読者の皆さま(特にジフファンの方)はジフ@類には、ジャンディ@つくしを思い続けていて欲しいですか
それともジャンディ@つくしを忘れて、新しい人生を歩んで欲しいですか
ジフ@類のその後を描く時、そのどちらを選択するかでお話の内容は大きく変わると思います。
さて・・・キューブが選んだのはどちらか・・・
もし、お気に召しませんでしたらお許しください。
おそらく、この4部作の中で最も創作色の強い作品になっていると思います。
・・・つまり最も暴走した作品と言うことです(≧m≦)ぷっ!
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~F4 After 3year story~ -ユン・ジフ編-
<今どこだ?・・・>
<ジフ!本気なのか?・・・今どこにいる?>
イジョンとウビンから、ほぼ同時に届いた2通のメール。
内容もほとんど同じなことに、思わず笑みが浮かぶ・・・
<神話学園の裏庭にいる>
俺は、2人にあまりにも素っ気ない返事を送信して、またバイオリンを弾き始めた。
―音に集中して・・・肩に力が入り過ぎてる・・・もっと脇をしめて柔らかく・・・
「あっ!・・・」
俺は、思わず声を上げた。
弦が切れたと同時に反射的に閉じた目をゆっくり開くと、切れたE線の端が目の前でゆらゆらと揺れていた。
―何を焦ってるんだ・・・
俺は、自嘲気味に笑いながら、そこがいつも特等席だったベンチに腰掛けた。
そして、バイオリンを傍らに置くと、ジャケットの内ポケットから、もう2か月も前から持ち歩いている一枚の封筒を取り出した。
何度も読み返して、端の擦り切れた手紙をまた開く・・・
『ユン・ジフ?そろそろ腕が疼いているのではないかと思い、手紙を書きます。夏から始まる今年の神話オケの定期演奏会に参加しませんか?イギリスを皮きりに世界各国を回る予定です。また君と一緒に演奏できる日がくることを、神話オケ全員が望んでいます。今度こそ、いろよい返事を待っています。』
ずっと迷っていた。
でも、やっと決心がついた・・・
音楽から離れてどれくらい経つだろう・・・
あのまま医学部へ転部せずに音楽科を卒業していたら、おそらく俺も参加していたであろう神話オーケストラの海外での定期演奏会・・・
今でも、楽器を手にしない日はないとはいえ、神話大学のOB、OGで構成された神話オーケストラの一員としてバイオリンを弾くことなど、決してないと思っていた。
俺は、ベンチに浅く腰かけなおすと、風にそよぐ枝葉を見上げた。
昨日、やっとジャンディにも打ち明けることが出来た。
ジュンピョにも話せた。
今、もうすぐここへ駆け付けてくるイジョン、ウビンへの報告を済ませたら、出発まであと1週間。
程なくして、この裏庭にまで轟くほどのエンジン音と急ブレーキの音を響かせて、イジョンとウビンが現れた。
「おい!ジフ!!こんな大事なことをメールで知らせて来るなんて!!・・・1週間後に出発ってどういうことだよ!」
イジョンが俺の顔を見るなり噛みついて来た。
「水くさいじゃないか・・・どうして、せめて神話のパーティーの時に話してくれなかったんだ?」
ウビンは、相変わらず心配そうな表情を浮かべて尋ねた。
ふと周りを見ると、2人の派手な登場に学生たちが集まり始めていた。
俺は、苦笑いを浮かべると、2人に顎で後ろを見るように促した。
「ここじゃ話せない。F4の部屋に行こう。学園長から鍵は借りてある・・・」
F4専用の特別室は、まるでそこだけ時が止まっているかのように、この部屋を卒業したその日のままだった。
俺は、白い布の掛けられたデスクの間を抜けて窓際に立つと、2人に背中を向けたまま答えた。
「今までにも何度も誘われてたんだ。でもずっと断って来た。今回も最初は断るつもりだったんだ。でも・・・」
俺が言い淀むと、その先を促すようにウビンが言った。
「ジャンディか?・・・」
―こいつらに誤魔化しは効かないか・・・
俺は、振り返ると2人の顔を交互に見ながら、躊躇した言葉を吐き出した。
「あのパーティーの夜に決心したんだ。ジュンピョとジャンディがやっと結婚する・・・俺の役目も終わったと思ってね」
