掲載された!

…と喜んでベーマガを購入。
家に帰って早速ページをめくったのだが…。

X1の掲載プログラムにワシの作ったゲームのプログラムは見当たらない…。
よもや他の機種の所に間違って掲載されているのかと思い探してみたが、全く見当たらない…。

あれ?なんでだ?

どうも解せない…。
悶々とした日々が続いた後、ワシは電波新聞社に電話で聞いてみる事に決めた。




ちなみに、これがワシの投稿したパズルゲームです。

どうでもいい昔話は続く…。