~最高の贈り物 -破局説の真相-~ ≪3≫
『今夜のグルメワールドはいかがでしたか?・・・さて、これまでにも何度か告知させていただいてきましたが、今回の放送をもって私はグルメワールドを卒業させていただくことになりました。』
オレは、自宅のリビングでジリジリしながらテレビを見ていた。
ク・エジョンが新MCとなる「グルメワールド」の現MCが最後の挨拶を始めて、ムン社長が言っていたク・エジョンのインタビューがやっと放送されるようだ・・・
『これまでたくさんの応援ありがとうございました。でも、この番組はこれからも続いてまいります。そこで来週から私の後を引き継いでくださる新しいMCをここで発表したいと思います。ギリギリまで発表されなかったので、「グルメワールド」ファンの皆さんはやきもきしていらしたでしょうね』
MCのアナウンサーがゲストのタレントたちに視線を送りながら笑顔で話しかけている。
―まったく!前置きはいいから早くク・エジョンを出せ!
『来週から登場する新MCは、元国宝少女のク・エジョンさんです!・・・人気俳優トッコ・ジンさんの奥様と言った方がすぐにわかるのかしら?今まさに話題の方ですよね。』
MCが背後の大きなモニターを振り返るとク・エジョンの写真が現れ、次にその写真がテレビ画面いっぱいに写し出された。
歓迎なのか落胆なのか・・・番組の観覧席からは拍手と一緒にどよめきが起こる・・・
しかし、オレは視聴者の反応よりも、今目の前に写し出された写真を見て目を丸くしていた。
―よりにもよって何であの『カップルメイキング』の時の写真なんだ!!
後で絶対にMBSに抗議してやると思いながらも、オレは出会ったころのク・エジョンの笑顔にじっと見入っていた。
『来週の放送では、新MCのク・エジョンさんご本人が、ご挨拶代わりとしてイタリアのグルメをリポートしています。それではその予告も兼ねて、ロケ中のク・エジョンさんにインタビューしていますので、まずはそちらの映像をご覧いただきましょう。トッコ・ジンさんとの仲が発覚してからもク・エジョンさんの単独インタビューは、初めてのことだそうですよ。新MCとしての抱負などと一緒にお2人のことなども
聞いています。では、ク・エジョンさんの独占、単独インタビューです。どうぞ!』
まずは、ク・エジョンのイタリアリポートのダイジェスト版が流れ、次にホテルのロビーらしきところでソファに座ったク・エジョンが現れた。
<エジョンさんとっても綺麗ですって!>
ムン社長の言葉が蘇った。
確かに、今テレビ画面に映るエジョンは、いつになく・・・いや、いつにも増して綺麗に見えた。
ク・エジョンの衣装が、イタリアに発つ前にオレが選んでやったシフォンの花柄のワンピースだったことがやけに嬉しかった。
そして、このインタビュー自体は、イタリアに行ってすぐに撮影したものなのだろうが、オレにしてみれば、ほぼ2週間ぶりに見るエジョンの姿だった。
「ク・エジョン・・・」
オレは、ドキドキと心拍数の上がり始めた胸を抑えながら、切ない気持ちでその名を呼んでいた。
『グルメワールドをご覧の皆様、こんばんは。来週から新MCとして出演することになりましたク・エジョンです。メイン司会者という仕事は初めてですが、精一杯がんばりますので、どうぞよろしくお願いします』
エジョンは、カメラに向かって頭を下げると、少しはにかんだ笑顔を向けて型通りの挨拶をした。
それから、カメラの向こう側にいるらしいインタビュアーの声だけの質問にエジョンが答える形でインタビューが始まった。
新MCとしての抱負や、今回のイタリアロケの感想などを語った後、いよいよ質問の内容がオレとエジョンのことに移っていく・・・
『さて、ここからはちょっとプライベートなこともお聞きしたいんですが、よろしいですか?』
心なしか、インタビュアーの声色も変わったように聞こえる。
微笑んでうなづいたエジョンに、インタビュアーがさらに言葉を続けた。
『今回、ク・エジョンさんがイタリアに来られた理由がメディアに発表されていなかったということもあって、どうやら韓国の方では、お二人の結婚後初の破局説が流れているようなんですが、ご主人のトッコ・ジンさんから何か連絡はありましたか?・・・』
『えっ?・・・いいえ。毎日電話やメールをしていますが、そんな話は聞いていません。びっくりしました』
エジョンが驚きながら答えた。
―そんなこといちいち報告するか!
