~最高の贈り物 -破局説の真相-~ ≪Final≫

 

 

「ク・エジョーン!」
オレはリビングのソファに座って、焦れた声でエジョンを呼んだ。

 

「ちょっと待って。すぐに出さないとドレスが皺になっちゃうから・・・」
エジョンは、床の上に広げた荷物の中から何着かのドレスやシャツを出して2階へ上がっていった。


ジェニーの店から半ば強引にエジョンを連れ帰って、やっと2人きりになれたというのに、エジョンは帰るなり抱きしめようとするオレの腕をすり抜けて、いきなり荷をほどき出した。


「なあ、ク・エジョーン!!・・・そんなこと後でいいだろ?」
今度は、スネた声で呼んでみた。


「うん。もうちょっと!!これは洗濯物っと!」
エジョンは、次にはランドリールームに消えた。
その表情を盗み見れば、どこか楽しげにさえ見える・・・


―むむ!・・・わざと焦らしてるんだな?・・・


オレは、あちらこちらと動き回るエジョンを恨めしげな目で追いかけていた。


「あとお土産のワインとチーズは冷蔵庫ね!・・・」
エジョンは、最後にイタリア語の新聞紙がデザインされた紙袋を拾い上げると、やっと空になったキャリーバッグを閉じた。
「ねえ、ジンさん?・・・このチーズすごく美味しかったの。あとで一緒に食べようね」
エジョンは、オレの気など知らずににっこり笑いながら言った。


―ふん。こうなれば実力行使だ!・・・


オレは、何も答えず身構えると、ソファの横を通ってキッチンに行こうとしたエジョンの腕を掴んで引き寄せた。


「もう!これを冷蔵庫に入れたらおしまいなのに・・・」
エジョンは、無理やりソファに座らされ不満げに言った。
それでも、観念したように持っていた紙袋をソファの隅に追いやると、微笑みを浮かべてオレの首に両手を絡めた。
「そんなに待ちきれないの?・・・」
その甘美な囁きに思わずうなずいて身を任せてしまいそうになる・・・


しかし、オレは目を閉じて近づいてくるエジョンの顔を凝視したまま、あとほんの数センチというところで頭を後ろに引いてそれをかわした。
エジョンは、目を開けて驚いた表情を浮かべながら首をかしげた。


「なんだ?ク・エジョン!・・・オレが、そんなにがっついてるとでも思ったのか?」
オレは、胸を張りながら言うと「わはは」と高笑いをした。


―さんざん焦らしたお返しだぞ。ク・エジョン!!


「ク・エジョン?・・・お前に聞きたいことが三つある」
オレは、指を三本立てて言った。


「聞きたいこと?」


いつもの悪い癖が出たと自分でもよくわかっている・・・
それだけに、エジョンのいぶかしげな顔を見た途端、一瞬で頭の中は後悔でいっぱいになった。
素直に抱きしめてキスすればよかったのに・・・と。
それでも、もう止められない・・・


「そう!まず一つ目だ・・・なんで2日も早く帰ってくることをオレに知らせなかった?」


―そうだ、搭乗口から出てくるク・エジョンを颯爽とエスコートしてやろうとずっと思ってんだぞ。


「だって、知らせたら絶対に空港まで迎えに来るでしょ?・・・そしたらまた大騒ぎじゃない?」


―確かに、オレはトッコ・ジンだ・・・騒ぎは避けられないだろう。だが・・・


「いいじゃないか?・・・破局説が出てたんだぞ。本当は仲がいいってところをアピールするのに絶好のチャンスだ」
オレは、食い下がった。


「でも、私のインタビューが放送された直後でしょ?タイミングが良すぎて返ってあれこれ言われちゃうわよ」


―ううむ・・・確かに。


呆れ顔のエジョンを横目で見ながら、オレは気を取り直して次の質問をぶつけた。


「それなら二つ目だ、何で真っ直ぐ家に帰ってこないで、ジェニーの店に行ったんだ?」


「それは・・・」
エジョンが気まずそうに言いよどんだ。


―さあ、どう言い訳するんだ?・・・ん?


