~short hair~ ≪3≫

 

 

 

「おい、シヌ!話ってなんだ?・・・」

 

俺を追いかけてリビングから出て来たテギョンが焦れたように声をかける。
しかし俺はその声を無視して、ピアノ室のドアを開けて中に入った。


「シヌ!答えろ!・・・」
テギョンは、ピアノ室の入口の階段の上からもう一度俺を呼んだ。
俺は、ピアノ室の壁に掛けられた大きな写真の前に立って、テギョンに背中を向けたまま尋ねた。
「ファン・テギョン。お前、いつまでミニョのことを話さないでいるつもりだ?・・・」


結局、階段を降りてピアノの前までやって来たテギョンが立ち止って聞き返した。
「なに?・・・そのこととミニョが髪を短くしたことに何の関係があるんだ?・・・」


俺は振り返ると、呆れ顔で横を向いたテギョンに向かって言った。
「お前は気づかないのか?・・・ミニョがやっと伸び始めた髪を、またミナムのように短く切ったことをおかしいとも思わないのか?」


「それが俺のためだというのか?・・・俺はそんなこと望んだことはない!」
テギョンは、俺の剣幕に探るような視線を向けながら答えた。


―相変わらずなもの言いだな・・・ファン・テギョン。


俺は、次第に込み上げてくる感情を抑えようと、ポケットの中で拳をギュっと握り締めながら言った。
「つくづくおめでたい奴だな、ファン・テギョン。相変わらず自分のことしか見えていないか?ミニョの気持ちを考えたことがあるか?ミニョがお前といない時どうやって暮らしているのか知ろうとしたことがあるのか?」


俺は、自分の唇から発せられる言葉を、まるで他人が言っている言葉のように聞いていた。
自分でも思ってもいなかった力が胸の奥から湧いてきている気がしていた。
それがミニョのためなのか、どこかで彼女への気持ちを絶ちきれていない自分のためなのか、ただそれはもう他の誰かのためでないことだけは確かだった。


俺のたたみ掛けるような物言いに、一瞬驚いた表情を浮かべたテギョンは、それでも怯むことなく俺を睨みつけながら言い放った。
「なにっ?・・・カン・シヌ!まどろっこしい言い方はやめろ!」


―そうだ、この目だ・・・


すぐに気色ばむテギョンとの争いを避けてこれまで来た。
アーティストとしての血筋にも才能にも恵まれ、そのカリスマ性で周りを屈服させて来たその目が今真っ直ぐに俺を捉えている。
しかし、今回ばかりは俺も引きはしない。
俺は俺のやり方で彼女を守る・・・そうすることで、何よりも今も燻ぶるこの気持ちに完全に決着を付けたかった。


俺は、いつもの冷静さを取り戻そうと、一度大きく息を吸い込んでから再びテギョンに向き合った。
「それならはっきり言ってやる。ミニョは今自由に街を歩くことさえできないでいる。なぜかわかるか?お前がいつまでも周りへの態度を曖昧にしたままだからだ。みんな知りたがっているのにお前のガードは固い。そうなれば誰もがミニョを探す。見つかれば世間知らずのミニョなどあっという間に餌食になるだろう。だからミニョは髪を切った。自分が見つかってお前に迷惑をかけるくらいならミナムと勘違いされた方がいいと思ってのことだ。俺達と違ってひとりになればミニョは丸腰だ。誰が守る?それはお前の役目だろ!」

 

テギョンは、不思議と黙って俺の話しを聞いていた。
時折唇を尖らせながら、次第にその表情から険しさが消えて行った。

 

「シヌ。お前にこんな風に気づかされたのは2度目だな・・・」
テギョンは、ひとつため息をつくと不意に口元に苦笑いを浮かべながらつぶやいた。


―えっ?・・・


俺は、唐突に態度を変えたテギョンを見ながら、テギョン自身も決して今の状況でいいと思っていたわけではないのだと感じていた。
「お前の話しはよくわかった。これからミニョと話してくる・・・」
テギョンは、そう言って俺に背中を向けた。
しかし、俺はその肩に手を掛けてテギョンを呼びとめた。
「待てよ。テギョン・・・まだ話しは終わってない」


すると、テギョンは俺の手を払いのけながら言った。
「俺の考えが浅かったのは認める。だがこれは俺とミニョの問題だ。これ以上の口出しはしないでくれ」


俺は、顔だけこちらを見ているテギョンに向かって、大きなため息をひとつついてから言った。
「そうも言ってられないんだ・・・」


「どういうことだ?・・・」
テギョンが、また険しい表情を作りながら聞き返す。


「今日、俺のところにキム記者が現れた」
「キム記者だと?・・・」
「ああ、これ以上俺やお前がしゃべらないなら、俺とミニョを取材した時の写真を公表すると脅して来た・・・そうなれば誰が見てもメンバーの中での三角関係だ。スキャンダルは避けられない・・・」
俺は、綺麗に着飾ったミニョの手を握ってキム記者の前に立った時のことを思い出しながら言った。


あの俺の恋人騒動で、俺の相手がミニョだったということを知っているのはキム記者だけだ。
スクープにすると言っていたから、きっと今でも誰も話さずに切り札として取ってあったに違いない。


「もしあの写真が今公表されてしまったら、一番傷つくのはミニョだぞ!」
俺は、黙り込んでしまったテギョンに向かって言った。


テギョンは天井を仰ぐと、その眉間に苦悶の皺を寄せてしばらく考え込んでいた。
そして、不意に「わかった。俺がなんとかする。」と言って俺の肩を叩くと、出口に向かってきびすを返した。


「テギョン!なんとかするって、どうするつもりだ?・・・」
俺は、去って行くテギョンの背中に向かって尋ねた。
すると、テギョンは何も答えずにただ振り向くと不敵な笑みを残して出て行った。


―ふっ・・・やっと動き出したか・・・


俺は、しばらく呆然としながらピアノの椅子に腰かけていた。
俺ひとりしかいなくなったピアノ室をぐるりと見回しながら、自分らしくない衝動的な行動に苦笑いが込み上げた。
もしあの頃、時にはこんな風に自分の気持ちを相手にぶつけることが出来ていたら、俺の想いもミニョに届いていたかもしれないとふと感じた。


そんな時、突然部屋のドアが開いてジェルミが飛び込んできた。
「シヌさん!ここにいたの?・・・ねえ、テギョンさんいったいどうしたのさ?突然ミニョを連れて部屋に入っちゃったんだ。なんだかすごい恐い顔して、ほとんど無理やりだよ。ミニョ怒られたりしてないかな?・・・シヌさん、何か知ってる?」
ジェルミがおろおろしながら訴えるのを聞きながら、俺はすぐにジェルミに言い聞かせた。
「ミニョが怒られることなんてないから安心しろ・・・テギョンはやっとミニョのことを思って動き出したんだ。それより、またしばらくまわりが騒々しくなりそうだぞ。お前も覚悟しておけよ」


「えっ?・・・騒々しくってどういうこと?・・・」
ジェルミがわけがわからないといった表情をして俺を見た。
俺は、ジェルミに意味ありげに微笑んで見せると、テギョンが出て行ったドアに目を向けた。


―ファン・テギョン。お前の愛情がどれ程のものか・・・お手並み拝見と行こうか。

 

 

                               つづく