読者の皆さまには、いつも私のお話しを楽しみにしてくださいまして、ありがとうございます。

 

さて、第5話です。

このお話から、第2章の始まりといった感じでしょうか。

起承転結をすごく意識して書いているつもりですが、果たして…。

 

どうか、お楽しみいただけますように音符

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ~星降る島のサンクチュアリ~ ≪5≫


ミン・ユンギがヘソン病院に来て、二週間が過ぎようとしていた。


ユンギは、あの初日の告白以来、モヨンに接触してくることはなく、特診病棟と救急病棟が別棟であることも手伝って、顔を合わすのは朝のミーティングの時に挨拶をする程度となっていた。
 

モヨンは、毎朝ユンギの顔を見るたびに、あの渡り廊下での出来事を思い出しては、何となく憂鬱な気分になっていた。
しかし、日が経つにつれそんな思いも薄れて行き、ユンギはもう自分のことは諦めたのだろうと思い始めていた。

しかし、人間の心理というのは複雑なもので、モヨンは、ユンギが何も言って来なければ来ないで、なんとなく面白くなく思っている自分を感じていた。

わざわざ追いかけてきてまで、強気に誘っておきながら、一度断っただけですんなりと諦めてしまえる程度のことだったのかと腹を立てていた。
そして、それはすなわち、ユンギにとって、自分はその程度の女であり医者であったのかと思うと、落ち込んでもいた。

さらにモヨンは、ユンギに言われたことを、まだシジンに話せないでいることが、気になっていた。
隠しているつもりはなくても、これだけ長い間話さなければ、隠していたといわれても言い訳のしようがない。
きっとシジンも、心配しているに違いないのに、会って直接話したいからという理由で、その日延ばしにしていて二週間が過ぎてしまっていた。

すると、まるでモヨンの心を読んだように、デスクの上に置いてあったスマホにシジンからのメッセージが届いた。

{今日は何時に上がれますか?}

{あと30分位かな。その間に急患がなければだけど}

{ソ上士とミョンジュと一緒に食事に行きませんか?}

{行く!!}

{了解。30分後に病院の前で待ってます。}

モヨンは、メッセージのアプリを閉じると、自然と緩んでくる口元をなんとか指で押さえながらスマホをポケットに入れた。
すると、丁度、横を通り過ぎようとした先輩医師のソン・サンヒョンがモヨンの様子に気づいて近づいてきた。
「なんだ、そのにやけた顔は?・・・ユ少領からのメールか?」
サンヒョンは、冷やかすようににやにやとしてモヨンの顔を覗き込んだ。

「もう!・・・いつもこういう時に限って、先輩に見られてるんですよね。放っておいてください!」
モヨンは、サンヒョンを睨みながらも、その顔は隠し切れない喜びでほころんでいた。

「ふん!たまには定時で帰れ。カン先生がいつまでも残ってると、インターンが帰れなくて可哀そうだ。」
サンヒョンは、ことさら大きな声で言うと笑いながら去って行った。

「何よ!・・・人を鬼みたいに!・・・言われなくたって帰りますよ。」
モヨンは、小声で文句を言うと、それまで見ていたカルテに視線を戻した。


 

―お願い!・・・あと少し!!

モヨンは、約束の時間までに救急のホットラインが鳴らないことを祈りながら、数分おきにICUの壁にかかった時計を見上げていた。
シジンのメッセージが来てからの30分が恐ろしく長く感じられた。

シジンとは、ミン・ユンギと再会したあの休暇の日以来会っていない。
救急病棟は患者が絶えることなく、モヨンも数日おきの当直をこなしながら、手術室と病棟を往復するだけの日々を送っていた。
だからこそ、たとえほんの数時間食事をするだけであっても、顔が見られるのは嬉しかった。

「それじゃ、後はお願いね!あっ、それから明日は、私はお休みなのでよろしく・・・お疲れ様。」

モヨンは、あちこちからかかる「お疲れ様でした。」という言葉を背に、風のようにICUから出て行った。
正面玄関の自動ドアから外へ出ると、目の前に停めた車に寄りかかった格好でシジンがこちらを見て笑っていた。

「そんなに急いで飛び出して来なくてもいいのに。」
いつものように、少しからかうような口ぶりでシジンが言った。
それでも、その表情には、久しぶりにモヨンに会えた喜びが伺えた。

