~最高の贈り物 -破局説の真相-~ ≪4≫
―ク・エジョンが帰って来ただと?・・・帰国の予定は明後日のはずじゃなかったのか?
オレはどこか半信半疑のまま、ピンポーンがいたことさえ忘れて車に飛び乗っていた。
なぜ、二日も早く帰ってきたんだ?
なぜ、真っ直ぐに家に帰ってこないんだ?
なぜ、自分でオレに電話してこないんだ?
ジェニーの店は早仕舞いしてしまったらしく、オレは照明の落ちた店のドアを、勢いよく開けて中に入った・・・
「ク・エジョン!!」
入口を入ったところで、いきなり名前を呼んだ。
早く顔を見たい気持ちと、出し抜かれたような苛立ちがことさらオレに大きな声を出させていた。
「ここよ!」
間接照明でぼんやりと明るい店の奥から声が聞こえ、エジョンが駆け寄って来てオレに抱き付いた。
「ただいま!」
ク・エジョンは、オレの背中に手を回したまま顔だけを上げて言った。
しかし、オレは「おかえり」と素直に言えず、無表情のままエジョンを見下ろしていた。
「もしかして・・・怒ってる?・・・」
エジョンは、探るようにオレの顔を覗き込みながら聞いた。
オレは、エジョンの両肩をつかんで体を離すと努めて平静を装って答えた。
「だって、お前・・・これはどういうことだ?ちゃんと説明してくれ」
たぶん、エジョンにはわかってしまっているだろう・・・
すでにエジョンはオレの胸の鼓動を聞いてしまっているから。
そう・・・オレが本当は、この瞬間をどれ程喜んでいるかを。
それでも、エジョンがイタリアに行った直後にも感じた何か納得できないものが、今また胸に湧き上がっていた。
このたくさんの釈然としないものをこのままにして、素直にエジョンを抱きしめることができないような気がした。
すると、エジョンは大きくうなずきながら答えた。
「そうね・・・少しでも早くそれをあなたに説明したくて急いで帰ってきたの・・・とにかく座って話そ。」
エジョンに手を引かれ店の奥へ行くと、オレ達はテーブルに並んで座った。
そして、その時になって初めてオレは店の中に誰もいないことに気が付いた。
「ジェニーやジェソクはどうした?」
「みんな気を利かせてくれたのよ・・・心配しないで」
エジョンはオレの両手に自分の両手を重ねながら答えた。
そしてエジョンは神妙な面持ちで話し始めた・・・
「まずは、あなたにちゃんと話もしないで今回の仕事を進めたことを謝っておくわね。ごめんなさい。でもね、イタリアに行く前までは本当に何もはっきりしていなくて、とにかくムン社長と相談して、あなたには何も言わずに行くのが一番だってことになったの・・・」
―はあ?・・・言ってる意味がさっぱりわからないぞ!
それでも、オレはじっと堪えて、エジョンの次の言葉を待った。
「たぶんそうだと思ってたんだけど、やっぱりそうだった」
「何が?」
どうも、エジョンの口ぶりはいつになく歯切れが悪い・・・
「私ね・・・イタリアで病院に行ったの・・・」
「なに?!・・・どこか悪いのか?・・・」
オレは、心拍数が上がることもさることながら、病院と聞いて血の気が引いていくのを感じた。
ところが、エジョンは首を大きく横に振ると、自分の腹を指差しながら、オレに何かを気づかせようとしているようににっこりと笑った。
―なんだ?・・・話しの流れにそぐわないその笑顔は。
ドキン・・・
―ん?・・・腹がどうしたんだ?
ドキドキ・・・
―えっ?・・・もしかして・・・
ドキドキドキ・・・
―ま、まさか!!・・・そういうことなのか?
「ク・エジョン?・・・それは、その、つまり・・・オレとお前の・・・こ、こども?・・・」
オレは、それまでのどこか不信を抱いていた気持ちも忘れて、しどろもどろになって答えを求めた。
「”ピンポーン!”・・・そうよ、トッコ・ジンさんと私の子供よ」
エジョンは、腹に両手を当て穏やかな微笑みを浮かべたままオレの目を真っ直ぐに見つめて答えた。
案の定、心拍数が一気に上昇し、腕の心拍計がアラームを鳴らし始めた。
エジョンが慌ててオレの胸に手を当てる。
オレは、そんなエジョンを思い切り抱きしめて、その耳元に囁いた。
「お、お前・・・こんなサプライズを仕掛けてオレを殺す気か?・・・」
エジョンは、クスクスと笑いながら首を横に振った。
「嬉しい?・・・」
「当たり前だ!・・・これが、インタビューで言っていた”最高の土産”なのか?」
「そうよ」
「本当に最高だぞ、ク・エジョン!!・・・これまでの人生で最高の贈り物だ!!」
オレは、立ち上がると、ク・エジョンをもう一度抱きしめた。
「お土産だって!・・・僕のもあるかな?・・・」
不意に、どこからかピンポーンの声が聞こえた。
―ん?・・・家に置いてきたはずだが・・・
「こ、こら!シッ!!・・・」
「あわわ、まずいですよー!!」
「もう、ばれちゃったわよ・・・」
「誰だ?!・・・」
オレは、エジョンを抱きしめたまま、店の奥に向かって声をかけた。
すると、店のキッチンに明かりが付いて、ジェニー、ジェソク、エジョンの兄のク・エファン、そしていつのまに来たのか、ピンポーンまでもが気まずい顔をして現れた。
―まったく、いいところで・・・
「な、なんだ!みんなで盗み聞きか?・・・」
オレが呆れながら尋ねると、その場を取り繕うようにエジョンが言った。
「みんなが、あなたがどんな風に喜ぶか見たいって言うから・・・本当は、このあと見つかる前に帰る予定だったのよ・・・」
オレは、うつむき加減にしている皆の顔を見回して大きなため息を付いた。
しかし、今のオレにはいつものように、嫌味を言ったり怒鳴り飛ばしたりする余裕などなかった。
オレとク・エジョンの間に子供が生まれるという事実に、ここがどこだろうと、誰が聞いていようと、思いっきり喜びを叫びたい気持ちだった。
―まさにオレとク・エジョンの愛の結晶だ!
