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シネラマでロードショー公開された「カスター将軍」の一般封切り用のポスター。

この「カスター将軍」はテクニラマという35ミリフイルムを横に走らせて撮影するヴィスタヴィジョンを利用した70ミリ作品をシネラマスクリーンに上映する作品だった。それを一般封切り用にシネマスコープフイルムに焼き付けた版のポスター。

 

ワイドスクリーンの代名詞のようなシネマスコープは、普通の35ミリ撮影機のレンズに左右を圧縮するレンズを装着して撮影するシステム。

上映時に同レンズを映写機の前に取り付ければ左右に広がる映像が得られる。パナヴィジョンも会社が違うだけで原理はほぼ同じと考えてよい。

 

昔の映画館はロードショー、一般封切り(二番館)、名画座(三番館)と順に公開されていた。

都心部の街には名画座的な映画館があるところも多く、ロードショーが終わってから数か月或いは一年くらいで、映画は庶民的な料金で公開されていた。

映画館は今とは違い自由席が多く、入ったら一日中居ることもできた。

名画座ではナイトショーなどというシステムもあり、映画三本立てを翌日まで終夜通しで上映し、宿代わりに映画館で一夜を過ごすツワモノまでいた時代だった。

そういった劇場でもレンズを装着するだけでワイドスクリーンを楽しめるシネマスコープは大いにもてはやされた。

 

レジャーの多様化、とりわけテレビの普及により映画人口は1958年をピークとして急速に減少し始め、この映画が公開されたころはどん底に近い状態だったと思う。

当初、映画会社はテレビとの差別化を目論み、いくつかの方法を講じ、そのひとつが横長画面のワイドスクリーン化でありシネマスコープや70ミリそしてシネラマがあった。

シネラマとはシネマ+パノラマから作られた造語で、三台のカメラで撮影して横長映画のインパクトを売り物としていた。

その上映には専用の劇場が必要とされ、撮影も上映も専用のシネラマ社という会社の行うアトラクション興行的な、観光映画のような作品ばかりだった。

劇映画はMGMがシネラマ社と手を組み「西部開拓史」と「不思議な世界の物語」を作ったのみで、この二本以降は70ミリ映画をシネラマスクリーンに上映するシステムに移行していく。

 

とはいえ横長画面の効果で言えば純正シネラマは別として、70ミリもシネマスコープも一般観客には判別もできないので、撮影費用が高額となる70ミリ撮影は、いつしか衰退してしまうのは止むを得ないことであった。

現在、日本で70ミリやシネラマを上映できる劇場は無いし、映画もほぼ作られてはいない。