「ジャンディには話したのか?・・・」
イジョンが、苦しげな表情で尋ねた。
「ああ、昨日ジュンピョとジャンディには話した。ジャンディを泣かせてしまったよ・・・」
俺は、再び窓の外に目を向けながら答えた。
昨日・・・そう、あれは午前中の診療を終えて、待合室の掃除をしている時だった。
「ハラボジ~いる~??」
診療所の引き戸がガラガラと開いて、ジャンディがひょっこりと顔を出した。
「ジャンディ?・・・どうした?ひとりか?・・・」
俺は、驚いて振り返った。
「あれ?ジフ先輩!・・・今日は財団の方の仕事じゃなかったの?ハラボジは?」
ジャンディは、奥の部屋を覗きながら聞き返した。
「今日はハラボジが財団の方に用事があって、俺がこっちになったんだ。それより、ひとりなのか?SPは外?」
神話グループの創立記念パーティーから1週間が過ぎていた。
あのパーティーの直後からの騒ぎは、俺達の想像を遥かに超えていた。
3年もの間、ずっと謎だったク・ジュンピョのフィアンセがとうとう公の場に現れたということで、大スター並みの取材合戦に神話側も対応に右往左往してるようだった。
「もう、家から一歩も外に出られないの!・・・直接の取材はク・ジュンピョが止めてくれてるけど、買い物にも行けないし、病院にも大分迷惑かけちゃってるみたい・・・」
ジャンディは、待合室のベンチにドカっと腰掛けると、唇を尖らせながら愚痴を言った。
「覚悟の上のことだろ?あはは・・・それで、どうやってここまで来たんだ?誰かに送ってもらったのか?」
「ううん。今日はジュンピョのお父さんとお母さんがマカオに帰るんで、今頃は記者会見の真っ最中なの。それで記者がみんなそっちへ行っちゃって家の前にも誰もいなかったから、そっと抜け出してきたんだ。なんだかハラボジの顔が見たくて・・・」
ジャンディは、笑いながら肩をすくめた。
「ジュンピョは知ってるの?」
「うん、さっきここに来てるってメールした。たぶん・・・すごい怒ってる!」
ジャンディは、そう言うと苦笑いを浮かべながら、携帯の画面を俺に向かって見せた。
<俺が行くまで絶対にそこを動くな!!>
俺とジャンディは顔を見合わせて笑った。
「相変わらずだな」
「まあね・・・」
そして、ジャンディは俺から箒とチリトリを取り上げると、慣れた手つきで待合室の掃除を始めた。
俺は、たった今までジャンディが座っていた場所に腰掛けると鼻歌を歌いながら掃除をするジャンディを眺めていた。
ふと、パーティーの後、噴水の前で見つけたジャンディの姿が浮かんだ。
あの時のジャンディも同じように鼻歌を歌いながら、素足で水を弾いていた。
その楽しげな姿があまりにもジャンディらしくて、思わず込み上げてくる笑いを堪えながら同時に胸の奥がギュッと締めつけられるのを感じていた。
―だからあの時も言い出せなかった・・・
早く言わなくては・・・出発まで時間がない。
そう思えば思うほど、なぜか言い出せなくて、何度も訪れているはずのチャンスを見てみない振りをして来た。
俺は、診察室の椅子に掛けてあるジャケットのポケットから楽団からの手紙を出してくると、ジャンディの前に差し出した。
「丁度良かった。話したいことがあったんだ」
「ん?・・・何?この手紙・・・」
箒を壁に立てかけて、ジャンディが手紙を受け取った。
ジャンディから、神話のパーティーに出席するつもりだと聞かされたのが1カ月前のこと・・・
俺は、その日からバイオリンの練習を本格的に始めた。
それでもなかなか決心はつかなかった。
何か理由を見つけては、いつも心は揺れていた。
F4、ハラボジ、財団、診療所・・・再び音楽の道に戻ることへの不安。
「こ、これ・・・」
ジャンディの声に顔を上げると、手紙を持つ手が震えていた。
「ジフ先輩、また音楽を始めるの?・・・」
俺は、微笑みながら努めて穏やかに答えた。
「うん、そうしようと思ってる・・・」
そして俺は、きっとジャンディが聞きたいと思っていることを先回りして答えた。
「ハラボジは許してくれたよ。この診療所は誰か他の医者を雇えば続けられるし、財団の方は俺がいなくても十分に機能するからね・・・」
「ど、どうして急に?・・・もしかして・・・」
―私のせい?