恥ずかしげもなく、そんな言葉が浮かぶ・・・
―ああ、なんて幸せなんだ・・・
それでも、なんとかそれを抑え込むことができたのは、ク・エジョンがこの2週間の間オレがずっと
不思議に思っていた事の答えを語り始めたからだった。
結局のところ、エジョンが極秘でイタリアへ旅立ったことも、それがきっかけで破局説が出たことも、全ては、ムン社長の企てだった。
エジョンが「グルメワールド」の新MCになることは、元々話題作りの意味もあって、ギリギリまで秘密にしておいてサプライズで発表することになっていた。
ただ、イタリアロケに行くこと自体は結婚後の初仕事ということで、別段隠すつもりではなかった。
しかし、休暇の間にエジョンから妊娠の可能性があると相談されたムン社長は、イタリアでのロケ中に妊娠をはっきり確認させようと思い、万が一にもイタリアまで取材が及ばないようにと、エジョンを極秘で出国させることにした。
確かに、国内でエジョンが病院になど行けばどんな結果が出るにしろ、しばらくは騒ぎになることは必至だろう・・・
しかし、思いもよらずエジョンが出国するところを写真に撮られてしまい、あっという間にネットに出回ってしまった。
そこで、今度はそれを逆手にとって、オレとエジョンの破局説をでっち上げた。
全ては、メディアの注目を国内にいるオレに向けさせるため・・・つまりはエジョンを守るためだった。
―どうりでムン社長め、「エジョンさんのため」をやたらと連発していたわけだ・・・
「それで、MBSとの契約は大丈夫なのか?・・・」
オレは、ふと気になって尋ねた。
条件によっては、契約違反になりかねない・・・
「大丈夫。グルメワールドの契約自体は半年毎の更新だから問題はないってムン社長が言ってたわ。それに確実に妊娠していれば、それを番組の中で発表することでさらに視聴率が上がるだろうって」
「まあ、確かにこのトッコ・ジンの子供だからな。それに母親になればまた好感度も上がるぞ、ク・エジョン!」
オレは、胸を張って言った。
「そうね・・・ちょっと気持ちは複雑だけど・・・」
エジョンは、苦笑いを浮かべながら答えた。
「さすが、ムン社長。やり手ね・・・」
ジェニーがため息交じりにつぶやいた。
「ムン社長は、芸能界一のイメージメーカーなんですよ。ホント、今回のスキャンダルも自分で仕掛けておいて、しっかり話題作りに利用しちゃってましたからね・・・僕も見習わなくっちゃ!」
ジェソクが、自慢げに答えた。
―ふん、何がイメージメーカーだ。このトッコ・ジンを翻弄しやがって。
「ねえ、こうして見つかっちゃったんだし、せっかくだからお祝いしよう!・・・エジョンとトッコ・ジンさんの赤ちゃんに乾杯しなくちゃ!」
ジェニーの提案で、にわかに祝いのパーティーが始まった。
にぎやかな宴の様子を、オレは少し離れたところから眺めていた。
一度にたくさんのことが押し寄せて来て、一緒に騒ぐ気にはなれなかった。
それでも、視界の中にエジョンがいるだけで幸せだった。
―早く2人きりになりたい・・・
自然と視線がエジョンの腹のあたりに行くのは、そこにオレとエジョンの小さな命が宿っているからか・・・
正直に言って、エジョンを手に入れたことだけで満たされていて子供のことなど考えたこともなかった。
しかし、今は違う・・・
子供が出来るということが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。
―ああ、ずっと抱きしめていたい・・・
小さな赤ん坊を抱くエジョンの姿が頭に浮かんだ。
その隣には、赤ん坊をあやすオレ。
顔がにやけてくるのを抑えられなかった。
―そういえば、まだク・エジョンにキスもしてないぞ・・・
寛大な心で皆の騒ぎを許していたが、そろそろそれも限界のようだ・・・
オレは、思い切って立ち上ると楽しげに笑っているエジョンの手を取りながら言った。
「疲れただろ?もう休んだ方がいい・・・帰るぞ」
もちろん、そんな言葉は方便でしかない。
オレは、有無を言わさずエジョンを立たせると、そのまま愛おしい手を引いて店を出た。
つづく