マンガもアニメも好きだった手塚にとって、それらを仕事にできたのは最高の人生だったのだろう。
好きなことを仕事にするのは幸せなことかもしれない、しかし好きすぎて寝食を忘れるほど打ち込んでしまうのにはリスクが伴ってしまう。
手塚と対称的なのは水木しげるだった。好きなマンガを仕事にしていたが食べることと寝ることはそれ以上に好きだったようで、93歳の天寿を全うした。
60歳で没した手塚があと30年生きていたとしたら、どのような作品が産出されたであろうか。少なくとも「火の鳥・アトム偏」の構想は出来ていたようである(二階堂黎人の小説に同題作品があるが、手塚とは直接関係はない)。無粋な推察ではあるがアトム誕生は火の鳥の力が作用していたという内容だろうか。
愛想半ばとは言いつつ、いやだからこそだろうかアトム誕生のエピソードは何度か解釈を変えて描かれており、それだけ未練があったのだろう。
2003年に誕生したことになっているアトムだから1928年生まれの手塚tが永らえていれば、誕生パーティーイベントが開かれ参加できたであろうことは容易に想像できる。
2001年同様2003年は既に過去になってはいても、描かれた世界は実現していない。永久に実現されることはないのかもしれない。その永久の前に終わりが来る可能性も大いにありうる。
さて手塚のことをいろいろ書いたのでここで問題、どれが最初か、アトムの誕生、世界の終わり、小生のご臨終。
