short hair~ ≪2≫

 


家に帰りつくと、門の前に会社のバンが停まっていた。

 

―ミナムは帰ってきてるのか・・・


まだ、テギョンの車ややジェルミのバイクはなく、俺はバンの隣に自分の車を停めた。


アイスクリームの入ったクーラーバッグを片手に家の中に入って行くと、リビングからいきなりワンコーディーの声が聞こえてきて俺は足を止めた。
「ちょっと、ミニョ!本当にいいの?」


―んっ?・・・ミニョも来てるのか?


「はい!ワンさん、気にしないで切っちゃってください」
何を切るのか、ミニョの力の入った声も聞こえて来た。


「もう、せっかくアフリカに行ってる間に伸びて女の子らしくなったのに、もったいないじゃない・・・」
さらにワンコーディーの戸惑ったような少し怒ったような声が聞こえてきて、その声にかぶせるようにミナムの声も聞こえて来た。
「そんなことして、また俺と見分けがつかないってテギョンさんに嫌味言われるぞ・・・」


「もう、兄さん脅かさないでよ・・・それでも私は切りたいの。」


―ミニョは髪を切ろうとしてるのか?・・・どうしてだ?


俺は足音を忍ばせながらリビングに近づくと中を伺った。
すると、リビングの中央に新聞紙が敷かれ、その上に置かれた椅子にミニョが座っている背中と、その横でハサミを持ったワンコーディーが困ったように立っている横顔が見えた。


「もう、言いだしたら聞かないのね・・・いいわ、じゃあ行くわよ。」
ワンコーディーが諦めたようにため息をつくと、ミニョの髪をひと束つまんだ。
そして、その髪にハサミが入る瞬間、俺は無意識の内にそれを止めていた。
「おい、待てよ!」


ミニョとワンコーディーはもちろんのこと、リビングのソファに座って2人を眺めていたミナムとマ室長も俺の声に驚いたように振り返った。
「シヌ、お疲れ・・・どうした?そんな恐い顔して・・・」
マ室長が戸惑い気味に俺に声をかける・・・他の3人の顔を見るとマ室長に同調するように俺に注目していた。
ミニョが、あえてここで髪を切ろうとしているのには何か理由があるように思えた。
増してや、ワンコーディーも言うように、せっかく伸びた髪を切るということにも・・・


「何でそんなところで髪を切るんだ?・・・」
俺は、キッチンに行ってアイスクリームを冷凍庫にしまいながら、責め口調にならないように尋ねた。


「あっ、リビング汚しちゃってスミマセン。終わったらすぐキレイに掃除しますから・・・」
ミニョが、随分と見当違いな返事をして、俺は思わず笑いがこみ上げるのを抑えながらもう一度言葉を選びながら尋ねた。
「違うよ。なんで美容院やせめて会社のメイクルームじゃなく、ここなんだって聞いてるんだ・・・何かあったのか?」


すると、ミニョは「それは・・・」と言いながら急にしょんぼりとした顔になって下をうつむいてしまった。
俺は、ミニョのこういう顔に弱い・・・

普段は明るくて無邪気なミニョが時折見せるこんな表情を目の当たりにすると、無理にそれ以上は何も聞けなくなってしまう。

「話したくないならいいさ。悪かったな。テギョンが帰ってくる前に早くすませておしまい・・・」
俺は、すぐにあきらめてミニョに笑顔を見せた。
ところが、俺の気持ちを察したのかミナムが言葉を挟んだ。
「ミニョ、話したらいいじゃないか。別に隠すことじゃないだろ?・・・お前の状況はメンバーがみんな知ってる方がいいんだ・・・なっ?」


「う、うん・・・」
ミニョは、ミナムの言葉に促されるように重い口を開いた。


今日の昼間、髪を切ろうと街に行ったミニョは、美容院の近くやその他の場所でも何人かの人に声をかけられたらしい・・・


<あの・・・もしかしてあなたA・N・JELLのコ・ミナムの妹さんじゃない?>

 

戸惑うミニョの沈黙を肯定と受け取った相手は、いきなり携帯やデジカメを出してミニョを写そうとしたという。

そして、ミニョはそれを避けてその度に慌てて逃げ出し、結局美容院にも入れないまま、ここへ逃げ込んでミナムと一緒にいるはずのワンコーディーが来るのを待っていたのだということだった。


「だからって何で髪を短くするんだ?返ってミナムにそっくりで目立つんじゃないか?」
俺の質問に、さらにミニョが答えた。


誰もがコ・ミナムの妹としてのミニョではなく、ファン・テギョンの恋人としての自分を知りたがっていると。
以前、ミナムとして暮らしていた頃は誰もミニョを知らなかったから女の子の姿をして街に出ても気づかれることはなかったが、今ではミナムと同じ顔をしている女の子でいることの方が人の目につくらしいと思ったと・・・