『あはは、そうですか。では、お二人の仲は円満だと?』
『ええ、もちろんです。きっと私が初めての1人での海外ロケなので余計な心配させないように言わないでいてくれたんでしょう』
―うんうん、その通りだぞ。ク・エジョン!
『なるほど。優しいんですね・・・ところで結婚式の後、1カ月の休暇を取られて新婚生活を満喫されたということですが、どんなことをして過ごされたんですか?』
『はい・・・彼の心臓手術の頃から、いつもまわりが騒がしかったので、とにかく静かに過ごしたくて自宅にいることが多かったですね。あとは時々2人で食事に出かけたり、ドライブや映画を観たり・・・そんな感じです』
エジョンは穏やかな微笑みを浮かべながら淡々と答えた。・・・そして、そんなエジョンを見ているオレはといえば、どうしようもなくドキドキする心臓をなんとかなだめながら、とても不思議な気持ちでその声を聞いていた。
『ところで、私たち視聴者から見るとトッコ・ジンさんと言えばかっこよくアクションをこなされて、とてもクールでセクシーな俳優さんというイメージですが、素顔のトッコ・ジンさんはどんな感じの方なんでしょうか?』
『そうですね・・・』
エジョンは、口元に微かな笑みを浮かべながらほんの少し考え込んだ。
ドキドキ・・・
―何を言う気だ?・・・
『おっしゃる通り、かっこよくて、クールでセクシーですよ』
エジョンは、インタビュアーの言葉を繰り返してクスリと笑った。
―おいおい、笑いながら言うな。
そして、さらに言葉を続けた。
『それにいつも大きな夢を掲げて、必ずそれを実現していく人です。そのための努力は惜しみませんし、そう言った意味ではとてもストイックなので心配になってしまいますね・・・』
―えっ?・・・
『心配とはどういうことがですか?・・・』
『ええ。彼はこれまでに二度も大きな手術を受けてきているので・・・今は、本当にとても元気なんですが、やはり体のことがいつも気になります・・・』
―ク・エジョン・・・そんな風に思っていたのか・・・
『なるほど・・・確かにトッコ・ジンさんが心臓の手術を受けられると知った時は驚きましたからね。それでは、ク・エジョンさんのトッコ・ジンの妻としての心構えなどをお聞かせください』
『心構えですか?・・・そうですね・・・本来なら俳優トッコ・ジンと言えば、隣を歩くことはおろか同じ空気を吸うことすら許されないと思えるほど、私にとっては遥かに遠くて大きな存在だったので、今こうして彼の妻としてインタビューを受けていることすら奇跡のように思えるんです・・・』
―何を言う、ク・エジョン!・・・オレこそお前と出会えたことを奇跡のように思っているのに・・・
『だからせめて、彼の手かせ足かせにならないように、そしてこの幸せがずっと続くように、精一杯の努力をして行こうと思っています』
ドキドキドキ・・・
思えば、こうしてテレビの中でオレのことを語るエジョンを見るのはこれが初めてだった。
そして、ふと、オレがテレビ番組の中でエジョンを愛していると公表した時のことが頭を過った。
あの時、それと知らずにあの番組を観ていたエジョンは、その瞬間にどんな表情をし何を思ったのだろうかと。
感動で胸を熱くしていたのだろうか・・・
嬉しくて嬉しくて、涙を流したのだろうか・・・
今すぐにでも、抱きしめたいと思っただろうか・・・
そう・・・今のオレのように。
『とても素敵なお話ありがとうございます・・・では、このイタリアで何かトッコ・ジンさんへのお土産は買われましたか?』
『ええ。最高のお土産を手に入れました・・・きっと、とても喜んでくれると思います』
『そうですか・・・では、最後にテレビの前の視聴者のみなさんと、もしよければ旦那様のトッコ・ジンさんへの愛のメッセージをお願いします』
―愛のメッセージだって?
ドキドキドキ・・・
『はい。来週からはスタジオでお目にかかります。今回イタリアで素敵なものをたくさん見つけました。どうぞお楽しみに』
エジョンは、笑顔でカメラに向かって手を振った。
『あれ?・・・トッコ・ジンさんへのメッセージはいいんですか?』
『ええ。照れくさいですから・・・』
―何?・・・オレには何も言うことがないというのか!