「空港でタクシーに乗って家の住所を言いかけたら、運転手が”トッコ・ジンの家の近くだね~見ていくかい?”って言うから帰りづらくなっちゃって・・・」
エジョンは照れたように言った。

「はあ?・・・」


―なんだ!余計なことを言う運転手め!


「じゃあ最後だ!・・・どうしてお前が帰ってきたことをジェソクが知らせてきたんだ?何でお前が自分でオレに電話してこなかった?」


―これはどうだ?・・・どうせいきなり話に花が咲いてジェソクに押し付けたんだろう?・・・


「あっ、それはね・・・」
エジョンは、おもむろに着ていたジャケットのポケットに手を入れると、自分の携帯を取り出してオレに差し出した。
「これが何だ?・・・お前の携帯じゃないか・・・」
オレは、わけがわからないままそれを受け取ると、ホームボタンを押した。
しかし、エジョンの携帯はうんともすんとも言わなかった。
「空港に着いた時からずっとインタビューの反応が気になって、グルメワールドのサイトをチェックしていたらいつの間にか・・・」
エジョンは、舌を出しながら肩をすくめると「充電が切れちゃったの・・・」と答えた。


ドキドキドキ・・・


エジョンの甘えたような視線に、胸の鼓動はいやおうなしに早まる・・・
オレは、思わずにやけそうになるのを何とかこらえて真顔を作ると、エジョンの頬を両手で包みながら囁いた。
「じゃあ、今のオレと一緒だな・・・」


「あなたも充電する?」
エジョンも、オレの頬に手を当てながら言った。


「ああ、二週間も充電していないから、ちょっとやそっとじゃ満タンにはならないぞ・・・」
オレは、エジョンの顔を引き寄せた。


「じゃあ、ゆっくり充電しよ・・・」


互いを映し出す瞳と瞳・・・やがて唇と唇が出会い、二週間分の思いが叶う。
熱く抱きしめれば、体は解け合い、幸せが二人を包む・・・


そして、オレの心はエジョンの愛で満たされる・・・


―充電・・・


「しばらくこのままでいてくれ・・・」
オレの言葉は懇願に近かかったかもしれない・・・
エジョンは、オレの髪を撫でながら耳元でつぶやいた。
「そんなに私に会いたかった?・・・」


―ああ、会いたかったさ・・・


「ねえ、ジンさん?・・・私をイタリアに行かせてくれてありがとう。私思いっきり仕事をしてきたよ。」
エジョンは、オレの腕の中で言った。
その時、オレはふとイタリアに行く前にエジョンが言った言葉を思い出していた。
「なあ、ク・エジョン?・・・お前今回の仕事を”最後のチャンス”だと言っていたな?・・・子供が出来てこの仕事を最後に引退でもするつもりなのか?・・・」


「えっ?・・・」
エジョンが驚いたように顔を上げる・・・


そう・・・エジョンがそのつもりなら、あの時強引にイタリアに旅立ったことにも説明がつくとオレは思った。
すると、エジョンは逆にオレに聞いた。
「ジンさんは、私が仕事を辞めてあなたの奥さんと、生まれてくる赤ちゃんのお母さんに専念した方がいい?・・・」


そんなこと考えたこともなかった・・・それが正直な気持ちだった。
しかし、オレにはすぐにその返答が浮かんでいた。
「それはお前の未来だ好きにすればいい・・・」


すると、エジョンはオレの肩に頭を乗せながら小さくうなづくと言った。
「仕事を辞めるつもりはないの・・・最後のチャンスだといったのはね・・・」


そして、エジョンは静かに語った。
この仕事をやり遂げれば、今までのイメージを変えられると思ったと。
”ク・エジョン”を表現する形容詞に過去のスキャンダルを持ち出されないようになりたかったと。
トッコ・ジンの妻であると、胸を張って言いたかったと。

