Fan meeting~ ≪Final≫

 

 

 

 

ファンミーティングの後、いくつかのメディアからの取材を受けてから、俺たちはジェルミに押し切られる形で打ち上げもせずに家に帰った。


「ミニョ!ミニョーー!!」
ジェルミが、勢いよく車から飛び出すと真っ先に家の中に入って行った。


残された俺とシヌ、ミナムも半ば呆れながら家の中に入って行くと、ジェルミがダイニングで首を傾げて立っていた。


「ミニョは?・・・」
ミナムがあたりを見回しながらジェルミに聞いた。


「うん・・・食事の準備はできてるみたいなんだけど、どこにもいないんだ・・・」
ジェルミが、不思議そうに答えた。


見ると、ダイニングテーブルの上にはいくつかの皿にキレイに並べられた料理に、ラップが掛けて置かれていた。
そして、リビングのテレビが付いていて、ニュース番組のアナウンサーが話しているのが聞こえていた。
リビングテーブルの上にはスナック菓子の袋と飲みかけのグラスが置かれていて、確かにそこにミニョがいた気配があった。


「トイレじゃないか?」
同じようにリビングを見ていたシヌが、誰にともなく言うのを聞きながら、俺はふとある予感をもって自分の部屋へ上がって行った。

 

 

部屋のドアを開けると、真っ暗な部屋の壁に手を這わせて電気のスイッチを付ける。
俺は、天井の電気が瞬きする間も惜しくて部屋の中に目を凝らした。

 

 

―やっぱりな・・・


ミニョは、俺のベッドと壁の間の隙間に小さく座りこんで泣いていた。
部屋が明るくなって、やっと俺が入って来たことに気づいたミニョは慌てて涙を拭うと伏せ目がちに俺を見上げた。
「お、おかえりなさい。テギョンさん!」


「そんなところで何してる?」
俺は、なるべく感情を顔に出さないように抑揚なく尋ねた。
しかし、俺から目を逸らして何も答えようとしないミニョに、俺はさらに尋ねた。
「今日取材を受けたテレビ局のレポーターが、今日のファンミの様子が夕方のニュースで流れると言っていた。それを見たんだな?」


すると、ミニョは肩をビクリと振るわせた後、何も言わずに頷いた。


「それで?まさか、俺がファンをハグしてるところを見てショックを受けたなんて言わないだろうな?」


「えっ?・・・」
ミニョは、明らかに動揺してた。


「今さら、あんなことして欲しくなかったなんて泣かれてももうどうしようもないぞ」
俺は、その時それまでずっと心に燻ぶっていた想いが晴れていくのを感じながら言っていた。
ところが、ミニョはそれを「違います!」ときっぱりと否定した。
「ショックを受けたのは確かですけど・・・」


―ほら、みろ!


「でも!私がショックだったのは、テギョンさんがハグしてあげてファンの女の子はあんなに幸せそうに喜んでいるのにそれを見て私はどうしてか心が痛くて、思わず目を覆いたくなって、一緒に喜んで上げられない自分がすごく嫌で・・・だってみんなテギョンさんのことを応援してくれるファンなのに・・・テギョンさんを支えてくれてる方達なのに・・・」


―なんだ?そのわけのわからない理由は!


しかし、俺はその時ふと思い出していた。
俺に出会う前のミニョは、ただシスターになることを夢見て神につかえて暮らしていたのだということを・・・

人の悲しみを自分の悲しみとし、人の幸せを自分の幸せとして生きて来たミニョは、誰かを疑ったり妬んだりする感情とは無縁だったのだということを・・・
俺のように愛されたい気持ちを憎しみや嫉妬に置き換えることでやっと立って歩いて来た人間とはあまりにも対極の心の崇高さがミニョにはあるのだと、ふとそんな想いが頭をよぎった。


―まったくこのお人好しのテジトッキめ・・・そういうのをやきもちって言うんだ!


俺は、目の前でグズグズと泣きべそをかいているミニョが、どうにも愛おしくて思わず抱きしめようと手を伸ばした。
しかし、それを遮るように階下からジェルミの呼ぶ声が聞こえて来た。
「テギョンさん!!ミニョ、やっぱりいないよ!そっちにはいない?・・・」


俺は、伸ばしかけた手を引っ込めると「ここにいる」と声を掛けてから、ミニョに向き直って言った。
「お前のためにファンミーティングを開くってジェルミが張りきってるぞ・・・いい加減涙を拭け」


「は、はい・・・スミマセン・・・」
ミニョは、慌てて涙を拭くと、俺の横をすり抜けて階段を降りていった。

 

 

 

「本日は、A・N・JELLのスペシャル・ファンミーティングにおいでくださいましてありがとうございます。テジトッキさん、特別に招待されたご気分はいかがですか?」
ジェルミが、グランドピアノの前に立って、司会よろしくミニョに声をかける。


「今日はお招きありがとうございます!・・・とっても嬉しいです。今とってもわくわくしてます」
ミニョが、部屋の真ん中に置かれた椅子に腰かけて、拍手をしながら答えた。


「では、まずは俺達のヒットナンバーからお届けしましょう!」
ジェルミの合図で、演奏が始まった。


俺がピアノ、シヌがギターを弾いて、ジェルミとミナムはスタンドマイクを挟むようにして歌った。
ミニョは、時折一緒に歌を口ずさみながら、楽しげに演奏を聴いていた。
その後は、ジェルミ、ミナム、ミニョの子供3人組が意味もなくはしゃいでいるのを、俺とシヌは少し離れた所から眺めていた。