ジャンディが、飲みこんだ言葉が聞こえたような気がした。
そして、それをジャンディが決して口にできないこともわかっていた。
ジャンディは、零れた涙を慌てて拭うと、無理やり笑顔を作って-寂しくなるね-と言った。
ジュンピョがアメリカから戻って3年・・・あのプロポーズを目の当たりにして、自分の気持ちには十分踏ん切りをつけたつもりでいた。
とうにあきらめがついているはずなのに、それでもこの”位置”に留まっていた理由は何だったのか・・・
そこに未練や思慕がまったくないとは言い切れない・・・でも、きっと一番の理由はその時ジャンディが口にしたひと言に集約されていた。
―寂しいから・・・
親を亡くし、祖父にもそっぽを向かれて、自分だけの小さな世界で生きていた俺を、本当の意味で外の世界に連れ出してくれたのはジャンディだった。
ソヒョンとの恋を失くした俺を必死に慰めようとしてくれたジャンディを思い出す・・・
そして、ソヒョンへの思慕よりも、ジャンディを想っている時間の方が長くなっていることに気付いた時には、ジャンディはすでにジュンピョを好きになっていた。
出逢った頃のジャンディは、俺の前ではいつもつらそうに笑っていた。
俺は、そんなジャンディが気がかりで仕方がなかった。
何度この恋は叶わないと思い知らされても、俺はジャンディから目を逸らすことが出来なかった。
”ジャンディのため”・・・そう思うと、なんでもできる気がした。
どんなに苦しくても会いたかった。
それは、会えない寂しさが、どれ程苦しいかわかっていたから・・・
「いつ発つの?・・・」
「1週間後・・・」
「そんなにすぐ!」
―ほら・・・またそんな目で俺を見る・・・でも、もうこの決心は変わらないよ。
これまでにも、ジャンディだけが俺にたくさんの決心をさせて来た。
ソヒョンを追ってアメリカに行くことも。
一度は、ジュンピョとの友情よりもジャンディへの想いを選んだことも。
音楽を捨てて、医学の道へ進むことも。
―そして、今俺はやっと君と離れる決心をした・・・
あの時・・・神話の創立記念パーティーでジュンピョの父親の車椅子を押して舞台に現れたジャンディを見た時、俺は、ジャンディの強い決意を見た気がした。
全てを公にして、ジュンピョと共に歩いていくことを決めたジャンディの立ち姿には、どこにも迷いが感じられなかった。
これで、きっと幸せになる・・・だからきっと断ち切れる・・・そう思った。
―俺も、あんな風に凛とした背中を見せて君の前から去りたい・・・
「見送りはいらないよ。そんなに長い旅じゃない」
「どのくらい?」
「もう随分音楽からも離れてるからね。向こうへ行って果たして使い物になるかも怪しいものだけど・・・それでもなんとか参加できれば、短くて1年、長ければ3年ってとこかな・・・」
「そんなに?・・・」
俺は、笑いながら-3年なんてあっという間だよ-と答えた。
ところが、その言葉は背後から聞こえた声に、激しく否定された。
「あっという間なんかじゃねーよ!!」
驚いて振り向くと、ジュンピョが待合室の入口に立ってこちらを睨みつけていた。
「黙って聞いてりゃ、勝手なこと言いやがって!・・・1週間後に発つだと?ふざけるな!」
「ジュンピョ!!・・・お前、いつから?・・・」
「そんなの関係ねえだろ。おいジフ!お前、だからパーティーの時にあんなこと言ってたんだな?」
俺は、神話のパーティーが終わった後、ジュンピョに言った言葉を思い出した。
<もう、本当に俺の役目も終わりだ・・・今度こそ、ちゃんと捕まえろよ>
あの時、この決心を伝えようと思って、ジャンディを探していた。
いつでも、俺が先に見つけるのに、この想いは行き場を失う・・・
「どうして、黙ってたんだ?・・・いつから決めてた?・・・お前!もしかして・・・」
ジュンピョもジャンディと同じことを思って、言葉を飲みこんだように見えた。
自分たちのせいで俺が旅立つのか・・・と。
だから、俺は笑いながら答えた。
「おいおい、お前だって、イジョンだって、4年も俺達を放っておいて外国に行ってたじゃないか?それなのにどうして俺はダメなんだ?・・・」
「まあ、た、確かにそうだが・・・でもだからってこんな急に!」
「また音楽がやりたくなった時にタイミングよく誘われただけのことさ、それに俺には医者は向いてない・・・お前だってそう思うだろ?・・・」
渋々頷いたジュンピョは、それでもまだ納得できていない顔で聞いた。
「じゃあ、俺達の結婚式には出ないつもりなのか?・・・」
―まさか、そんなはずないだろ!!