「なるほどね・・・だからあえて髪を短くしようと思ったってことか・・・」
俺がつぶやくように言うと、ミニョはやっと顔を上げて笑顔になった。


「はい・・・それに万が一写真を撮られても兄さんだって言ってごまかせますから・・・」


「ほら、髪を切るなら早くしないと、テギョンが帰ってきちゃうわ・・・はじめるわよ」
俺達の話しを黙って聞いていたワンコーディーが、焦れたようにミニョに声をかけて髪を切り始めた。


マ室長もミナムも何かを考えているらしく、楽しげに会話しながら髪を切っている2人に時折切なげな視線を投げては小さなため息をついていた。
俺はキッチンに立って、自分と他の4人のためにお茶を入れながら、ふとミニョに尋ねた。
「ミニョ。お前、テギョンと普通の恋人同士みたいに街を歩きたいとか思わないのか?」


「えっ?・・・」
ミニョは、俺の質問に酷く驚いた顔をして、しばらく何かを考えているようだったが急にクスクスと笑いだして答えた。
「もちろん、そういうことしてみたいですけど、やっぱりムリですよ・・・」


「どうして?・・・」


―テギョンがスターだからとでも答えるのか?・・・


そんなことはテギョンの考え方ひとつでどうにでもなることだと言おうとした時、ミニョがさらに言った。


「だって、テギョンさんと街を歩いたらすぐに迷子になりますよ。私もほとんど街には行きませんから・・・だからたまに映画館とか夜のスーパーとかそんなテギョンさんの車で行けるところで十分なんです」


大真面目に答えたミニョを見て、ミナムとマ室長が大声で笑い出した。
「テギョンさんとお前が2人で迷子になってたら笑えるな!」
「確かにテギョンは意外と街に出ないしな、完璧に見えるテギョンにも弱点はあるか・・・あはは」


「兄さんもマ室長もそんなに笑わなくてもいいじゃない!・・・テギョンさんだって忙しくて街なんかいかないんだから・・・」
ミニョが顔を真っ赤にしてテギョンをかばいながら、それでも一瞬寂しげな表情を見せたのを俺は見逃さなかった。
その時俺は、みんなと一緒に笑いながらも胸の中にある決意を固めていた。


―このままでいいはずがないんだ・・・


今日のキム記者の件といい、ミニョの街での出来事とといい、もうこれ以上テギョンとミニョのことを隠してなどいられない時期に来ているのだと俺は悟っていた。
こちらから先に何か手を打たなければ、いわれのないスキャンダルでA・N・JELLの名に傷がつくことになる。
そして、そのせいで他の誰でもない・・・ミニョが一番傷つくのは目に見えていた。


「さあ、出来たわよ!・・・仕上がりはいかが?この髪型ならちゃんと女の子らしくもアレンジできるからいいと思うわよ」
ワンコーディーが大きな手鏡をミニョに渡しながら言った。


「わあ、ホントですか?・・・ありがとうございます。」
ミニョはワンコーディーに礼を言って鏡を覗きながら「鏡の中に兄さんがいるみたい」と言ってクスリと笑った。


そこには、髪をショートヘアーにしてトレーナーとジャージを履いてこの家の中に”コ・ミナム”として存在していた頃のミニョがいた。
声も笑顔もそのままで、でもそれはもうあの頃俺が想っていた彼女ではなくなっていた。


―それでも俺は、お前がいつでも心配でならないんだ・・・


ミニョとワンコーディーがリビングを掃除し終わってすぐにテギョンとジェルミが帰って来た。
ミニョとワンコーディーの少し引きつった顔に迎えられた2人は、不審げな表情を浮かべながらリビングに入って来た。
俺とミナム、マ室長は笑いを堪え、ミニョとワンコーディーは一様にほっとした表情をしていた。

 

リビングで子供3人組がはしゃぎながらアイスクリームを食べているのを眺めながら、キッチンの椅子に腰掛けていたテギョンがポツリと言った。
「ミニョのやつ、また髪が短くなりやがった・・・」


俺は、その言葉にほとんど無意識の内に答えていた。
「あいつが髪を切ったのはお前のためだ・・・」


「なにっ?・・・」
テギョンが、俺を睨むように見た。


これまでたとえ意に沿わないことであっても、ただテギョンとの摩擦を避けるために様々なことを我慢して来た。
でも、今の俺にはもうためらいはなかった。
俺は、テギョンの視線を真正面で捉えながらゆっくりと立ちあがった。
「テギョン。2人で話したいことがあるんだ」


俺は、テギョンを促すようにリビングを後にした。
全ては、A・N・JELLのために・・・そして、ミニョの笑顔を守るために・・・

 

 

                               つづく