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テレビアニメ「鉄腕アトム」の成功でテレビ業界はアニメブームに突入した。

アトム制作にあたり製作費をテレビ局側の思惑を大いに下回る1本55万円という、どう考えても赤字の金額を手塚は提案した。その理由は、この安さなら虫プロに競争相手は出てくるまいという考えではあったが、それが全くの過ちで後々アニメ業界の苦難の歴史を築くこととなってしまった。

 

当時30分テレビアニメを週に一本作り上げるということはほぼ不可能と思われていたのだが、手塚はリミテッド(作画枚数を少なくする手抜き)アニメで乗り切る方法を選んだ、というよりそれ以外の方法はなく、それがテレビアニメの基本的スタイルという風潮が出来て、更にあからさまな手抜きアニメが氾濫した。まさに電気紙芝居という言葉が相応しい状態だった。

手塚マンガの特徴のひとつは静止している絵であるにもかかわらず動きが感じられることだった。しかし動きがあるはずのアニメからは動きが感じられなかったのは皮肉な話だった。

しかしその絵を動かさずに動きを表現しようとする工夫が、後のジャパニメーションのテクニックにつながっていったのは否定できないだろう。

 

虫プロの赤字はキャラクター使用料の収入でなんとか糊口はしのげたとはいうものの経営者としての未熟さは歴然としていた。更にマンガとアニメ両方を同時にこなすという超人的作業に加え、虫プロの社長業も加わった生活が破綻するのは時間の問題だった。

手塚が敬愛したディズニーはプロダクションを立ち上げるとプロデューサーに専念していたが、手塚は作家の立場を手放すことはなかった。

手塚自身の言葉では「マンガは奥さんアニメーションは愛人」とは言っても二兎追うものは一兎も得ずということわざもあり・・・宮崎駿は当初、手塚を敬愛していたが「アニメーションに関して手塚のしたことは全て間違い」と言い切っている。

そしてダースベイダーの造り上げたデススターは崩壊の道を突き進んでいった。