 

つまりは、これが今回の破局説に至った出来事の根本・・・

 

それは誰にも伝わることのない、オレとエジョンだけが知る本当の意味での”真相”なのだとオレは思った。

 

そして、最後にエジョンはオレの手を自分の腹に導きながら言った。
「この子が、パパの活躍と一緒に、ママのことも恥ずかしくなく話せるようになって欲しかったから・・・それにはこの子が生まれる前に頑張らないといけないでしょ?・・・」

 

オレは、不覚にも涙が込み上げてくるのを感じながら、エジョンを胸に抱き寄せた。
きっとエジョンは、オレの胸の鼓動を聞きながら今のオレの思いを感じ取っているだろう・・・


「ク・エジョン?・・・たとえお前の過去がスキャンダルにまみれていようと、好感度が0であったとしてもお前の未来にはオレがいて、オレの未来にはお前がいる・・・それだけは何があっても変わらないんだ。・・・わかるな?」


エジョンの切ない決意に、言わずにはいられなかった言葉・・・
エジョンは、泣き笑いの顔で「どうして、そこまで?・・・」と言ってオレを見上げた。
オレは、ソファから立ち上がると心外だと言わんばかりに答えた。
「どうしてだって?・・・もう十分に分かっているだろう?・・・答えはひとつだ・・・」


そして、エジョンを抱き上げると、寝室につながる階段を上がりながら、その耳に唇を寄せて囁いた。
「愛してるから・・・」


エジョンが潤んだ瞳でオレを見つめる・・・
それから、オレはいつものようにわざと横柄な顔をして言葉を付け加えた。
「光栄に思え・・・」

 

 

 

それから一週間後、エジョンが新MCとして初めて登場した「グルメワールド」は高視聴率でスタートした。
視聴者の反応も、賛否両論はあるにしろ、以前のようなひどい誹謗中傷などはなく、エジョンのMCぶりはおおむね好評価を受けていた。
さらには、エジョンが番組の中で妊娠を報告したことで、オレ達はまたしばらく時の人となった。
連日、ワイドショーではオレとエジョンの顔写真を合成して生まれて来る赤ん坊の顔を予想したり、占い師を呼んで男と女のどちらが生まれて来るかを占わせたりなど、余計な世話を焼いて盛り上がっていた。


オレ自身は、結婚後の初仕事として選んだ映画の撮影を順調にこなしながら、相変わらずCMやグラビアに引っ張りだこの忙しい日々を送っていた。


それでも、妊娠しているク・エジョンのためにできるだけ泊まりの仕事は避け、どんなに遅くなっても家に帰るようにしていた。
それは、本当はただエジョンと離れたくなかっただけなのだが、そんなオレの生活態度から、いつのまにか「良い夫ランキングNo1」になっていたことは、思わぬ拾い物だったと後でエジョンと笑った。

 

 

 

今でも、家に帰りついてセキュリティーを解除しなくても玄関のドアが開くとドキンと心臓が高鳴る・・・

 

―このトッコ・ジンをこれ程夢中にさせるとは・・・


その不思議な魅力に敬意を表しながら、いつもオレはその名前を呼ぶ。


「ク・エジョン!・・・帰ったぞ」
「おかえりなさい。お疲れ様!」

 

玄関まで迎えに出てきたエジョンの頬にキスをすると、次にオレは少しふっくらとして来たエジョンの腹に向かって挨拶をする。

「ベビーにもただいま!」

「パパ、おかえりなさい」

エジョンは、笑いながら可愛らしい声で答える。

 


そして、エジョンはいつも疲れたオレを癒すように、オレの首に腕をからめると、その額をオレの額に押し当てる。

 

それは、オレにとって、何にも代えがたい至福の時・・・

 

 

―ク・エジョン、愛している・・・充電・・・

 

 

                               END