In other words・・・~ <後編>

 

 

 

 

  -<1>-

 

「テギョンさん!!」
ミニョは、テギョンの顔が消えた画面に向かって叫んだ。
すぐにもう一度応答ボタンをクリックしたが、すでにテギョンはパソコンも切ってしまったのか繋がらなかった。


「テギョンさん・・・どうしてちゃんと話しを聞いてくれないの!」
ミニョはにわかに腹が立ってきて、パソコンの画面に向かって文句を言った。
それでもミニョは、誤解だけは解こうと思いメールをしようと携帯を開いた。


しかし、ミニョはメールを打つ手を止めて考えた。
ミニョ自身テギョンの言うようにやっと懐いてくれた子供達を置いて帰国することに後ろ髪をひかれないわけではない。
元々は半年という約束でやって来たのだから、もう3カ月期間を延長してここに残ることを考えていいようにも思えた。


―でも・・・それならどうしてあんなに怒るの?・・・


先に子供達の話しをしてからボランティアの期間のことを切り出したことで、テギョンが誤解してもしかたのない話し方をしたのは自分だとミニョは気が付いた。

ミニョは、胸の前で手を組むと目を閉じてテギョンの言った言葉を思い出した。


<子供達に懐かれて離れがたくなったか? ”俺は会いたいのに” ああ、いいさ。”俺はこんなに会いたいのに” 好きなだけそこにいるといい。”すごく会いたいけど” 俺もこれから益々忙しくなってたとえ帰ってきてもお前の相手は出来ないからな!>

 

―In other words I love you・・・


ふと、2人きりのファンミーティングでテギョンと歌った歌のワンフレーズが頭に浮かんだ。
In other words・・・言葉を変えれば、「会いたい」とテギョンは言っていたようにミニョには思えた。


―そう思っていいよねテギョンさん?・・・きっとそうだって信じていいよね?・・・


ミニョは、まだ途中だったメールを閉じると、すぐに旅行カバンを取り出して荷造りを始めていた。

 

 

  -<2>-

 

「お疲れさまでしたー!」
「お疲れー!」
どこからともなく声が上がって、2日間続いたプロモーション・ビデオの撮影が終わった。

 


A・N・JELLのメンバーも、思わずハイタッチで終了を喜び合った。
「打ち上げしようよ!・・・今回のPVはきっと今までで一番カッコいいよ!」
ジェルミが、ドラムのスティックをくるくると回しながら言った。


「ああ、そうだな!・・・打ち上げ、俺は大丈夫だけど、ミナムはどうする?」
シヌも、興奮の面持ちでジェルミに答えると、ミナムを振り返った。


「出来上がりが楽しみだね・・・俺は今日はこれからデートだからパス!・・・テギョンさんは?」
ミナムが、テギョンの立ち位置に目を向けると、そこにはすでにギターだけが置かれていてテギョンの姿はなかった。
「あれ?・・・テギョンさん、どこいったんだ?・・・」
ミナムはあたりを見回して首を傾げた。

 

 

テギョンは、撮影が終わると盛り上がっているスタッフやメンバーを尻目に、すぐに楽屋に戻っていた。
私服のポケットを探って携帯電話を取り出すと、メールや電話の着信をチェックする。


―来てない・・・これでもう1週間だ・・・


ミニョを一方的に怒鳴りつけた夜からすでに1週間が経っていたが、あれきりミニョからはメールも電話もかかっていなかった。

 

テギョンもあの時は確かに言い過ぎたと反省し、何度か連絡を取ろうかとも思ったが、2日、3日と過ぎても音沙汰がないと、それはそれでまた腹の立つ理由にもなる・・・

 

 

―俺を試してるのか?・・・ふん、そっちがそのつもりならいいさ!心配なんてしてやるもんか!

 


テギョンは、携帯電話を握りしめてソファにドサリと座ると、それでもやはりミニョのことを想っていた。


「あっ!テギョンさん、ここにいたの?・・・ねえ、俺とシヌさんは打ち上げ行くけど、テギョンさんはどうする?」
楽屋に戻って来たメンバーの中からジェルミが人懐っこくテギョンの顔を覗きこんだ。
しかし、テギョンは不機嫌な顔のまま「俺は行かない」と答えて目を閉じてしまった。
ジェルミは、テギョンから一番離れた部屋の隅にミナムとシヌを連れていくと、2人にしか聞こえないように小声で尋ねた。
「ねえ、テギョンさん、ここのところ今までにも増して不機嫌じゃないか?・・・ミニョと喧嘩でもしたのかな?」


「さあ、いつものことだろ。放っておけよ」
シヌが、呆れたように笑いながら言った。
ところが、ミナムはテギョンの横顔に視線を投げながらニヤリと笑って答えた。
「でも今回のことはテギョンさんが悪いと思うよ・・・」
ミナムの答えに、ジェルミとシヌが「えっ?」と顔を見合わせた。


「お前なんか知ってるのか?・・・」
ジェルミが、興味津々に尋ねると、ミナムは「まあね」と言ったまま、それ以上は答えようとはしなかった。


テギョンは、こそこそと何か話しているメンバー達に向かって「先に帰る」と言うと、メイクも落とさずに楽屋を出て行った。

テギョンが出て行くのをじっと見ていたミナムは、閉まったドアに向かって小さくつぶやいた。
「せいぜい今は悶々としていればいいさ・・・あとできっと度肝を抜かれるからさ・・・」
そして、クスクスと笑いながら携帯電話を取り出すと、アドレスブックの中から<ユ・ヘイ>を選択して電話をかけた。

