SF小説には作家独自の世界観による未来史を書き続ける場合がしばしある。そのエピソードが増えるほど自分の小説世界にある種の説得性を築き上げることができる。
映画ではスタートレックやスターウォーズ(厳密には過去なのだが)や時間軸をいじくるターミネーター等、日本のアニメでもおなじみの手法だ。
アメリカの作家ロバート・A・ハインラインもデビューから未来史シリーズを書いていた。
内容はごく身近な発明譚から革命物語など、いろいろな視点の物語を紡いでいた。
近未来のエピソード「光あれ」は町の発明家が発電装置を偶然作ってしまうエピソードで、その発電装置とはまさにソーラーパネルだった。ところが利権がらみの企業の横やりが入り闇に葬られそうになるという、いかにもビジネス大国アメリカらしい展開。
SFは予言書ではないものの結果として予言してしまうこともあるものだ。
ハインライン未来史の最終エピソードは、人類が未知の惑星を目指して、数世代にわたって生活をしながら航行する宇宙船の話で、世代が移り変わるにつれ宇宙船に乗っていることすら忘れ去られてしまい、宇宙船の中が世界の全てと思う人だらけになり、人間として退化したり突然変異種が生まれたりする結果、自分たちの本来の目的が何なのかが分からなくなった遠未来の話。
そのハインラインのターニングポイントとなった問題作が、映画「スターシップ・トゥルーパーズ」の原作「宇宙の戦士」だった。
映画では宇宙戦争ものなのだが、原作は未来の軍隊の訓練から戦闘までを描いて、そのほぼ半分が新兵の訓練シーンになっており、そこで語られるメッセージによりタカ派のレッテルを張られてしまうほどであった。
それ以降のハインラインはアクの強さが増し、独自のメッセージを展開するようになり、登場人物もかなり奇抜でありながら妙に通快感を感じるキャラクターとなっている。それがどのような人物なのかというと、なんとも実にほぼドナルド・トランプなのですなぁ。
小説なら面白いキャラクターで済むものの、現実世界に登場すると問題だらけこの上ない、これも結果的に予言したことになるのかなぁ。しかし一部でトランプファンが存在するのも、潜在的にアメリカに根付くある欲求の一面なのでしょうなぁ。
ハインラインの死後、作品がいくつか映画化されているものの原作の面白さを伝える作品には巡り合ってはいない。日本ではとりわけ人気の高い「夏への扉」が映画化されたが、やはり面白い本は映画化するべきではないという思いが強くなってしまった次第。
