お父さんお母さん | 太宰美緒オフィシャルブログ「みおがえる」

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私のお父さんとお母さん

一緒に住まなくなってから
改めて「太宰家」の形がだんだんと見えてきた。


お父さんとお母さんの娘でよかったなって今素直に思う。


そんなお父さんが19日で定年退職になり、
家族で慰労会をした。


24歳から始まったサラリーマン人生

「どうだった?」
と尋ねたら

「面白かった」

ってキラキラした目で答えた。
その答えに何故かホッとした。


お父さんが
「部下だった子に言われて嬉しかったことがあるんだよ。」

と言った。

「その子が『太宰さんから真っ直ぐに仕事をすることを学んだ』

って言ってくれたんだよ。」

とちょっと感慨深げに言った。


真っ直ぐ仕事をすること


その言葉にお父さんの37年間の姿勢が表れているような気がして、嬉しかった。

すごく嬉しかった。



会社が何度も変わり
よく喧嘩して帰り
狂犬病とまで言われちゃったお父さん


平坦なはずはなかったよね。


「これも転職リングなのよ」
って今になって笑って見せるお母さんも、当時はそんな余裕なんてなかったよね。

柄にも似合わずリングをプレゼントしたお父さんの気持ち

鈍感な娘は両親のそんな葛藤にも全然気付かなかったよ。
気付かないようにしてくれてたんだね。



今だから会社がいろいろ変わった理由いきさつも聞いてみた。

全然知らなかったよ。お父さんも冒険者だな。



お父さんが主役の慰労会

お父さんが隣りでニコニコしているお母さんに言った。

「でもね、お母さんの協力があったから出来たんだよ。」


あらお母さんの苦労をそっちのけしちゃってた。

お母さんがここぞとばかりに

「そーよ。」

って言った。

お父さんはよくドカッと何十人も人を家に連れて来ていた。
その度にお母さんはいつもおもてなししていた。

「お母さんがそういうの嫌いな人だったら、お父さん人を呼べなかった。」


お母さんは嫌いどころか好きだった。
娘の私も好きだった。



朝がどんなに早くても温かい朝ご飯を作り
いつもの0時前の夕食に付き合い
土日はお父さんの好きな料理しか食卓に出さず
お父さんの仕事の話を助言をするもせず、吐き出したいように吐かせて聞いていた。

思い返してみるといつも二人三脚の二人の姿があった。


最後に「贈る言葉」をBGMにサプライズのアイスクリームが出た。

わぁ~!!って涙流すお母さん

よかったな
よかったな



今だから分かる苦労も涙も
これから先少しずつ実感へと変わっていくものだと思う。
その都度また改めて両親の大きさと感謝を感じるんだろうな。



始まりと終わりは同じかもしれない。


これがいいスタートになりますように。




ありがとう。

今までと重みの違う

ありがとう。