 

 

 

  -<3>-

 

深夜、階下の騒がしさに目を覚ましたテギョンはベッドの上に置き上がって時計を見た。

 


―2時か・・・


打ち上げから戻ったのか、ジェルミのはしゃぐ声が聞こえて来た。
しばらくガタガタとしてたが、階段を上がって来た足音が廊下の端へ遠ざかって、ドアの閉まる音と一緒に静けさが戻った。


テギョンは、枕の下に手を入れると携帯電話を出して画面を見た。


―やっぱり、来てない・・・


今日何度目かの落胆と、それと同時に湧き上がる怒りを感じながら、それでも眠気のせいにして心の中で悪態をつくのだけはやめにしておいた。
ふと、デスクの上のパソコンに目を向けた。


―もしかしたら、今頃ネットを繋いで待っているかもしれない・・・

 

それでも、もし半年と言っていたのが1年になったと告白されたら、また怒りにまかせてミニョを責めてしまいそうで、テギョンは今夜もパソコンの前に座ることを諦めた。


―半年でも十分長かった・・・1日でもいい1時間でもいい、お前を抱きしめていたいよ・・・


テギョンは、携帯を握りしめたまま横になると、いつの間にか眠りの中に落ちて行った。

 

 

「テギョンさん?・・・ねえ、テギョンさん、起きて!」


明け方、テギョンは、夢の中でミニョの声を聞いていた。


「おい!お前、なんでメールも電話もしてこないんだ?・・・」
夢の中の自分は、夢の中でもミニョを怒鳴りつけていた。
ところが夢の中のミニョは、とても楽しげに笑いながらテギョンに答えた。
「私、このままずっとアフリカにいることにしました。可愛い子供達のためにここで一生暮らします!」


―なっ、なんだとーー!!・・・


テギョンは、それが夢の中の声なのか本当に自分の発した声なのかわからないまま、勢いよくベッドの上に起き上った。
額には汗がにじみ、心臓は破裂しそうなほど激しく鼓動していた。


―何なんだ?今の夢は・・・


テギョンは、夢に現れたミニョの明るい笑顔を思い出しながら、眉間に皺を寄せてデスクの前に座っているはずのブタウサギのぬいぐるみに視線を向けた。
しかし、なぜかその椅子には微笑みを浮かべたミニョが座っていて、ブタウサギはいなかった・・・


―えっ?・・・


まだ寝ぼけていた頭が急速に回転を始めた。


―誰だ?・・・そこにいるのは・・・・


「テギョンさん、ただいま。」
ブタウサギの代わりに椅子に座っているミニョが言った。


しかし、その瞬間テギョンの頭の中にある場面が浮かんでいた。
それは、ほんの数日前テレビ出演をした時の楽屋でのこと・・・


<ははーん、テギョンさん!俺を見てミニョのこと思い出してたんだろ?・・・寂しかったらいつでも女装してなぐさめてあげるよ!>


「わかった!お前ミナムだろ?・・・ミニョの振りなんかしやがって人をからかうのもいい加減にしろよ!」
テギョンは、いまいましげに言い放つとベッドから降りて、自分をからかっている輩を部屋から追い出そうとその腕を掴んだ。


ミニョは、自分の腕を掴んだテギョンを何も言わずにただ見上げていた。


―ねえ、ホントにわからないの?・・・だって、聞こえるよ。


<会いたい・・・すごく会いたい・・・>


―私と同じだよね・・・会いたかった・・・すごく会いたかった。


すると、ミニョの腕を掴んだ途端、テギョンの動きがピタリと止まった。
驚きで見開かれた瞳。
いつもの癖で首を傾げる仕草が懐かしかった。


「私です・・・わかりましたか?」
「お、お前・・・どうして?・・・」

テギョンは、にわかには信じられずミニョの顔をじっと見つめた。


「会いたくて、会いたくて、帰ってきちゃいました」

ミニョは、つとめて明るく答えた・・・そうしなければすぐにでも涙が溢れそうだった。


―テギョンさんも、会いたかったって言って。


「お、お前、電話もメールもしてこないで、どれだけ心配したと思ってんだ!」

テギョンの口から出るのは、結局いつもの怒声だった。

それでもミニョは、その声が今直接自分の耳に届いていることが嬉しかった。


―In other words・・・会いたかった。


「だって、飛行機に乗っちゃったら電話なんてできないですよ!それにいろいろ忙しかったんです」
「だからって、帰ってくるなら知らせるのが普通だろ?」
「じゃあ、帰ってこない方が良かったですか?」


「なっ!そんなはず・・・」


―In other words・・・愛してる。


テギョンは、ミニョの潤んだ瞳にじっと見つめられて観念すると、掴んだままの腕を引いてミニョを立たせた。
そして、その腕を引き寄せると、両手をミニョの背中に回して力いっぱい抱きしめた。
「会いたかったに決まってるだろ!もうどこへも行くな。ずっとここにいろ!」
少しだけ卑屈に、それでも自然に言葉がこぼれ落ちた・・・


―もう離さない。


ミニョは、テギョンに抱きしめられながら、どれ程自分がここへ帰って来たかったかをあらためて思い知っていた。
強くて、優しくて、わがままで、そして、本当はすごくさびしがり屋のこの腕の中へ・・・


「テギョンさん、ただいま・・・」

 

―In other words・・・愛しています。

 

                                END