まだ2月だというのに妙な暑さが押し寄せ早くも春一番が到来した。なにやら今年の激暑を予告しているかのようだ。
寒いにつけ暑いにつけ文句を言う人間とは何とも勝手なものだ。環境を壊し続けた当然の結果なのであって地球自身にとって人類は迷惑千万というものか。
人の迷惑かえりみず…やってきました電線マン…などと言ってもほとんど知る人も覚えている人もいないだろうなぁ。
と、前回の最後近くに出てきた言葉でもあるが、そこに登場させたカルト集団マンソンファミリーが描かれた映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のことを今回書いてみよう。ここではあまり取り上げることはない比較的新しい作品だ。
もっともマンソンファミリーを迷惑などという軽い言葉で語るのは甚だ不適切この上ない。犯罪史上でも稀にみる凶悪殺人を起こし続け、アメリカを震え上がらせた犯人一味だからだ。
クェンティン・タランティーノが監督した「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は1969年に思い入れを込めた作品だった。
制作に際し、スタッフは当時のポスターや疑似映像といったガジェットや、実在した映画人を登場させることによって、1969年の空気を再現し、それを観ているだけでも当時を知る映画ファンには楽しいことこの上なく、またブルース・リーのファンにはいささか不愉快な描写も出てきたりするのも裏話的な楽しみだ。
なぜ1969年なのかというと、先にも書いたようにおぞましい出来事があり、実はそれを描くことが目的だったのだろう。
しかしタランティーノは、フィクションを挿入することで現実に起きた事件を軌道修正し、たとえ事実とは異なろうと、とりわけ映画人として絶対許せない凶悪な殺人集団マンソン達に対する痛快な鉄槌を下すことが目的だったようだ。
史実とフィクションの混在する映画は多々ある。そのほとんどが史実に着地するわけなのだが、タランティーノの選んだ方法はフィクションに帰結させたのだった。
事件を知っている者にはクライマックスが近づいてくると、かなり緊迫した気分になってくるのだが、その意外な展開に一瞬戸惑うが、それは観ていて実に心地よいものだった。
しかし、現実を変えることはできない。せめてオマージュを込めたレクイエムとしての映像をタランティーノは残したかったのだろう。
バイオレンスのイメージが強いタランティーノ映画は今まであまり好きな作品が無かったのだが、この作品は映画人の優しさというか心意気が感じられる作品となっている。