『あっ、でもやっぱり言います・・・』
―えっ?・・・
ドキドキドキドキ・・・
『トッコ・ジンさ~ん!!お土産楽しみにしててね~!』
エジョンはもう一度笑顔でカメラに向かって手を振ってインタビュー映像は終わった。
オレは、なぜかガクリと頭をさげて大きく息を吐き出した。
―オレは、何を期待していたんだ・・・「大好き」とか「愛してる」とか言って欲しかったのか?・・・
間違ってもエジョンがそんなことをテレビで言うはずがないと自嘲気味の笑いが込み上げた。
「なんだ~!叔母さん。”ジンさん、大好き~”とか言ったら良かったのに・・・ねっ?叔父さん!」
突然隣から声が聞こえてきてオレは飛び上がるほど驚いた。
見ると、ピンポーンことエジョンの甥のク・ヒョンジュがいつの間にか隣に座っていた。
「ピ、ピンポーン!!お、お前いつからそこにいたんだ??」
オレは、思わずのけぞりながら叫んだ。
「えっ?・・・叔母さんがテレビに映った時からだよ。叔父さん、泣きそうな顔してテレビ見てたからそっと隣に座ったんだ・・・ねえ、そんなに叔母さんに会いたい?でも、あともう少しの我慢だよ」
オレは、ピンポーンに慰められて、思わず苦笑いを浮かべた。
―相当な間抜け顔でテレビを観てたぞ・・・ピンポーンに見られてたのか?・・・
オレは、バツ悪くピンポーンを盗み見た。
しかし、そんなことを気にするピンポーンではなかった。
「叔母さんのお土産ってなんだろうね?・・・僕にもあるかな?」
―おお!・・・土産の方が気になるか?・・・
オレは、内心胸を撫で下ろしながら答えた。
「も、もちろんお前の分も買ってるさ。きっと美味しいものをいっぱい持って帰ってくるぞ。ただな、オレはトッコ・ジンだ。そしてク・エジョンの夫だ。だからきっとオレへの土産はお前のよりは特別な物だろうな!・・・いいか?ピンポーン、たとえそうであてってもやきもちは焼くなよ!」
―子供と張り合ってどうする?・・・
「うん、わかってるよ。でも僕は美味しいものがたーくさん食べられればいいんだ。楽しみだね?叔父さん」
―そうかそうか、ピンポーン!素直でいい奴だ。
「じゃあ、ピンポーン?もう一度ク・エジョンのインタビューを観るか?しっかり録画しておいたぞ!」
「うん!観るよ。叔母さん、早く帰ってこないかな~」
「明後日だな。」
「うん、明後日だね?叔父さんが迎えに行くの?僕も行きたい」
「何を言ってるんだ、ピンポーン。そういう時は気を利かせるもんだぞ」
「あっ、そうか。わかったよ、家で待ってる」
「よし、いい子だ」
それからオレとピンポーンは肩を組みながら、5回も繰り返しエジョンの映像を見た。
そして、5回目の最後にオレは気づいた・・・
インタビューの最後の最後、カメラに向かって手を振っているエジョンの唇が微かに「愛してる」と動いていることに。
ドキドキドキドキ・・・
早く帰って来い、ク・エジョン。
いつまでオレに寂しい思いをさせる気だ?
お前がいないのは心臓に悪いぞ。
土産なんかいらない。
この手にお前を抱きしめて・・・それから・・・それから・・・
「ねえ!叔父さん。電話が鳴ってるよ・・・」
「えっ?・・・あっ、ああ。」
甘美な妄想をピンポーンに断ち切られ、オレは焦りながら目の前のテーブルの上で鳴り続けている電話を取り上げた。
しかし、画面に映し出された名前を見て、オレはため息を付きながら電話に出た。
「なんだ?ジェソク!」
「あっ!ジンさん!!・・・大変です。エジョンさんが!!」
ジェソクの慌てたような口調に戦慄が走る・・・エジョンが事故に合った時のことがフラッシュバックして、オレは電話を握る手に力を込めた。
「ジェソク!ク・エジョンがどうした?・・・何かあったのか?・・・」
「ジンさん!ジェニーさんの店にすぐ来てください!!たった今・・・」
―なんだって?!・・・
ドキドキドキドキドキドキ・・・・
オレは、ジェソクの話を最後まで聞くことなく、家を飛び出していた。
心拍計は、赤い色になってアラームを鳴らし続けていたが、そんなことにかまってはいられない。
そう・・・ジェソクは確かに言った。
「たった今、エ、エジョンさんが帰ってきました!・・・ジンさん、早く・・・」
つづく