「だって・・・」
会えるのが嬉しくてと、素直に口に出しては言えない・・・
それでも、いつもなら本音を隠してすぐに言い返すところを、その先が続かなかったのは、この2週間の間モヨン自身も気づかない内に、随分と気持ちが張り詰めていたのだろう。
モヨンは、軍服姿のシジンを見たとたん、ふっと力が抜けて体も心も軽くなったような気がしていた。

「今日は軍服なのね?」
「ええ、この近くで奉仕活動があったので、そのまま来たんですよ。」
 

軍の仕事に関しては、シジンが本当のことを言っているかは疑わしいところだ。
それでも、今日に限って言えば”デパートに行く”とは聞いていない・・・
つまり、危険な任務をして来たのではないということだけはわかっていた。

「そう、それは好都合ね。」
モヨンは、シジンに笑顔で答えた。

「さあ、ソ上士とミョンジュが待ってます。行きましょう。」
シジンが、助手席のドアを開けながら言った。
モヨンは、大きく頷くと車に乗り込んだ。

そろそろ夕方のラッシュが始まる時刻・・・
シジンの車も、増え始めた車の流れに乗って走り出した。

シフトレバーを握るシジンの手に、モヨンが自分の手を重ねた。
シジンは、正面を見つめたまま嬉しそうに微笑むと、自分の手をひっくり返してモヨンの手を握った。

二人の乗った車の正面には、ビルの隙間からオレンジ色の夕陽が顔をのぞかせていた。




ミン・ユンギは、特診病棟の医局の窓から下を見下ろして、モヨンを乗せて走り去っていく車を目で追っていた。

 

それは、ほんの数分前のこと・・・
ユンギがふと窓から外を見ると、病院の正面玄関の前に停まった車から軍服姿の男が降りて来るのが見えた。

―あっ、あれは・・・

ユンギは、すぐにポケットからスマホを取り出した。
そして、ある写真を表示すると、その写真と軍服姿の男を何度か交互に見た後、「やっぱり」とつぶやいた。

その男は、車に寄りかかって誰かを待っている様子だった。
そして、そのまましばらく見ていると、思った通り病院から出て来て、その男に駆け寄ったのはカン・モヨンだった。
モヨンは、その男とひと言ふたこと言葉を交わすと、男が開けたドアに弾むように乗り込んだ。

「あれが、モヨンの男か・・・」

誰もいない医局にユンギの低い声が響き、その瞳の中に、暗い炎が揺らいでいた。
そして、ユンギは窓の前に立ったまま、夕陽に映えるビルの群れを眺めながら、十数年ぶりにモヨンを思い出したきっかけとなった出来事へと思いを馳せた。


あれは数か月前、アメリカの同僚医師に見せられた一本の動画。
『これユンギの国の番組だろ?このドクターすごく奇麗だと思わないか?僕、すっかりファンになっちゃって、いろいろ探して見てるんだ・・・今度なんて話してるのか通訳してくれよ・・・』

『どれどれ・・・』
ユンギは、アメリカ人の同僚が差し出したスマホをのぞき込んだ。
そして、そこに映し出された動画に、一瞬にしてくぎ付けになった。

そこには、同じ大学の後輩だったカン・モヨンが映っていた・・・いや、正確に言えば、初めそれがカン・モヨンだとはわからなかった。
番組のセットの背景に書かれた『カン・モヨンのボディチェック』というタイトルを見て、初めてそれがあのカン・モヨンだと気がついた。
それ程、学生の頃から比べても数段美しくなったモヨンが、カメラに笑いかけながら話しをしていた。

学生の頃のモヨンも、確かに美しかった。
しかし、それはまだ磨かれていない原石のようで、化粧っけもなく、どこか野暮ったくユンギには見えた。
さらに、気が強く真面目で、金持ちの子女が多いミョンイ大で、アルバイトで学費を稼ぎながら、心底医師になることをめざして勉強していた。
 

ただ親が望んでいるからという理由だけで医大に通っていたユンギの目には、そんな健気な姿が、返って新鮮に映ったものだった。
だから、彼女に最初に声をかけたのは、いつも自分を取り巻いている女たちとは違った種類の女と話してみたいというただの好奇心からだったが、モヨンは、初めはまったくユンギに興味を示さなかった。
ユンギは、ひどくプライドを傷つけられた気持ちになったが、それがきっかけでユンギはモヨンに急接近していった。