「ミニョは大丈夫か?・・・」
シヌが、突然聞いて来た。


「なんのことだ?・・・」
俺が聞き返すと、シヌはふっと笑って「それならいいんだ」と言って、3人の輪の中に入って行った。


―ふん、どいつもこいつもあいつを甘やかしやがって・・・


そう思う心の中で、もう一人の自分が「お前もな」と言って嘲笑っていた。


「さあ、明日も朝からレコーディングがあるんだ。そろそろお開きにしよう!」
シヌから声が掛って、不満げな声を上げながらも、3人組も大人しくなった。
そして、最後の挨拶にとジェルミが声を張り上げようとした瞬間、ミナムが突然とんでもない提案をした。
「では、スペシャル・ファンミの最後に、俺達A・N・JELLからスペシャルゲストのコ・ミニョさんにメンバー全員のハグのプレゼントです!」


「なに?・・・」
「えっ?・・・」
「やったぁ~!」


「コ・ミナム!!お前!」
俺が、口をはさむ間もなく、ミナムがミニョを抱きしめていた。


「兄さん・・・」
ミニョが照れくさそうにミナムを見上げ、ミナムはニヤリと笑ってミニョを見つめていた。


「次は俺!」
ジェルミが、いつものごとく両手を広げながら駆け寄ったかと思うと、覆いかぶさるようにしてミニョを

抱きしめて、嬉しそうに笑った。


「ジェルミ・・・」
ミニョは、仲の良い友達を見るように優しい笑顔を浮かべた。


「次はシヌさんだよ!」
ミナムが、戸惑い顔のシヌを促す。
すると、シヌは少し照れながらミニョの肩に両手を乗せると、ほんの少し自分の胸に引き寄せてすぐに離した。


「シヌさん・・・」
ミニョは、はにかんだ微笑みを浮かべてシヌを見ていた。


―なんなんだ!この展開は?・・・


「最後は、テギョンさんだよ!」
ミナムが言うのを、俺はどこか納得が行かず、横を向いて動かずにいた。


すると、シヌとジェルミが不思議なアイコンタクトをするのが見えた。


―ん?・・・なんだ?


「後は、スターとファンじゃない。恋人同士の時間だ・・・邪魔者は消えよう!」
シヌがそう言って俺に向かってニヤリと笑った。
そして、次の瞬間、シヌとジェルミがミナムの両脇に手を入れて抱えあげた。
「えっ?ねえ!シヌさん、ジェルミ!何するんだよ。恋人同士の時間って何?これはファンミだろ!」
ジタバタと暴れるミナムを、2人が引きずるようにして部屋の外に連れ出していく・・・
「おい、こらテギョン!ハグだけだぞ!それ以上ミニョに変なことするなよ!・・・ミニョ、お前はすぐに帰れ!おい、離せよ~!ミニョ、俺はお前の兄貴なんだぞ。言うこと聞け・・・・」


ドアが閉まっても聞こえてくるミナムの叫び声に、俺とミニョは苦笑いを浮かべながら見つめあった。


「少しは機嫌がなおったか?・・・」
俺は、ミニョの頬に手を当てながら聞いた。


「は、はい・・・みなさんのお陰でとても楽しかったです」
ミニョは、頬に当てられた手にドギマギとしながら答えた。


「俺にもハグして欲しいか?」
俺は、しっかりとミニョの目を見据えて聞いた。


「えっ?・・・」
ミニョが返答に困った顔で俺を見た。


「俺はハグなんかしない!」
俺は、わざと怒った口調で言った。


「えっ?・・・えっ?・・・」


そして俺は、「俺がするのは・・・」とつぶやきながら戸惑うミニョに顔を近づけて行くと、そっとその唇に唇を重ねた。
ミニョは相変わらず、キスの瞬間に驚いたように大きく目を見開いて、それからゆっくり目を閉じた。
棒立ちのミニョの腕をとって俺の首に絡ませ・・・俺はミニョの背中をギュっと抱きしめた。

 

「それにしてもお前は、俺が誰か他の女をハグしてもやきもちも焼かないのかと思ったぞ」
「そ、それは、テギョンさんのお仕事ですから・・・ヘイさんとのキスシーンだって耐えましたから!」
「変なこと、思い出させるな!・・・これからだって、こういうことがたくさんあるぞ」
「はい、もう泣くことのないようにがんばります」
「ふん!それでも泣いたらどうする?・・・」
「えっ?・・・どうするっていわれても・・・」
「その時は、これから俺が言うことを思い出せ・・・」

「えっ?・・・」


俺は、呆けた顔で俺を見ているミニョをもう一度抱きしめると、その耳元で囁いた。
「何があっても俺を信じてろ。愛してるのはお前だけだ・・・」


「はい・・・絶対に信じます・・・」
ミニョは、俺を見上げると、目を潤ませながら幸せそうに微笑んだ。


それから俺はミニョのためにピアノの曲を1曲弾いた。
ミニョは、ずっと幸せそうに俺の顔を見つめていた。

 

―そうだミニョ・・・お前はそうやっていつでも俺のそばにいろ。

 

そうすれば俺もずっと輝き続けていられるから・・・

 

                               END