「ちゃんとその時は帰ってくるよ・・・お前たちの結婚をこの俺が見届けないでどうするんだ?」
俺は、精一杯の友情とほんの少しの皮肉を込めて答えた。
特別室の窓を開け放つと、まるでそれを待っていたかのように一陣の風が吹き抜けて行った。
そこには、萌えるような春の緑の香りの中に、微かに爽やかな夏の香りが混じっているように思えた。
「それにしても、ジャンディってすごい女だよな・・・これだけ俺達をかき回して、ちゃっかり自分の夢をえて、とうとうジュンピョの嫁さんだ・・・」
ウビンが、笑いながら言った。
俺達は、それぞれが使っていたデスクの椅子に腰かけると、それぞれの思い出に浸るようにしばらく黙りこんでいた。
この部屋に通っていた頃の思い出の中にジャンディが登場するのは、最後のほんの1年間だけ・・・
それなのに、F4と過ごした日々の長さに負けないくらい、ジャンディとの様々な出来事が思い出された。
俺は、ふと思いついて、イジョンとウビンに向かって話しを始めた。
「ジャンディには、ハスの花の相っていうのがあるらしいんだ・・・」
「えっ?・・・ハスの花って、あのお釈迦さまが座ってるやつか?・・・」
イジョンが、俺の思いもよらない話しに面食らった顔をしている。
「そう。前にジャンディと2人で立ち寄った寺で、そこにいた僧侶が教えてくれたんだ」
俺は、ジュンピョの政略結婚問題が起きていた頃に思いを馳せた。
「そのハスの花の相があると、何かあるのか?」
ウビンが興味深げに話しの先を促した。
「その僧侶は言ったんだ・・・ハスの花の相を持った彼女を大切にしろと。そうすれば、きっと彼女が家族を作ってくれるだろうって。」
俺は、懐かしい景色と共に、あの日、ほんのひと時穏やかな幸せを感じたことを思い出しながら言葉を繋いだ。
「あの僧侶の言ったことは本当だった・・・」
「えっ?・・・」
イジョンとウビンが同時に声を上げた。
「ジャンディは、俺とハラボジを会わせてくれた。ずっとひとりぼっちだった俺に家族を作ってくれたんだ・・・それで十分だ」
俺は、本当はその家族が彼女自身であること祈ったことは言わずにいた。
泥の水すら浄化するというハスの花のように、たくさんの苦しみや悲しみを背負いながらも常に前を向いて笑っていたジャンディ。
そんな彼女の姿勢はいつしか周りの人々の心すら浄化していった。
―本当に、十分だよ。ジャンディ・・・
「ジャンディに出会って、俺達随分変わったよな・・・いや、あのパワーには逆らえないよな・・・」
少し重くなった空気を払しょくするように、ウビンが明るく言い放った。
「ジフ?・・・お前、本当に大丈夫か?・・・」
イジョンは、少し切なげな視線を向けながら俺の肩に手を乗せた。
俺は、ただ笑顔で頷いた。
今、胸に去来するのは、ジャンディを中心に置いて回っていた日々・・・
その日々は、切なくて、苦しくて、それでもたくさんの幸せをくれた。
だから俺は、ジャンディのために生きていたその日々を一切後悔などしていない。
そしてジャンディは、あのパーティーの日、最後の最後にも俺に新しい扉を開く勇気ときっかけをくれた。
だからこそ俺は、これからは思う存分自分の信じた道を進もうと決めた。
そこにたとえ君がいなくても、今はただ前だけを見つめて・・・
『ジャンディ、元気ですか?イギリスに来て、あっという間に2か月が過ぎました。
今俺は、思いもかけずオーケストラのコンサートマスターの席に座って、毎日リハーサルと演奏会に明け暮れています。
そうそう、君がジュンピョの反対を押し切って診療所を切り盛りしてくれているとハラボジから聞きました。
あんまりジュンピョと喧嘩をするなよ。でもありがとう。
それから、結婚式の招待状、受け取りました。
もちろん、必ず出席します。正直に言って、ちょっとホームシックだから、余計に帰るのが楽しみです。 ユン・ジフ』
俺はロンドンブリッジの絵葉書にしたためた手紙を、何度か読み返してからスコアの後ろに差し込んだ。
―今日の帰りに、忘れずにポストに入れよう・・・
リハーサルが始まる前のひととき、オケのメンバーは各々のパートの練習に余念がない。
俺は、コンダクターが現れる時間を見計らって、コンマスの席から立ち上がるとオーボエに合図を送って調音を始めた。
始めはバラバラだった音が次第に綺麗に合わさっていく・・・
そして、全ての音がひとつになった時、ほんの一瞬の静寂が訪れ、コンダクターのタクトが壮大な音楽を導き出す・・・
このたった2か月の間にもいったい何人の人と出逢い別れただろう・・・
ひとつの別れは、また新しい出逢いを生み、それは引いては返す波のように繰り返される。
思えば、ジャンディとの出逢いもそんな偶然のひとつだった。
それが俺の人生さえ変えてしまう出逢いだったということは後になってわかったこと・・・
だから思う・・・
もしかしたら、今日出逢う人が、これからの俺の人生に深く関わる人かもしれない・・・と。
―そんな風に思えば、新しい出逢いも悪くない・・・
ジャンディが、学校の裏庭でバイオリンを弾いていた俺を見て立ち止まったあの日、確かに俺達の運命の歯車は回り始めた。
しかし、その音は誰にも聞こえないのだから・・・
END