しかし、ユンギはモヨンと付き合っていながらも、別の女子学生と問題を起こした。
それが、父親とライバル関係にある医師の娘だったことから、自分の保身と世間体を気にした父親に、留学という名目で海外へ追いやられた。
アメリカに渡ってからしばらくは、自暴自棄にもなったが、自分を見捨てた父親をいつか見返してやるという思いで、ここまでやって来た。

もちろん、ユンギの留学にそんな事情があったことを、モヨンは知らない。

あれから十数年・・・ずっと疎遠になっていた父から突然戻って来いと連絡が来たのが、二ケ月前。
学生の減少など諸々の理由で、経営が傾き始めた大学を立て直すため、息子に助けを求めて来たのだ。
ユンギにしてみれば、あの時は自分を見捨てたくせにという気持ちが先に立って、今更帰ることなど考えられなかった。
しかし、ほんの少しだけ残っていた親子の情と、自分が大学を立て直すことができれば、父にとって代わるチャンスだと気づいて帰国を決心した。
 

それは、すなわち医療界のトップに立つにも等しいことだと、ユンギは知っていた。

そして、もうひとつ・・・カン・モヨンにもう一度会ってみたいという思いがユンギの背中を押したことも間違いなかった。

だからこそ、ユンギは学生の頃のように、ただ父の言いなりにはなるまいと心に固く決めていた。
そのために、アメリカで医師としての実力は十分につけて来た。
あとは、慎重に事を運ぶだけだった。

「あ、あの・・・ミン先生?・・・」

自分を呼ぶ声に、ユンギが顔を上げると、事務長が不思議そうな顔をして立っていた。
そしてユンギが「何か?・・・」と言うと、事務長は苦笑いを浮かべながら答えた。
「何か?じゃないですよ。何度もお呼びしたのに・・・何をそんなに夢中で外をご覧になってらしたんですか?」

―えっ?・・・俺はそんなに長い間外を見てたのか?・・・

「それは、すみませんでした。いや、今病院を出て行った人が知り合いに似ていてね、はっきり顔が見えないかとじっと見つめていたので。」
ユンギは、いぶかし気な事務長の視線に笑顔で答えた。

「そうですか。・・・あっ、これをお渡ししようと思って伺ったんです。」
事務長は、A4サイズの茶封筒をユンギに渡すと、頭を下げて医局を出て行った。

封筒を開けると、中から黒い文字がびっしりと書かれた紙が一枚出て来た。
ユンギは、椅子に腰かけるとその紙に書かれた文字を熱心に読んでいた。
そして、満足そうに頷くと、部屋の隅に置いてあるシュレッダーにその紙を差し込んだ。
誰もいない医局に、紙を裁断する苦し気なモーターの音が響き渡った・・・



シジンとモヨンは、ソ・デヨンとユン・ミョンジュがよくデートに使うという居酒屋で、二人に合流した。
テヨンとミョンジュも二週間ぶりに会うということで、特にミョンジュは喜びが隠せないようだった。
窓際の丸いテーブルを囲んで、四人は話しに花を咲かせた。

シジンとテヨンは、それぞれの恋人を送り届けなければならないため飲んではいなかったが、モヨンとミョンジュは食事もそこそこに、楽し気にグラスを空にしていた。

 

そして、食事も終わり、テヨンとミョンジュも一緒にシジンの車に乗って、酔いつぶれたモヨンを送って部屋の前に着いた時のことだった・・・

「モヨンさん!・・・ほら着きましたよ。まったく飲みすぎですよ!・・・ほら起きて!降りますよ!」
「いやよ~酔っ払ってるからって、無理やり車から降ろして何をしようっていうの?」

シジンが、車の外からジタバタと暴れるモヨンを降ろそうとしていると、一台の車が横を通り過ぎて行った。
そして、その車を見た途端、シジンの顔に緊張が走った・・・

「ウルフ!・・・」
シジンが、テヨンをコールネームで呼んだ。
すると、テヨンも頷きながら答えた。
「はい、ビックボス!・・・今の車ですね。」

「気づきましたか?」
「はい、居酒屋から出た時も近くに停まってました。」

二人は、酔っぱらいを介抱する振りをしながら、しばらく辺りを伺っていた。
すると、ひとつ先の曲がり角に付いたカーブミラーに、今通り過ぎて行った車のものとおぼしきヘッドライトが写ってすぐに消えると、建物の脇にピタリと車を寄せて停車させたのが見えた。

「素人ですね・・・」とテヨンが言った。
二人は、エンジンを切り、車内灯を消した車の中で、ルームミラーを見上げながら様子を見ていた。
「狙いは、モヨンさんですかね。それとも僕たちですかね・・・」
シジンが、あまりにも雑な尾行に、半分面白がるように言った。

後部座席では、モヨンとミョンジュが何も知らずに頭を寄せ合って眠っていた。

「いずれにしても、特戦司の僕らを尾行するなんて命知らずだと思いませんか?ウルフ!」
「確かに!ここの所、報告書を書いてるばかりで体がうずうずしてたので、一丁やりますか?ビックボス!」
「いや、関係ないと逃げられたらこっちが不利になりますからね、とりあえずは証拠を押さえて、釘を刺すくらいにしておきますか・・・」
「了解!」

シジンは、隠れている車からは死角になるドアからそっと外に出ると、モヨンの部屋へあがって行って照明を付けて戻って来た。
そして、恋人を送り届けて帰るかのように、車をスタートさせると、すぐの角を曲がって素早く車をUターンして停車させた。

音もなく車から降りた二人は、塀の角からそっと顔をのぞかせて、モヨンの部屋のあたりの様子を伺っていた。
すると、その先の路地に隠れていた車がヘッドライトも付けずに走ってきて、モヨンの部屋の前に停まるのが見えた。

「尾行して来たのは間違いないみたいですね・・・」
シジンが、囁くように言った。
「暗視カメラで、車と対象の写真を撮っておきます。」
テヨンは、暗闇に紛れて身を乗り出すようにして数枚の写真を撮った。

「では、行きますか!」
シジンの言葉に、テヨンが頷く・・・二人は音もなく対象に近づいた。

尾行して来た車から降りたのは中年の男だった。
明かりのついているモヨンの部屋を見上げると、スマホで写真を撮ってからメールを打ち始めた。
シジンとテヨンは、車の前後からその男にそっと忍び寄った。
テヨンが、一瞬にしてその男の口を押えて羽交い絞めにすると、驚いて手を離したスマホを、シジンが地面に落ちる寸前で受け止めた。

シジンは、スマホを取り返そうと、腕を伸ばして来た男の頭をパシッと叩くと「この変態野郎が!」と凄んだ。
すると男は、目を見開いて恐怖に怯えながら大人しくなった。

「さて・・・何か身元が分かるものは無いかな?」
シジンは、テヨンに抑え込まれている男のポケットを探って、財布とカードケースを引き出した。

「なになに?・・・わお、見てください!この男、ミョンイ大学理事長秘書なんて肩書がありますよ!」
男の顔写真の付いた身分証明書を見ながらシジンが言った。


そして、男がメールを打っていた先を確かめようと、男のスマホを開いた。
表示されたメールの作成画面の、宛先欄に入力されているメールアドレスをタップして、アドレス帳を呼び出す。
すると、そこに現れた名前を見て、シジンの表情が凍り付いた・・・

「メールの相手は誰ですか?・・・」
テヨンの問いかけに、シジンはすぐに答えることができずスマホの画面を見つめたまま呆然としていた。

―なぜ、ここにこいつの名前が出て来るんだ?モヨンさんにいったい何をするつもりだ!

 

尾行してきた男のスマホに表示された名前は「ミン・ユンギ」・・・
シジンは、二週間前の遭遇から、不意に影を落とし始めたこの名前に、嫌な予感が付き纏っているのを感じずにはいられなかった。

                             つづく

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

さて、いかがでしたか?

 

ドラマ「太陽の末裔」では、2組のカップル(ユ・シジン&カン・モヨン、ソ・デヨン&ユン・ミョンジュ)の恋模様が何より気になるところでしたが、キューブはシジンとその部下であるテヨンの男の友情の部分も大好きでした。

 

天真爛漫なシジンに、いつもテヨンが振り回されて、それでいてテヨンはいつもシジンをしっかりと支えているといった雰囲気や、心から信頼し合っている関係がとても良かったと思います。

 

 

…ということで、今回はこの辺で。

次回もどうぞお楽しみに流れ星

                          By キューブ

 

二次小説の目次はこちらから  メニューページ

本館へはこちらから  CUBE-style

 

太陽の末裔